テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
───────────────
「おい、タケミチ」
千冬が腫れ上がった瞼の奥から、じっとタケミチを見る。
「お前と俺は同い年だ。……敬語なんていらねぇよ。タメ口で話せ」
「えっ!? あ、いや、でも……」
タケミチが慌てて手を振る。昨日、あれだけの目に遭ったばかりなのに、こうして普通に声をかけてくる千冬に、どう接していいのか分からない様子だった。
すると千冬は、隣でブランコの鎖をチャリチャリ鳴らしていたウタハを、親指で雑に指し示す。
「あと、こいつ。……こいつは俺の一個上だけど、中身がこれだ。アホだから、こいつにもタメ口でいいぞ?」
自分の頭をトントンと叩く。
その瞬間。
「ちょっと千冬! 『アホ』は余計でしょ!」
ウタハが即座に食いついた。
「私はこれでも、昨日、江戸時代の歴史思い出して、バジに教えてあげようとしたんだからね!」
「それがアホだって言ってんだよ」
容赦のないツッコミ。
ウタハはぷくっと頬を膨らませると、まだ戸惑っているタケミチへ向き直った。
「いいよ、タケミチくん。タメ口、好きにしていいよ。敬語が落ち着くならそれでもいいし……タメ口の方が、仲良くなれそうだし」
少しだけ笑う。
「……大歓迎だよ!」
「……あ、あはは。じゃあ……ウタ、ちゃん? よろしく」
遠慮がちに、でもほんの少し勇気を出した呼び方。
「うん! よろしくね、タケミチくん!」
ウタハが嬉しそうに笑う。その表情には、昨日まで張りついていた重たい影は、もうなかった。
千冬が認めた相手なら、自分も信じる。
それが、ウタハなりの答えだった。
「……ま、タケミチ」
千冬の声が、少し低くなる。
「お前には、稀咲の腹の内を探るための『駒』になってもらう」
「ええっ!? 駒ぁ!?」
「不服かよ。一番隊副隊長の俺と――」
「一番隊の……えーっと」
千冬が、わざとらしくウタハを見る。
「一番隊のマスコットのウタハがついてんだ。心強いだろ?」
「マスコットって何!? 私、ちゃんと武闘派のつもりなんだけど!」
二人のやり取りは、ほとんど漫才みたいだった。
その様子を前に、タケミチはぽかんと立ち尽くす。
満身創痍で、ボロボロで。
それでも、前を向いている二人。
「……はは」
小さく、笑いが漏れる。
「面白いな、二人とも」
――公園の砂場の上。
傷だらけの三人が並ぶ。
その小さな並びが、やがて東卍を揺るがす大きな流れの、最初の一歩になるとは。
この時はまだ、誰も知らなかった。
⸻
千冬はいきなり、タケミチを相棒認定していた。どうやら、タメで気兼ねなくバカやれる相手が欲しかったらしい。
ウタハはそれを見て、いーなー、と口をとんがらせた。
「あ、ずるい……」
膝を抱えてブランコに揺られながら、あからさまに頬を膨らませる。
ついさっきまで怯えていたタケミチに、千冬はもう「相棒」なんて言葉を使っている。しかも、どこか誇らしげな顔だ。
「いいなー……千冬。もう相棒にしちゃうんだ」
ぽつりと零す。
「私だって、ずっと一番隊で千冬と一緒にいたのに」
「ウタ、お前は親戚だし年上だろ」
千冬は悪びれもせず、タケミチの肩に腕を回した。
「俺が欲しかったのは、こう……もっと同等に、タメでバカやれる野郎の相棒なんだよ」
ぐいっと引き寄せられ、タケミチが目を白黒させる。
「えっ、あ、光栄です……!」
まだ戸惑っているのが丸分かりだった。
1,283
58
618
くちぱっち
5,247
「チェー……。タメで同性の相棒、ねぇ」
ウタハは砂場の砂を、靴の先でツンツンと突く。
少しだけ間を置いてから、肩をすくめた。
「……ま、いっか」
顔を上げる。
「タケミチくんが千冬の相棒なら、私は二人の“お姉さん役”として、後ろからちゃんと見ててあげるよ」
「だからマスコットとか言うなよ」
千冬が呆れたように笑う。
ウタハは、並んで立つ二人をじっと見た。
昨日、あんなことがあって。
場地がいなくなって。
世界が終わるみたいな気分だったのに。
――それでも。
こうして、新しい「相棒」ができて。
また、バカみたいな言い合いができている。
その光景が、少しだけ嬉しかった。
「ねぇ、タケミチくん」
ウタハが、いたずらっぽく笑う。
「千冬はね、見た目ちょっとカッコつけてるけど、中身は相当なバジ信者だから大変だよ? 覚悟しなよ!」
「ちょっとウタ! 余計なこと言うな!」
「あはは……なんか、いいですね。二人とも」
タケミチの肩から、ようやく力が抜けたようだった。
ウタハはブランコからぴょんと飛び降りる。
そして、二人の間に割って入った。
「よし! 新生・一番隊調査団、出発進行ー!」
「……団ってなんだよ」
千冬が小さく息を吐く。
それでも、口元は少しだけ緩んでいた。
「行くぞ、相棒。……ウタ、お前も遅れんなよ」
ぶっきらぼうな声。
けれど、その言い方は、ちゃんと三人分だった。
「はーい!」
元気な返事が、公園の空に弾けた。
――場地圭介を連れ戻すための。
凸凹な三人の作戦が、ここから本格的に動き出そうとしていた。
⸻
公園の片隅、ブランコが軋む音の中で、世界で一番平和で、そして世界で一番実のない「極秘作戦会議」が始まる。
「いいか、二人とも。俺の緻密な計算によれば、稀咲の弱点は『あいつが何を考えてるか分からないこと』だ」
千冬が真面目な顔で指を立てると、タケミチが冷や汗を浮かべた。
「……えっと、千冬。それって弱点じゃなくて、あいつが強い理由じゃないかな?」
もっともな指摘だったが、千冬は気にした様子もない。その横でウタハは、足元にふらりと現れた目つきの鋭い野良猫を膝に乗せてご満悦だった。
「よしよし、君も会議に参加する? 一番隊の外部顧問にしてあげよっか」
猫の喉がごろごろと鳴る。
「……ハトコがアホですまねぇな、タケミチ」
千冬がため息まじりに言った直後、彼が口にした作戦は「稀咲を尾行して、あいつが買い食いしたコンビニのレシートを全部回収する」という、なかなか大胆な内容だった。
「……千冬、レシート見て何が分かるの?」
「何食ってるか分かるだろ。好物が分かれば、餌で釣れる」
「……」
タケミチは思わず天を仰いだ。この二人、見た目はそれなりに怖いのに、中身は揃いも揃って妙な方向に真っ直ぐだ。
「ねぇねぇ!」
ウタハが猫を撫でながら身を乗り出す。
「それならさ、私が迷子のふりして稀咲に話しかけて、その隙に千冬とタケミチくんが後ろからあいつの髪の毛をツンってするのはどう?」
「それ、何の意味があるんだよ!」
千冬の即答に、ウタハは少し考えてから首を傾げた。
「……え、勇気が出るかなって」
「誰のだよ」
もはや作戦会議というより、ただの放課後のじゃれ合いだ。猫はそんな三人の騒ぎなど気にせず、気持ちよさそうに目を細めている。
ウタハは猫を撫でながら、ふと手を止めた。
「……でもさ。昨日、バジに殴られた時、思ったんだよね。怖い人って、本当は自分が一番怖がってるのかもしれないって」
指先が、猫の背をゆっくりなぞる。
「稀咲っていう人も、もしかしたらすごく寂しい人なのかも」
千冬が、少しだけ真面目な顔になる。
「……ウタ」
けれどすぐに、息を吐いて立ち上がった。
「ま、寂しかろうがなんだろうが関係ねぇ。バジさんを連れ戻す邪魔するなら容赦しねぇ。行くぞ、タケミチ、ウタ。まずは、あの野郎のよく行くゲーセンを突き止める!」
「おー!」
猫を地面に下ろし、三人は勢いよく立ち上がった。知能指数は少し怪しくても、仲間を想う気持ちだけは、どこにも負けていなかった。
⸻
「いいか、隠密行動だ。いいな?」
千冬が電柱の陰に身を潜め、低い声で指示を出す。ウタハとタケミチは、まるでスパイ映画の主人公にでもなった気分で、その後ろにぴったりと並んだ。
ターゲットは、眼鏡の奥に冷たい光を宿す男、稀咲鉄太。駅前の繁華街を、周囲に視線を向けることもなく歩いている。
「ねぇ、千冬……あれ、バレてないかな?」
「安心しろウタ。俺の計算によれば、あいつは前しか見てねぇ」
……バレバレだった。
顔中包帯だらけの千冬、大きな絆創膏を貼ったウタハ、そして挙動不審の極みであるタケミチ。この三人が真っ昼間の街中で縦一列になっていれば、嫌でも目につく。
通行人たちがちらりと視線を向けてくるが、自称・敏腕調査団は気づいていない。
「あ、稀咲が止まったよ! 本屋さんに入るみたい」
ウタハが電柱から身を乗り出す。
「本屋だと……? まさか、武器の隠し場所の地図を買いに……!」
「千冬、それはたぶん普通に参考書じゃないかなぁ」
三人は抜き足差し足で書店の入り口まで近づいた。自動ドアが開くたび、タケミチが「ひぃっ」と短く息を呑む。
稀咲は受験コーナーの棚をじっと見つめていた。
「見て、千冬。あいつ、数学の参考書を手に取ったよ。……やっぱり稀咲って、すごく頭いいのかな?」
棚の隙間から、ウタハがそっと覗く。
「……フン。勉強で勝てなくても、喧嘩で勝てばいいんだよ。おいタケミチ、あいつが本を戻した瞬間、その本を確保しろ。指紋を採取するぞ」
「千冬……ここ、公共の場だよね。」
タケミチが頭を抱えた、その時だった。
不意に、稀咲が振り返る。
三人は慌てて、児童書コーナーの影に身を潜めた。
「……ねぇ、タケミチくん」
ウタハが小さく呟く。
「稀咲の背中、なんか……すごく冷たい感じがする。一人で、ずっと歩いてるみたいな」
さっきまでの軽口とは違う、静かな声だった。
稀咲が、三人の隠れている棚のすぐ横を通り過ぎる。
足音が止まる。
ほんの一瞬だけ、こちらに視線が向いた気がした。眼鏡が光る。
「……っ」
ウタハは思わず、タケミチの袖をぎゅっと掴む。
やがて足音が遠ざかり、店のドアが開く音がした。
三人がようやく息を吐いた、その直後。
「……お前ら、何してんの?」
背後から降ってきた、低くて、聞き慣れた声。
振り返ると、パーカーのフードを被った俺が、不機嫌そうに立っていた。
「マ、マイキーくん……!?」
「万次郎……! ど、どうしてここに……?」
マイキーはウタハの頬の絆創膏をじっと見て、それから千冬とタケミチを睨む。
「俺のウタちゃん連れ回して……何、変な遊び教えてんの? 千冬。タケみっち」
空気が、一気に張り詰めた。
タケミチの顔が、みるみる青くなっていく。