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ノアからプロポーズされたレーナは本格的に花嫁衣裳作りに精を出していた。 レインから正式に半休をもらったレーナは、午前休みをもらったら朝からお昼の時間までせっせと針を動かして花嫁衣裳を手掛け、午後は夕飯時まで魔道具などの制作や接客に勤しむ。逆に午後休みをもらったら、午前は働いて午後は花嫁衣裳作りの生活を送るようになったのである。
ノアはというと、レーナやレインが親しくしている村人に結婚式の招待状を出した。もちろん、ノアの両親である魔王アスタロトと王妃エリーゼ、姉のニアにも身分を隠して参加してもらうために、魔界にも招待状を送った。
土曜日、いつもの女子会メンバーでレーナの結婚報告を兼ねて家に集まった。
「レーナ、あなた達もついに結婚するのね、おめでとう」
「ありがとう、ローラ」
「ねえ、ノアさんからなんてプロポーズされたの?」
そう尋ねたのは恋人ができたばかりのリリスだった。彼女は恋バナが好きなので、昔から恋愛事になると話を聞きたがるのだ。
「あのね、魔界の海で結婚してくださいって言われたの」
頬を染めながらレーナはきちんと報告した。
「いいなあ、みんな羨ましい! 私も素敵な恋人がほしい!」
すっかり打ち解けて思ったことをちゃんと口にするようになったメイは、頬杖をついてため息をついた。
メイは以前より話しやすくなったことから、村の娘に声をかけられることが増えていた。それをメイ自身も分かっているようで、気さくに接し始めたらしい。
村の男達はツンケンとしなくなったメイにここぞとばかりに話しかけているようだが、全て無視をしているようだった。
「メイはどんなひとがタイプなの?」
「そうねえ、今は私の中身を見てくれるひとがいいわね」
メイは見栄っ張りで相手のステータスや外見にこだわっていたせいで、ろくな恋愛をしてこなかったらしい。そのことを知ったのも最近になってからだ。素直になったメイは、きっといい相手と巡り合えるだろう。
「そっか、いつかメイにも素敵なひとが現れるよ」
「そうそう、メイも魔女だから私みたいに『お手つき』になるっていう手もあるよ」
「それはあんたが特殊なだけよ」
『お手つき』になって強制的に悪魔の花嫁となったレーナが言うのではしゃれにならないとメイは呆れた。
「そうだ、招待状は届いた? みんな結婚式には必ず来てね」
「もちろんよ、絶対に行くわ」
悪魔が教会で結婚式を挙げるだなんて、おそらく前代未聞であろう。そんな貴重な式に参列できることの方がある意味すごいのだとレーナだけが気づいていない。
「ありがとう、私はこの調子で花嫁衣裳作り頑張るね。そういえば、リリスとメイは花嫁衣裳を作っているの?」
リリスは「当然よ!」と鼻高々に言い、メイは「私はまだ作っていないわ」と小さな声で言った。
「メイも私と同じ魔女だから、そっちの方が忙しくて時間取れなかったんじゃない?」
レーナの問いかけにメイは頷いた。
「そうなのよね。でも、私にはまだ相手がいないし」
「作っておいて損はないわ。メイにもいいひとが現れるわよ」
同じ年齢のローラからそう言われて、メイは「……そうよね、私も少しずつ初めてみるわ」と笑顔を浮かべ意気込んだ。
トート村では新婦が自身で花嫁衣裳を手掛けるので、ノアにできることは指輪を用意することしかなかった。先日贈った婚約指輪には守りの魔法がかけられており、ノアお手製の魔道具指輪なのだ。
しかし、結婚指輪となると、将来魔王妃になるレーナには別途で作らなければならないので、どうしたものかとノアが悩んでいると、レインが話しかけてきた。
「ノア、ちょっといいかい」
「なあに?」
店番をしながら物思いに耽るノアを見て、レインは思うことがあったようだ。
「レーナ、店番を頼むよ。ノアは裏に来な」
「分かったよ、おばあちゃん」
レーナは魔道具作りの手を一旦止めて、ノアと店番を交代した。
「で? アタシに何の用?」
「あんた、レーナの婚約指輪の強い魔法をかけただろう」
「そうだけれど、何がいけないの?」
「いいや、悪いことなんてない。むしろ感謝しているよ、ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
素直に感謝の言葉を言えるようになったふたりは、今までいがみ合っていた過去を思い出し、なんだかおかしくなり顔を見合わせて笑った。
「本題に入るよ。レーナの結婚指輪は、普通のものを贈ってやって欲しいんだ」
「それはまたどうして?」
「この村で豪華なものを着けていたら、若い娘や婦人なんかはみっともなく嫉妬するのさ。だから、レーナの結婚指輪は普通のものがいいと私は思う。ただのトート村に住む娘らしく、貴族のようなゴテゴテしたもんじゃなくて、ここで働いて買った指輪をレーナに贈ってくれないかい?」
ノアは人間の欲深さに辟易した。ないものねだりでレーナを妬むのはお門違いも甚だしい。
だが、レーナの敬愛するレインの言い分は聞いておこうと思う程には、ノアも心を許している。
「それは、レーナがトート村にいる間限定でいいのよね?」
「そうだよ。できることなら普通の娘としての幸せを経験してから、レーナには魔界に渡ってもらいたいんだ」
遠くない未来、年老いたレインは儚くなる。『魔女商い屋』を継ぐ魔女を見届けてから、ノアはレーナを連れて魔界に帰るのだ。その後のレーナには、魔王妃という仕事が待っている。
だからこそ、今だけは普通の人間として生きてほしいと願うのだろう。
「……レインは本当に孫想いなのね。分かったわ、アタシもお給料を貯めて、この村で指輪を買うことにするわ」
「ありがとう。レーナには、その婚約指はノアが作った魔道具だと周りに言うようにしておくれ」
「ええ、承知したわ」
ノアは結婚指輪を買うために、いつもより倍働いた。日雇いを募集している店があったら『魔女商い屋』と兼業で働き、どうにか一般の指輪が買える程度には貯えができたので、そのお金で結婚指輪を買いに行くことにしたノアは、レインから休みをもらいレーナを伴って村で唯一ある宝飾店に向かった。
「私の婚約指輪、魔道具だから普通に魔除けとして売って欲しいってこの前言われちゃったよ」
レインに言われた通り、レーナの赤い宝石付きの婚約指輪はノアお手製の魔除けの魔道具として贈られたと周りに言うように伝えたら、下手に話が広まってしまったそうで『魔女商い屋』でも売って欲しいと言われてしまったのである。
「そうなのね。でも、商品化したらそれに似たような指輪をつけるひとが増えるということでしょう? だからダメよ」
「ノアならそう言うと思った」
「あら、分かってるじゃない」
「そうだよ、ノアってば本当に私のことが大好きだもんね!」
「ええ、そうよ、誰よりも愛しているわ」
道中愛の言葉を囁きながら、ふたりは宝飾店へと着いた。
店主はレーナのことを知っているので、ノアを伴ってやってきたことで大変驚かれた。
「長いことこの仕事をしているけれど、兄ちゃんみたいな美形は初めて見たよ。……そういえば、けっこう前にレインさんの店にとんでもない美丈夫が現れたって聞いたが、あんたのことだったんだね」
「そうなりますね」
謙遜することなく事実だと認めるノアに、レーナはその自身たっぷりなところがすごいなと尊敬した。
「そうか、あんなに小さかったレーナちゃんももうお嫁に行く歳なんだね」
店主は涙もろい性格をしているので、レーナの花嫁姿を想像しただけで泣いてしまった。
「おじさん、そんなに泣かないでください」
「いやあ、本当にレイズちゃんに似て別嬪さんになったねえ」
「私、お母さんに似ていますか?」
「ああ、昔を思い出して泣けてくるよ。昔ね、レイズちゃんとキースくんも結婚指輪を買いに来てくれたんだ」
「そうだんたんですね……」
レーナの両親も同じ店を選んだと知り、胸が温かくなる。きっと、レイズとキースも今のレーナとノアみたいに手を繋いでこのお店にやって来たのだろう。
レーナは見知らぬ過去に想いを馳せて、しんみりとする。
「懐かしいなあ。きっとあのふたりも、レーナちゃんが結婚することを喜んでくれるよ」
「そうだといいなと願っています、ありがとうございます」
レインの知り合いということもあり宝飾店の店主には招待状を出しているので、レイズとキースを知っている彼が参列してくれるのは何だか心が温かくなる。
「さて、何を選ぶのか、お手伝いさせてくれるかい?」
「お願いします」
「私としては、レーナが日常生活を送るのに邪魔にならない指輪を希望します」
「私もそれでお願いします。あと、指輪にお互いの名前を刻印したものがいいです。刻印はどちらの指輪でも彫れますか?」
「ええ、可能ですよ」
「じゃあ、デザインはレーナが選んでちょうだい。その婚約指輪はアタシの好みで作ったから、結婚指輪はレーナの欲しいものにしましょう」
「ありがとう! どれにしようかな……」
宝飾店ということもあり、中には宝石が埋め込まれたものがあるが、レーナは既に持っているので必要ない。何か記念日的なものがいいかなと思うが、これといってそういったものもないので、レーナは頭を悩ませた。
くり返し商品を見て、これだと思ったものを指さした。
「だったら、これからふたりの思い出を刻んでいける、そんなデザインがいい」
レーナは至ってシンプルな飾りも装飾もない銀色に輝くものを選んだ。ちなみに、値段も一番安いものである。
レーナの示した指輪にノアは「遠慮しなくていいのよ」と言ったが、レーナは横に首を振った。
「ううん、これがいいの」
「どうして?」
「これ、シンプルなデザインでしょう? 私達の思い出を指輪に刻んでいけるようなものにしたいの」
「……レーナらしいわね。分かったわ、これにしましょう」
ノアが「これにします」と言うと、店主は再び驚き「まさかこれを選ぶなんてね」と、遠くを見つめるような目で優しく微笑んだ。
「どういう意味ですか?」
「レーナちゃんと似たようなことをレイズちゃんとキースくんも言って、全く同じものを購入したんだよ。なかなかに素敵な言葉だったから今でもよく覚えているよ」
「そうなんですね……」
レイズの前向きな性格はレーナに引き継がれた。
決して後ろを振り向かずひたすら前を向くレーナだからこそ、ノアと巡り合ったのだ。
ふたりは試着をして、ぴったりのサイズのものを購入した。
お互いの名前を刻むため、一か月はかかるという。
「よろしくお願いします」
「綺麗に仕上げるから楽しみに待っていてね。どうかお幸せにね、レーナちゃん、ノアくん」
「はい」
帰り道、上機嫌のノアにレーナは声をかけた。
「ノア、ご機嫌だね」
「それはそうよ。愛するレーナがアタシとの思い出を刻んでいくために、敢えてシンプルなデザインにした健気さにアタシはもうくらくらするほど溺れそうだわ」
「いいよ」
レーナは歩みを止め、真っ直ぐノアを見つめた。青い瞳には、もうノアしか映らないことを知っている。
「もっと私に溺れて? 私だけを見つめてよ」
人間なのに、まるで悪魔みたいな甘言を囁くレーナにノアは心臓を撃ち抜かれた。
「……レーナは人間なのに悪魔みたいな子ね」
「私もいつかは魔王妃になるもの、予行練習みたいなものだよ」
「あら、アタシのダーリンは積極的ね」
「そうだよ、私のハニーちゃん」
背伸びしてちゅっと頬にキスをして甘い言葉を紡げば、ノアは耳を赤くして「この淫魔たらし」とレーナの額にキスをした。
その足で結婚式に欠かせない新郎衣裳を購入すべく、ふたりはリリスの家である服飾店に行く。
「いらっしゃいませ!」
明るいふたりの声にレーナとノアは「こんにちは」と挨拶をした。
「あら、レーナとノアさんじゃない」
「おふたりが揃ってご来店されたということは……」
「そう、アタシの衣裳を買いに来たのよ」
「やっぱり! そろそろ来ると思って仕入れしたのよ、見て行って!」
商魂逞しいリリスは自身の結婚を視野に入れて、両親とイリヤを巻き込んで新郎衣裳を仕入れたのが容易に想像がつく。
リリスとイリヤに勧められるがまま試着するが、ノアは顔がいいのでどんな衣裳を着ても似合うのだ。
しかし、レーナが拵えているのは白色の花嫁衣裳なので、ノアもそれに合わせる形で白一式で購入した。
「ありがとうございました!」
「またのご来店をお待ちしております」
服飾店から出て、ノアはずっと考えていたことを言った。
「トート村での結婚式はレーナに合わせて白にするけれど、魔界で行う時は黒にするわ」
その言葉を聞いて、レーナはノアを見やる。今のノアは人間に扮しているので黒髪黒眼だ。
しかし、本当の姿は金髪赤眼という、真逆の色彩を持っている。
結婚式でも色が逆転するのがなんだか面白く思うレーナは、ノアに気づかれないようにひとりでくすくす笑った。
次の休日、レーナとノアはレイズとキースの墓参りに来ていた。娘であるレーナの結婚報告をしに来たのだ。
「お父さん、お母さん、私ね、ノアと結婚するんだ」
「レイズさん、キースさん、お久しぶりです。この度は娘さんとの結婚報告に来ました」
レーナとノアは墓石に手を合わせ、結婚報告をする。
レーナは目を瞑り、たくさんの言葉を紡いだ。
──私はお嫁に行きます。いつか魔界に渡るけど、ノアとたまに帰省するから待っていてください。私、幸せになるね──
花を添え、墓石を綺麗に磨き上げる。空は澄み渡り、空気が澄んでいて気持ちいい。まるで祝福してくれているようだった。
それからおよそ三週間後、レーナは無事花嫁衣裳が完成し、ドキドキしながら試着する。
ノアには結婚式当日の楽しみに取っておいてと言ったので、レーナがどんなドレスを着るのか何も知らないのだ。
レーナは全身を鏡で見て、その出来栄えに我ながら惚れ惚れする。これを着てヴァージンロードを歩くところを想像し、レーナは夢心地になる。
汚してはいけないと丁寧に脱ぎながらしわにならないよう、そっとクローゼットに仕舞う。
レーナは一階で仕事をしているノアとレインに「花嫁衣裳完成したよ!」と大きな声で報告した。
すると、店に来ていた常連客からは「レーナちゃん頑張ったねえ」やら「おめでとう!」と拍手され、レーナは照れながらも「ありがとうございます」と言った。
ノアからは「ついに完成したのね、お疲れ様」と労いの言葉をもらい、レインも「よく頑張ったね」と言ってくれたので、レーナのおよそ半年間に及ぶ衣裳製作はようやく幕を閉じた。
レーナとノアは村の教会に訪れ、神父であるセイに教会での結婚式を執り行うための予約とどんな式にするか話し合いをした。
「レーナ、本当にこいつと結婚するのか?」
セイはレーナに片思いして早十数年、立派な神父になったらレーナを迎えに行こうとして、ノアに横から掻っ攫われたのである。
神父そのものにはなっていたのに告白できなかったというのもあり、あっさりと負けてしまった悲しい過去がある。
「そうだよ、セイも知っているでしょう? 私達のこと」
レーナの言う『私達のこと』とは、レーナがノアの『お手つき』になったことを指している。
「レーナの気持ちはノアに向いているのかって聞いてるんだ」
「もう、何回言わせるの? 私はノアが好きなの。私とノアは出会いこそ特殊かもしれないけれど、普通の恋人同士なんだよ。いい加減分かってよ、セイ」
恋するレーナに真正面から言われたセイは、やっと諦めがついた。
会話に置いてけぼりのノアはむすっとしていたが、恋敵に蹴りをつけたのはレーナ自身なので任せることにしたのだ。
「……分かったよ。悪かったな、レーナ。……それと、ノアも」
「分かってくれたのならいいよ」
「ようやく諦めてくれたようで助かるわ」
「あんた、言い方ってもんがあるだろうよ……」
セイは苦笑しながらもふたりを祝福するための神父の顔になり、式の手配を進めた。
予約をしていた一か月後、宝飾店に指輪を受け取りに行き、Noah&Lenaと刻まれた指輪を見てレーナは感動した。
そっと自身の左手の薬指に嵌めると、まるで最初からそこにあったかのような気がするから不思議なものである。
ノアも嵌めると、男性らしくも細い指にきらりと光る銀色が大変よく似合っていた。
専用の箱に入れてもらってそのまま花屋へと向かい、ブーケの手配をした。
そして、ふたり仲良く手を繋いで帰路に着く。
結婚式前夜、店は午前で閉店した。
式自体は午後から行われるが、午前中はやることが多い。時間の確保は大事である。
その日の午後、レーナとノアは明日着る衣裳を教会に預けた。もちろん、メイク道具一式も持って行くのも忘れない。
「よし、必要なものは全部揃ったな」
「セイ、明日はよろしくね」
「おう、任せとけ」
「アタシからもお願いするわ」
ノアが素直に感謝の言葉をすると、セイは驚いたようにノアを見やった。
「……まさか、あんたから礼を言われるとは思っていなかったよ」
「あんた本当に失礼ね、アタシだってお礼くらい言うわよ」
「もう、言い争いするのはやめてよね」
「そんなことはしてないだろう?」
「そうよ」
案外このふたりはいい友人関係を築けるのではないかと思ったレーナは「息ぴったり合うのね」とにこりと微笑みながら言ってのけた。
「そんなことないわ! /そんなことない!」
「ほら、やっぱり」
レーナはなんだかんだで息が合うノアとセイを見て、くすくすと笑った。
レーナとノアは前日にできることをして、お肌や髪の手入れも欠かさずに行った。
いつもなら身体を交えるのだが、今夜はさすがに控えることにした。
ふたり仲良くベッドに寝ころび、明日の式について話し合う。
「なんかあっという間だったね」
「そうね。アタシも人間界のことを学べたりして楽しかったわ」
「……明日も明後日も、私とノアはトート村にいるよね?」
不安そうに揺れる青い瞳はノアを真っ直ぐ見据える。
ノアは不安がるレーナを安心させるように、温かい身体を抱き寄せて「安心して、アタシとレーナはトート村にいるわ」と優しく諭した。
その言葉を聞いて安心したレーナは、強張っていた身体を緩めノアに抱きついた。
「ノア、ありがとう」
「いいえ、アタシもこの村が気に入っているのよ」
ノアの言葉に嘘はない。
なぜならば、ノアという悪魔は嘘が大嫌いだからだ。
「嬉しい。みんなノアのことが好きだから歓迎してくれたんだよ。ノアの人柄だってそう。悪魔なのに私の友達が受け入れてくれたでしょう? それってやっぱりノアのことが好きじゃないとそうならいと思うの」
「アタシの人柄?」
不思議そうに話を聞くノアに、レーナは「そうだよ」と続ける。
「ノアは思ったことをはっきり言ったりアドバイスしたり、時には力になってあげたじゃない? 信頼っていうのかな、そういうのって積み重ねだと思うんだ。だから、ノアも居心地がいいって思えるんだろうし、それもやっぱりノアの人徳だよ」
ベッドで仲良く身を寄せ合いながら、ふたりは出会ってからのことを思い出すかのように話す。
ノアは、気になっていたことをレーナに尋ねた。
「レーナはアタシのことどう思っているの?」
「優しくて怒らせると怖いひと。でも、それは私のことが好きすぎる悪魔だから、そういうものだと受けいれているよ。だって、私達は『魔族の寵愛』だもんね」
はにかむレーナの笑顔はとても眩しい。この笑顔がいつまでも翳ることのないようにするのが自身の務めだとノアは思う。
魔族とは愛情深い生き物。一度好きになれば、とことん相手を一途に想うのだ。
ノアが優しくしているのはレーナだけだと思っていたが、魔界にいた時はさほど親しい友人がいなかった自分がここまで他人に心を許すのは、レーナがいる世界を守りたいという想いだけではなく、ノア自身もトート村のことが好きだからこそ、こうして周りに配慮できるのかもしれない。
「アタシ、淫魔なのにすっかり誑かされちゃったわ」
「私に?」
「そうよ、小悪魔ちゃん。そろそろ眠らないと明日に響くわ。レーナ、明日が楽しみね」
ノアは明かりを消して、布団にもぐっているレーナの身体を抱きしめた。
「そうだね、明日が楽しみだなあ」
ふわあ、とあくびをしたレーナは既に微睡んでいる。
レーナのことだから緊張して眠れないと言い出すかと思ったが、それは杞憂だったようだ。
「おやすみさない、ノア」
「おやすみ、レーナ」
そして、朝がやってきた。レーナとノアの結婚式当日である。
昨夜のうちに仕込んで置いた朝食を食べ、三人で食卓を囲う。
「レーナ、私も一緒に行って手伝うからね」
「ありがとう、おばあちゃん」
「アタシも手伝うわよ」
よほどレーナの花嫁姿を見たいらしく、ノアは式当日になってもめげなかった。
「ノアはダメ! 式まで楽しみにしてて」
レーナが軽く叱るとしょんぼりと落ち込んだ顔をさせながら上目遣いをして「アタシのダーリンは意地悪ね」と憂いた。
「全く、ノアは今日くらい大人しくしていなさいよ」
呆れたレインが窘めると、ノアは先ほどまでのくもり顔をころっと変えて、むくれながら「いいじゃない」と言った。
「レーナが可愛すぎるからつい構いたくなるのよ」
「もう、照れちゃうよ」
「……あんた達、本当にお似合いだよ」
朝からいちゃつく恋人達に、レインは苦笑しながら食事を再開した。
それからすぐに三人で教会を訪れた。
レーナはレインに手伝ってもらいながら、自身の顔に化粧を施す。
いつも軽く化粧をしているが今日は特別な日なので、魔界の舞台を観に行った時より念入りに時間をかける。己を美しく見せるため、レーナは丁寧に筆を使い色を乗せていく。
そして、鏡で仕上がった自分を見て、にっこりと笑う。そこには幸せそうに微笑む妙齢の美しい女性がいた。
レーナは自分で仕上げた花嫁衣裳を着て、レインの前でくるりと一回転する。
Aラインのドレスはレーナの身体を綺麗に魅せた。
胸が大きいのでビスチェで立体感を出しつつ、そこまで胸が強調されないようにスカート部分はレースがふんわりと広がる仕様にしたのだ。
レーナの動きに合わせて揺れるスカートは、上品さを醸しだしている。
光沢のある絹は光の加減できらきらと輝いていた。
レインが結った髪は編み込みになっており、レーナの鮮やかな金髪を覆うようにヴェールが掛けられていた。
これはレインお手製のもので、トート村では母から娘へ手作りのヴェールが贈られるのだが、レーナの母は故人だ。よって、レインが二度目となるヴェール作りをしてくれたのだ。
「綺麗だよ、レーナ」
レインは泣きながらレーナをそっと抱きしめた。
「もう、おばあちゃんってば気が早いよ」
「……そうだね。ノアに支度が出来たって伝えてくるよ。レーナはここで待ってなさい」
「はい」
レインはノアの控室まで行こうとするが、既に支度が整っていたノアはレーナの控室の前で待機していたのだ。扉を開けた瞬間にノアが室内に入ってきたので、さすがのレインも驚いた。
「レーナ、待ってたわ!」
愛しのレーナがどんな姿で自分との結婚に臨もうとしているのか楽しみだったノアは、目の前に佇むレーナを見て息をのむ。そこにいたのは深層のご令嬢かと見まごう程に美しい女性がいたのだ。
女神が本当にいるのなら、きっとレーナのような女性のことをいうのだろうと本気で思ったノアは、一歩、二歩とゆっくり近づく。
「レーナよね?」
「うん、私」
「……女神かと思ったわ」
「そんな、ほめ過ぎだよ」
「いいえ、アタシは今確信したわ。女神がいるのなら、きっとレーナのような見た目をしているのよ」
「ノア、本当にほめ過ぎだから!」
レーナの美しさに陶酔しているノアの尻をぽかりと叩いたレインは「なに惚けたこと言ってんだい」と、正気に戻したのだった。
ノアは白いタキシードを身に纏っており、ジャケットやベスト、パンツの色も全身白で統一されている。
今のノアは人間に扮しているので黒髪黒眼だが、白と黒という真逆の色のバランスが取れていて、元々顔立ちが整っているノアをさらに美男子に見せた。
「ノアはかっこいいよ」
「本当? レーナに負けてない?」
「私の方が負けそうだよ」
「そんなことないわ、レーナは本当に綺麗よ」
お互いを褒め合う新郎新婦を止めたのは、またしてもレインだった。二回手を打って「そこまで!」と言ったことで、ようやく褒め合い合戦は終わったのである。
そして、迎えた午後は教会に人が大勢訪ねてきた。
招待状を出した人が全員参加してくれたので、それは本当にありがたいことだ。
ついに式が始まる時間になり、裏方で控えているレインによってヴェールは下ろされた。
「レーナ、ノア、幸せになるんだよ」
「今までお世話になりました」
「私もお世話になりました、レインさん」
「なんだい、改まって」
レーナだけではなく、ノアまで態度を改めたことでレインは鳥肌が立ったが、さすがに口にはしなかった。
「おばあちゃん、私をここまで育ててくれてありがとう。私、今最高に幸せだよ」
レーナに続き、ノアも畏まった態度でレインに接した。
「レインさん、今まで散々失礼な態度を取ってすみませんでした。これからもどうぞよろしくお願いいたします」
ノアが初めて人に頭を下げるところを見たレーナとレインは固まった。それがあまりにも似合ってなさすぎて、孫と祖母はふたりして笑ったのである。
「ちょっと、どうして笑うのよ」
頬が赤くなっているノアは、恥ずかしいやら何やらでむくれてしまった。
「もう、せっかくこのアタシが丁寧に接したっていうのに」
「ノアはいつもの方が似合ってるよ」
「そうだよ、丁寧なノアは気持ち悪いからいつもの調子に戻っておくれ」
「はいはい、分かったわよ」
家族三人は微笑み合い、レーナはノアと腕を組んだ。
「さあ、行っておいで」
「うん」
「ええ」
大聖堂の扉は開かれて、レーナとノアが足を踏み入れた瞬間、その場にいた者は息をのんだ。
ここは、神々の結婚式なのではないかと錯覚してしまうほど美しい新郎新婦に目がくらみそうになり、卒倒した者が何名か出たのは後に伝説となるが、今は置いておく。
ヴァージンロードをふたりで歩く姿も背筋が伸びていて綺麗だった。
いつの間にか参列者に混ざっているレインとノアの両親アスタロトとエリーゼ、姉のニアが人間に扮して参列していることに気づき、レーナとノアは目礼をした。
神父の前に着き、セイは誓いの言葉を述べる。
「新郎ノア、あなたはレーナを妻とし、病める時も健やかな時もこれを愛し、死がふたりを分かつまで尽くすことを誓いますか?」
「死が分かつとも共にあります」
ノアの重すぎる宣誓にどよめきが走る。
セイは一瞬げんなりした顔をしたが、すぐに仕事モードに戻った。
「新婦レーナ、あなたはノアを夫とし、病める時も健やかな時もこれを愛し、死がふたりを分かつまで尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
レーナの方は至って普通だったので、招待客は安堵のため息をこぼした。
レーナの宣誓に不満そうにしているノアは、魔界での結婚式は自分と同じ誓いを立てさせてやると内心メラメラ燃えていた。
お互いの名前が刻まれた指輪を交換し、ノアの指に嵌める時はさすがにレーナも緊張して手が震えたが、どうにか指に収めることができたので心から安心した。
ノアはすっとレーナの指に嵌めたので、こういう儀式に慣れているノアが羨ましいとほんの少しだけレーナは思ったが、数十年後には自分もそうならなければならないことを思い出し、未来に向けて頑張ろうと決めた。
「では、誓いのキスを」
ノアはレーナのヴェールを上げ、恭しくレーナは顔を上げてノアを見つめた。
ここまでくるのに色んなことがたくさんあった。
ノアを召喚して『お手つき』になり、一緒に暮らすうちに家族になって、えっちなレッスンをして、言葉を交わし心を通わせていくうちに、ノアという悪魔を好きになっていた。
好きに理由なんてない、相手が悪魔だろうが関係ない。こうして人間であるレーナに合わせてくれる、優しい悪魔のノア。レーナは「大好き」と呟いた。ノアも応えるように「愛してる」と囁く。
ふたりは見つめ合い、そっと触れるだけのキスをした。
ブーケトスの時間になり、教会を出たらフラワーシャワーがふたりを出迎えた。
レーナがブーケを投げると、キャッチしたのはなんとメイだった。メイは驚いた顔をしつつも、柔らかい笑顔を見せる。
こうして魔女と淫魔の結婚式はつつがなく行われ、盛大に祝福されるとともに、正式に家族になったレーナ、ノア、レインの三人は、今日も明日も明後日も、泣いて笑って時には喧嘩して、最後には仲直りする。
何があっても離れない絆で結ばれたレーナとノアは、今日から始まる新たな物語を紡いでいく。
──完──