──ハリー・ポッターは、光ではなく、闇を選んだ。闇の帝王の右腕として、闇の勢力の中枢に立つ存在となった彼を、もはや”魔法界の英雄”と呼ぶ者はいない。かつて魔法界を救ったはずの彼の強さは、一転して私たちを恐怖に陥れる。今、彼は闇の帝王に並ぶ闇の魔法使いとして知られるようになった。
しかし、彼の生み出す魔法は別の意味でも名を馳せている。
──彼の放つ呪いは、黒百合と見紛うほどに美しいのだと。
呪文を詠唱しているところは目撃されていない。無言呪文を使い続けているのか、その呪文を聞いて生き残った者がいないのか。それは定かではない。
その呪文について分かっていることは、受けた者は漏れなく体から黒百合が咲き、燃えてしまうということ。それもただ燃えるだけでなく、灰すら残らず崩れていくそうだ。
花が咲き、やがて朽ちる。私たち人間はそれを美しいと言っていた筈だが、朽ちるのが人間となると流石にそうはいかないらしい。
人の命さえ花のように奪ってしまう彼だが、──ただひとり、寵愛している人間がいると、囁かれている。
魔法省は手練の人間をハリー・ポッターの元へ送り込んだ。その数、2桁は越えていたはずだ。私が任されていたのは、彼らの戦いの行く末を確認することであった。しかし、私が到着した時には既に、誰もいなかった。正確には、ハリー・ポッターと、目深くローブを被った人間以外は。
杖をしまった彼は、深緑のローブを被ったプラチナブロンドの人間を撫でていた。顔は見えないが、魔法界では珍しい、色素の薄いプラチナブロンドがその人間を印象付けた。
最初は、脅されているのだと思った。美しい、人形のような人間を捕まえ、コレクションにでもして愛でているのだろうと。だが、その考えはすぐに裏切られることとなる。
───撫でられている少年の口角が上がっていたからだ。
驚いたのはつかの間、彼は薄い唇をハリー・ポッターに重ねた。
錯覚をした。
初々しい新郎新婦のような、協会での愛の誓いのような、光に祝福されているような。
そんな筈はないのに。
先程まで魔法省の手練が彼を狙って少なくとも2桁、死の呪文を使ってまで捕まえようとしていた。それをあっさり防ぎ、花のように軽く彼らを散らしたのに。
だが、私には彼らが、ただ純粋にお互いを愛し合っているようにしか、見えなかったのだ。
──────────
「……僕はね、ドラコ。君がいて幸せだよ。」
ハリーは、彼を見つめながら囁いた。いつの間にか付いた、ハリーの口癖だ。窓の外では夜闇が広がり、月が仄かに光を落としている。黒いローブの影が2人を包み込み、その腕の中でドラコは、静かに佇んでいた。
「そうか」
ドラコはハリーに自分の指を絡めた。その言葉が特に答えを望んでいるものではないことは、とっくの前に気付いていた。
「そうだよ」
ハリーの声は穏やかだった。あの頃のまま──いや、それ以上に。ハリーはドラコを抱きしめる力を強めて歌うように言った。
「君を手に入れるためなら、光なんて捨ててもよかったんだよ。──何もかも、ぜんぶ。」
そう言いながら、ハリーはドラコの頬を撫でた。
まるで、ガラス細工を扱うように、慎重に。
かつて学生時代、ハリーとドラコは友人になった。価値観の違いそれから、考え方の違いを巡って沢山議論した。もちろん、時には喧嘩になることもあった。それでも、不器用ながらも何とかお互いを理解しようという気持ちは本物になっていった。
死喰い人の子供と生き残った男の子。決して交わることのない、相反する存在。でも、だからこそ話せた。辛いのだと、苦しいのだと。
そうするうちに、互いなしでは、前を向けなくなった。それからはずっと、触れ、特別を確かめあった。
──ただ、そんな日々が続けば良かった。2人が望んだのはそれだけだ。
しかし、そんな未来は、ハリーを知る全員から猛反対を受けた。
言葉だけでなく、武力行使に出る者もいた。
そして、悟ったのだ。
ここでは大切な人ひとり、守ることが出来ないのだと。ハリーにとっては光側だろうと闇側だろうと構わなかった。
──ただ普通の人と同じように、愛する人の隣にいたかった。
感触を確かめるようにドラコの指を何度も握り返しているとふいに、彼は笑った。
「ハリー、君はやっぱり歪んでる。」
その声には、どこか愛おしさすら滲んでいた。彼の口から出た言葉にハリーは頬を膨らませて非難の眼差しを向けるが、ドラコは気にも止めないように言った。
「君は世界を敵に回してまで、ただひとり、僕を選んだ。」
ドラコがあまりにも幸せそうに言うので、何だか甘美な響きに聞こえてしまう。ハリーは翡翠を細めて微笑んだ。
月に照らされ、プラチナブロンドが煌々と輝いている。そんな彼を、ハリーは眩しそうに見つめた。魔法省の偵察人が見た祝福の光は、あながち、見間違えではない。
──ハリーの光は、彼の中にある。
ドラコの指が、ハリーの手首に絡みついた。鎖のように、深く。
「それに、ハリー」
囁くように、ドラコは言う。
「君がそんなに僕を大切にするから──僕も、君に狂ってしまった」
楽しそうに笑うドラコの顔が見たくて、ハリーはそっと、ローブの端を持ち上げた。
まるで、ウィンディングベールのように。
愛する人を守るためのベール。
決して穢されぬように、隠し、守るもの。
そして何よりも──ハリーだけのものにするための誓い。
キスを交わす2人が浮かべている笑みは、ただ人が、愛する人の隣にいる時に浮かべる笑み、そのままだった。
────────
──ハリー・ポッターの魔法は、優美、それでいて残酷だと言われる。呪文の詠唱を聞いた者はいない。ただ、標的は黒い花を咲かせ、そして朽ちる。それは、まるで儀式のように美しく、恐ろしい。
──けれど、彼が唯一慈しむものへは違った。
彼は、プラチナブロンドの髪を持つ男を、ただひとり愛した。手練の人間を何十人と散らした後でも、その翡翠はただ1人に向けられる。
その瞳はどんな死よりも甘く、どんな呪いよりも強い。きっと世界中の誰も知らないのだろう。
それで構わない。いや、そうあるべきだ。今日も2人は優しくキスを交わす。
誰も、知らなくていい。
──黒百合の魔法使いが、ただ一つ、決して壊せないものを持っているということは。
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