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【肆と診療所】
三ノ巻 〚食事と葉色〛
*
「いただきます!!」
元気よく手を合わせ、声を張る唯。
眼の前に置かれた豪勢な夕飯。
大広間にて、四天王が夕餉を取り、それを見守る数名の侍女。
(四天王とはいえ、侍女を数名も寄越さなくていいのに)
管太郎は不審に思いつつも、味噌汁を啜った。
海老で出汁を取った汁に、若芽や豆腐などの高価なものが入っており、如何にも上流階級の食事だと言える。
こんなものが食えるというのは、一生のうちもうこれっきりしかないかもしれない。
(献立は俺達で作ったとはいえ、元から大層良い栄養の取れ方だったなあ)
味噌汁、炊き込みご飯、鯛の味醂漬け、茶碗蒸しなどなど。
無駄に量は多いものの、なかなか良いバランスである。しかし、病人が多く、健康体な人が少ない城でこの料理を出すのは、予算的にも人件費的にも余りに酷だろう。
美味そうに食む唯は、深いところはあまり考えていなさそうだが、隣の葉色も何かしら考えているようで、無言でむしゃむしゃ。
左隣の伊崎はといえば、少し嫌そうに眉を下げ、しかしそれでもいつも通りの平静で、鯛を噛んでいる。
てっかは取ってはくれたものの、侍女を部屋にいれる際、伊崎が選んだ侍女を部屋に入れさせた。
あの綺麗な女が自分が忙しいからか何なのか、伊崎に「この中から数名選んで部屋へ連れてお行きなさい」と言ったのだった。
それからすぐに女はその場を去り、残った侍女の中から五人、伊崎が選んだのだった。
なぜあの五人になったのかはわからないが、それを決める基準や優先順位などもないだろうから、多分彼女の目利きである。
「美味しいごはんだねっ!診療所のも美味しいけど、こっちのもまた美味しい!!」
一人賑やかな唯は、次から次へと口に食べ物を運ぶ。
暗い雰囲気を明るくしてくれるのだから、ムードメーカー的存在であろう。
また、彼女は事を深く考えすぎないところがまた良い。
葉色も管太郎も、伊崎のてっかについて何ら考えていた。しかし考えたところで答えが出るはずもなく、そして例え答えが出たとして、それがあっているのかもわからず、結局無意味なことをしていると言えるのだ。
彼女がそれをわかっているのか、それともただ単にそういう深々と物を考えない、純粋な人なのか。それもそれでわからないが、彼女の長所はそれである。
「そうだね。こんな豪華なご飯、次にいつ食べれるかもわからないしね」
葉色は相変わらずの相槌担当。
にこにこ美味しそうには食べているが、どうにも膳から食べ物があまり減っていない。
手に持った茶碗には半分ほど減った炊き込みご飯が入っている。
鯛は少しだけ欠けていて、味噌汁は手を付けていないようだ。他の料理も基本的に食べていないようで、それに気付いた伊崎はその場を立った。
唯と会話する葉色の隣にしゃがみ込み、小さな声で聞いた。
「口に合わないか」
唯と管太郎はその様子をじっと見つめている。
葉色はおどおどしながら首を横に振った。
「そういうわけじゃないよ。美味しいと思う」
「じゃあなぜ食わないんだ」
そう言う伊崎の目は鋭い。
こう見えても、葉色のことを心配しているのである。
侍女五人も、訝しげにこちらを見ている。
「……た、食べてるよ……」
ふいっと目を逸らし、口に食べ物を運ぶ葉色。なにか隠し事があるのは、伊崎だけではなかったようだ。
管太郎は眉を下げ、笑った。
「無理には食べなかくていいけど、後でお腹空かせたり、倒れたりしちゃだめだよ?」
こくんと頷く葉色。
伊崎はそれを見てから、渋々自分の膳の前へ戻った。
(私が人のことを言える立場じゃないが、隠し事とは実に面倒臭い)
しかし伊崎は、人には人の事情があることを知っている。
それがあり、彼女もこのようにてっかを被っているのだ。
(まぁ、無理に言わせることでもないよな)
ズッと味噌汁を啜る。
*
その日は、部屋を一部屋借りて四人で寝た。
あの綺麗な女は、一人一部屋貸そうかととも言ったが、なにか緊急事態が起きた際、すぐに動けるように一部屋にした。
最初管太郎は渋っていたが、伊崎が「まさか意中の相手でもいるのかよ」と一言言うと、彼は黙って一部屋に賛成した。
その様子を見て、葉色と唯は苦笑いをしていた。
葉色と唯が時短のため二人で風呂に入っている頃、管太郎と伊崎は部屋で話していた。
伊崎は既に入浴済みで、寝間着に着替えて髪も濡れている。
が、髪を頭の天辺で結ぶ、いつもの髪型だ。
「なんで髪下ろさないの?」
管太郎は興味本位で聞いた。
伊崎は嫌な顔をして、小さな声で答える。
「別に、理由はないけど。習慣」
「へぇ。確かに毎日結んでないもんね」
「ああ」
墨壺と筆を取り出し、机で何かを書き始める伊崎。
「ああ、報告書ね」
「今書いとかないと忘れて、いつか組長に怒鳴られそうだから」
「俺も今書いとこう」
伊崎がそっと左へずれると、右側に管太郎が座った。
二人で黙々と筆を動かし続ける。
「伊崎って、頭いいよね」
急に管太郎が声を上げた。
「そうか?……まぁ、診療所の他の子供よりは基本的な知識はあると思うが」
「どこでそんな知識覚えてきたの?」
「……わからん」
「わからないって、もう」
管太郎は笑ってその話を流した。
なぜだか、伊崎がこの話題をあまり好んでいなさそうだったからだ。
(不思議の多い人だなぁ)
もう長い付き合いになる四天王だが、お互いわからないこともたくさんある。
同じ屋根の下で何年と暮らすからと言って、すべてがすべて知っているというわけじゃあない。
「たっだいまーっ」
ビクッと肩を震わせる管太郎と伊崎。
急に斗が開き、大声が聞こえたため、驚いたのだ。
後ろから葉色も着いてきており、風呂をふたりとも終えたようだ。
「か、管太郎、入っていいよ」
「あ、うん。わかった」
バタバタと報告居などを片付け、寝間着を持って部屋を出ていった管太郎。
葉色と唯は伊崎の後ろに座り、話をしている。
伊崎も集中できなくなり、報告書を片付けた。
「ねぇ伊崎、伊崎は恋愛に興味あるの?」
唯からの唐突な質問に、仰け反る伊崎。
なぜ今この話になるのか、と言いたかったが、無言で唯を見つめていたら、なんとなくわかった。
四天王はいつも同じ屋敷で眠っている。
しかし、同じ部屋で眠ることなんかはそう滅多にない。
それも、江戸城の部屋で、十日間の任務中だということもあり、少し心が浮ついているのだろう。
つまり、現代で言う修学旅行のようなものだ。
「……なんの需要があるんだ、その質問」
小さな声で答えた。
楽しそうな唯の後ろでクスクス笑う葉色。
「ねぇ伊崎さぁ、菅太郎のことどう思ってる?」
唯はズカズカと話に入る。
「どうって……。普通に、仲間」
「あらら」
伊崎の言葉に、葉色が小さく反応した。
唯は余計面白いそうに問いてきた。
「じゃあ、気になる人とかいないの??」
「いや、そういう色恋とかに興味がない」
「なさそうだよねー」
唯は飽きたのか、急につまらなそうになり、葉色に目を向けた。
「葉色はどう?」
「えっ」
葉色は頬を赤く染めた。
「おおっ」
これは期待大だ、と唯も好奇心が溢れ出す。
伊崎は四人分の布団を敷き始めた。全く興味がないようである。
「誰?だれ誰?」
「えっ、と……。ひ、秘密……?」
葉色は迫ってくる唯から目を逸らし、赤い顔で後ろを向いた。
「えぇっ?!私の知ってる人?」
「う、うん」
伊崎はその様子を見て、ため息をついた。
(秘密なのに言うんかい)
本当に色恋に興味がないらしい彼女は、赤、緑、黄色、青の布団をパンパンと手でたたき、ホコリを取る。
しばらくキャッキャしていたあの二人だったが、途中から違う話に変わっていた。
少しすると管太郎が帰ってきて、もうみんなで寝ることになった。
「何色で寝る?」
唯は三人に聞いた。
赤、黄色、青、緑の順番に敷かれた布団。
唯は赤の上に立って三人を見た。
「いいよ、唯赤で。私は余ったので大丈夫」
「俺も余ったのでいいよ」
「私もどこでもいいし、余ったので」
唯以外全員“余ったの”という、どうにも選びづらい結果になった。
それを見計らった葉色が、頬を染めながら伊崎を見て言った。
「じゃあ……私、黄色でいいよ」
(なぜ私に言う)
と思った伊崎だったが、唯はシッシと笑っている。
葉色が黄色を選択したことで、自動的に伊崎と管太郎は隣になる。
「じゃ、じゃあ俺青で」
「じゃあ緑」
というわけで、就寝。
行灯の日を消し、暗闇に四人は落ちて行った。
*
朝一番に起きたのは管太郎だった。
一瞬見慣れない豪勢な天井が目に入り、
(ああそうだった)
と、起き上がった。
左を見やれば、髪を結ったまま寝ている伊崎。
(無駄にいい顔立ちしてるよね)
眠気の残るまま、目をこすって伊崎をじっと眺める。
「そんな見られると困るんだけど」
彼女が起きたとき、バッチリ目があってしまい、ものすごく気不味い空気感になる。
「おはよう、伊崎」
「おはよ」
むくりと起き上がる伊崎。
すぐに布団を畳み始め、管太郎も一緒に布団を畳む。
それが終わると、伊崎は袴を荷物から引っ張り出しながら言った。
「着替えるけど、いい?」
どう答えたらいいんだよ、と少し伊崎に対して恥ずかしくも怒りながら、伊崎の反対側を向く。
「どーぞ」
「別に、いいのに」
なんて言いながらシュるルと帯を解く音が聞こえる。
にしても、唯と葉色は全然起きないな、と不思議に思う。
唯に関しては、大抵起こさないと起きないが、葉色ならばこの時間、普段は起きている。
しっかりものの彼女だが、あまり運動をしないため、昨日のあの労働は疲れたのだろうか。
だとするとやはり、日頃から体を鍛えている伊崎と管太郎が先に起きたのも、なんとなく頷ける。
「終わった」
伊崎は昨日とは少し違う袴を着ており、ごくごくいつも通りだ。
「そろそろ起こすか」
伊崎は葉色をちらりと見てから、少し首を傾げたあと、唯のほうを見て強引に布団を取り、畳む。
「起きろそろそろ」
掛け布団も敷布団も奪われた唯だったが、ムニャムニャなんとか言っていて、まだ完全には起きていない。
「管太郎、そいつ起こしとけ」
「あ、うん」
布団を部屋の隅に置き、葉色のもとに歩く伊崎。
「葉色ー、朝だぞー」
唯のときのように強引にはせず、トントン肩をたたいて語りかける。
が、反応はない。
「起きない?」
管太郎はいくら起こそうとしても起きない唯を放り、こちらに来た。
「起きないな。めずらしい」
「……ねぇ、昨日もご飯あんまり食べてなかったし、もしかしたら体調悪いのかもよ」
暫し考えた後、伊崎も頷いた。
「可能性はある。昨日の嘔吐処理も唯と葉色に任せていたしな。唯もともと頑丈だし、多分伝染ることはないだろうが、葉色は元々体を壊しやすかったよな、お前みたいに」
「俺の話はいいでしょ」
少し不貞腐れて、管太郎は葉色の額に触れた。
「うーん……、俺じゃわかんないや」
「ったく」
伊崎が触れると、心做しか熱い気がした。
「熱出てるな」
「あらら」
二人でどうしようか悩んでいると、唯が起き上がった。
「そういうことなら、今日は三人でやろうよ。葉色は寝かせておいてさ」
それに顔をしかめる管太郎。
「葉色、一人で寝かせておいてもいいの?」
それに無言になる唯。
しかし、だからといって四人揃って今日何もしなかったら、後々組長の雷が落ちるだろう。
「じゃあ、唯は残って葉色を看ていろ。私と管太郎で今日は働く」
それに納得したようで、二人も大きく頷いた。
*
「というわけで、今日は二人で仕事をしますので、用の際は伊崎と管太郎まで」
唯は朝餉中、綺麗な女へそう告げた。
女は眉を下げ、ペコリとお辞儀をした。
「葉色様、早く治るといいですね。お大事にとお伝え下さい」
「あっ、ハイ」
唯は頭を下げられてあたふたしている。
この朝餉は、昨日、夕餉の献立を作る際、一緒に書き残した献立だ。
白粥に小さな海老を乗せたものが主菜で、普段の江戸城の食事とは全く違う。
しかし、朝とは、あまり食べすぎても良くないのだ。
それを踏まえ、白粥と漬物、白茶という献立になったのだ。
ちなみに白茶には、免疫力を高める効果や、胃腸を強くする効果がある。今の状況にぴったり、とでも言おうか。
*
「じゃあ、葉色起きたら朝餉あげとくね」
唯は言った。
「うん、よろしくね」
「あ、それと、葉色に薬箱借りるって言ってといてくれ。調合して処方せねばならん」
「わかった。言っとく」
そう言って唯は二人を見送った。
*
「ない」
伊崎は低い声で言った。
「えっ」
管太郎が伊崎を見ると、てっかの隙間から見える青い顔で言った。
「薬箱が、ない」
*三ノ巻〚食事と葉色〛