「くっ……このおフランス帰りのポーズ、中々キツイぞ……」
椅子の上に片足で立ち、奇妙なポーズをするメイド服のちんちくりん。
オレはフローリングの床に座り、そのイヤミさんみたいはポーズをするちんちくりんを見上げながら、スケッチブックにえんぴつを走らせていた。
ちなみに、心配されていた下着がどうこうという件に関しては、北関東在住女子高生の冬季通学定番ファッションである『ミニスカートの下にジャージ穿き』で解決済みだ。
てか、そのジャージ……学校指定のジャージっぽいし、ちんちくりんの物にしては裾が長いし――
マジで、千歳が高校の時に使っていたヤツか? そんな物をいつまでも取っておくとは、ホント貧乏性だな、この女。
「ほらぁ、正中線が曲がってる! それだと、首が前に出過ぎちゃうでしょうが」
ちなみに、その貧乏性女はオレの後ろからスケッチブックを覗き込み、ずっと人の描いた絵に難癖を付けている。
「ちょっと顔の十字線の横線が上過ぎるし、もっと大きくカーブしていいわよ! 下から見上げるんだから、目と鼻の高さはほぼ同じで良いのよっ。俯瞰の時だってそうだったでしょう?」
まっ、実際は難癖ではなく、指導なんだけど……
確かにプロの指導だけあり指摘は的確だが、コイツからエラソーに指摘されるのは正直ケッコーなストレスが溜まるな、オイ。
「はい、じゃあ次はこの角度」
一通り書き終えると、千歳はちんちくりんの立つ椅子を回して角度を変えた。
「あ、あの~、千歳さん……い、いつまでここ、この片足立ちのポーズで――」
「バンジー……」
「シェェーーッ!」
ちんちくりんの陳情を、ひと言の呟きで封じ込める千歳。
鬼か、コイツは? てゆうか、このタイラントみたいな暴君が何であんなにカリスマがあるのか不思議だ……
そんな事を思いながらオレは、色んな角度から着々とデッサンの枚数を重ねていった。
「うん、まだちょっとぎこちないけど、だいぶ良くなってきたわね」
そして、何枚目になるだろか?
とりあえず、スケッチブックが二冊目の後半に差し掛かった頃。千歳は軽い俯瞰で右斜め下から描かれたおフランスのポーズを見て笑顔を浮かべた。
「期限的に厳しいかも知れないけど、今日明日はデッサンの時間にしましょうか」
確かに残り約三週間。しかもアシスタントが頼めない現状。
二日潰れるのは厳しいが、絶対に失敗は許されない。ここは慎重に慎重を期するべきだろう。
「え、え~と、千歳さん……? もしかして、明日もアタシがモデルをやるんッスか?」
「なに……? イヤなの?」
「い、いいい、いや……と、ゆゆ、ゆうわけじゃ……」
千歳のヤンデレガン付け顔という新しいジャンルの顔で睨まれ、頬を引きつらせ言葉を詰まらせるちんちくりん。
「ただ、明日はガッコーで、抜けられない講義がありまして……」
「講義かぁ……じゃあ、仕方ないわね」
「ほっ……」
ヤンデレガン付けから一転。千歳は講義と言う言葉に、あっさり引き下がった。
まあ、講義を休ませてまで手伝わせる事じゃないわな。
「でも、そうすると、明日どうしようかな……? あっ、そういえばっ!」
唇を尖らせ悩んでいた千歳は、名案を思いついたように顔を輝かせて笑顔を――
いや訂正。口角を吊り上げ、不敵な笑顔を見せた。
「確かもう一人、三禁を破って男作ってた子がいたわねぇ。フッフッフ……」
ああ、いたなぁ。|一般人《カタギ》のフリして、医大生と付き合っていた寿司屋の娘が。
てゆーか、むしろ――
「むしろ、律儀に男禁止を守っていたのは千歳さんくらいで……」
「何か言った?」
「いえ、言ってません……」
オレの思ってた事を代弁したちんちくりんは千歳に睨まれて、片足立ちのポーズのまま、そっと視線を逸した。
「あの子、|寿司屋《いえ》で出前の手伝いしてるだけだし、夜まではヒマでしょう」
「まあ、梅のヤツは半ニートッスからね」
「じゃあ由姫。梅子に、明日ウチに来るよう伝えてくれる。とりあえず必要な物は……竹のザルと割り箸、それと豆絞りの手ぬぐいはウチにあるから――お祭りなんかのハッピがあれば持参するようにも言っておいて」
おいおい、ザルに箸に手ぬぐいとハッピって……|安来節《どじょうすくい》でもさせる気か?
ちなみに豆絞りの手ぬぐいとは、豆粒くらいのドット柄をした手ぬぐいの事である。
「じゃあ、明日の事も決まったし、デッサンを再開するわよっ!」
千歳は、仕切り直しとばかりにパンッと手を叩くと、ちんちくりんの乗った椅子を回した。
「今度は正面からのアングルにしようか。そんで由姫は次、ゴルゴさんの『命』のポーズで」
随分と古いネタをブッ込んできたな、オイ。っかまた片足立ちって、ホント鬼だろコイツ……
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