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【Scene 1: チェサピーク湾、午後】
船はゆっくりと、茶色がかった水をかき分けながら進む。両岸には低い湿地帯が広がり、所々で白鷺が立っている。潮の香りと、何かが腐ったような甘ったるい匂いが混ざる。
(なまえ)は船べりに座り、両足を海面に垂らしていた。靴は履いていない。白いニーハイソックスは、船のデッキで既に黒い汚れがついている。彼女の後ろで、メリーランド——めりーが操舵輪を握り、無言で笑っていた。
「……んにゅ。」
(なまえ)が小さく呟く。風が強い。ワンピースの裾がめくれそうになるが、彼女は気にしない。自分の左手でぷにくまを抱え、そのボロボロの耳を指でなでている。
「寒いか?」
めりーの声。低く、どこか含みのある響き。
「……さみぃ……けど、へーき〜」
振り返らずに答える。その声は風に溶けて、ほとんど聞こえない。
操舵輪を止め、エンジンの音が消える。途端に、世界が静かになる。潮の引く音。遠くのカモメ。そして、自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。
めりーが近づいてくる。デッキ板を踏む足音が、コツコツと規則的だ。
「おい。」
肩に手が置かれる。大きくて、硬い手。指が長く、節くれ立っている。蟹を何年も捌いてきた男の手。
「なに……?」
「蟹、食うか?」
めりーが片手に持っていたバケツを掲げる。中では——ブルーランプが、ぎっしりと詰まっている。青い甲羅が、陽の光で鈍く輝く。まだ生きている。脚がもぞもぞと動き、触覚がバケツの縁を這う。
(なまえ)の目——閉じたままの瞼が、わずかに開く。失明した左目は動かない。右目だけが、ぼんやりとバケツの中を見つめる。
「……わー……でっきゃ……」
「食いたいか?」
「……うみゃそ〜」
よだれが垂れそうになるのを、左手の甲で拭う。ぷにくまをギュッと抱きしめ、足をバタバタさせる。
「うみゃ、うみゃ!」
めりーが笑う。口元だけを歪めて、目は笑っていない。船内の小さな調理台にバケツを置き、手際よく蟹を取り出す。
「見てろ。これが、俺のやり方だ。」
【Scene 2: 蟹の調理 —— 「すべての流れは、俺のもの」】
蟹は、まだ生きている。
めりーはその甲羅を掴み、裏返す。腹板を親指でグッと押すと、カチリと音がして甲羅が割れる。内臓が露わになる。(なまえ)は無言でそれを見つめている。
「……いてて……する?」
「ん?」
「かに……しにゅう……?」
「……気にするな。」
めりーの手は止まらない。甲羅を完全に外し、エラを引きちぎる。蟹はもう動かない。青かった甲羅が、湯の中で鮮やかなオレンジ色に変わっていく。
「生きてるものを食う。それが、ここでのルールだ。」
「るーる?」
「そう。俺の領海——チェサピーク湾では、そう決まってる。」
オールドベイシーズニングの瓶を取り出し、豪快に振りかける。香ばしい匂いが湯気と一緒に立ち昇る。(なまえ)が「くしゅん!」と小さなくしゃみをする。
「はい、できた。」
大きな皿に、茹で上がったブルーランプが山盛りになる。めりーは(なまえ)を自分の膝の上に座らせると、蟹の爪を一本取った。
「……開けるの、手伝って?」
(なまえ)が左腕(正確には欠損した右腕の断面)を差し出すが、めりーは無視する。
「いいや。お前の口で、直接行くぞ。」
肉を取り出し、自分の口に含む。それから、(なまえ)の顎を掴み、無理やり上を向かせる。
「あーん、しろ。」
「……んにゅ……?」
ニンニクと塩の味がする指が、彼女の唇をこじ開ける。噛み砕かれた蟹の身が、そのまま彼女の口の中に押し込まれる。噛まずに、そのまま飲み込む。ぺちゃ、と音がして、彼女の喉仏が上下する。
「……うみゃ……」
「んだろ?」
「……うみゃ……でも、めりーが……かんでくれたから……?」
「はっ。そういうことにしといてやる。」
二匹目。今度は、めりーは蟹の甲羅ごと噛み砕く。バリバリと音を立てて——固い殻が、彼の歯で粉々になる。その破片を、また彼女の口に流し込む。
「がりがり……かちぃ……」
「飲み込め。ここでは、それがルールだ。」
無理やり飲まされる。喉を傷つけそうな破片が、食道を通る感触がはっきりと分かる。目尻に涙が浮かぶ。
「……いてて……」
「痛いか?」
「……いてて……」
「でも——お前は、俺の蟹を食う。そう決めたんだ。」
【Scene 3: 残骸の処理 —— 「お前の残したものは、全て俺のもの」】
三匹目。(なまえ)の口の中は既に蟹の味でいっぱいだった。殻の破片、身の繊維、シーズニングのピリッとした刺激。吐き出したいくらいだが、めりーの手はそれを許さない。
「……も……むりゃし……」
「まだ、爪が三本残ってる。」
「やぁや……はら……ぱんぱん……」
左手でお腹を押さえる。プニプニと柔らかい腹が、少し膨らんでいるのが分かる。
「もう……たべりゅにゃー……でけるにゃー……」
「なら、残すのか?」
めりーの声が、急に冷たくなる。笑顔は消え、目だけがギラギラと光っている。
「しょれ……わるい……?」
「悪いに決まってんだろ。」
彼は、(なまえ)が食べ残した蟹の山を見下ろす。それぞれの殻には、少しだけ身が残っている。爪の付け根、関節の隙間——そこに、わずかなオレンジ色の身がへばりついている。
「俺の湾で獲れた蟹を、粗末にする奴は——」
彼は皿を引き寄せ、ガッと音を立てて一匹の甲羅を掴む。
「——こうなる。」
彼の口が、殻の隙間に吸い付く。ジュルリ、という音。身汁と、まだ残っていた内臓の破片を、全て吸い出す。ザリザリ、と殻同士が擦れる音が、(なまえ)の鼓膜を震わせる。
「……おまえ……」
「これが、チェサピーク湾の掟だ。お前が食い散らかした分は、俺が綺麗にする。」
彼の舌が、甲羅の内側を這う。ヌメリを舐め取り、全てを食い尽くす。残ったのは、真っ白な、石灰質のパーツだけ。
「お前のために——じゃない。お前の残したものを、誰よりも美味く食う。それで、お前を支配する。」
「……しはい……?」
「そうだ。お前は、これから俺の——」
彼は、(なまえ)の右手首(欠損した断面)を掴む。
「——湾に棲む、小さな蟹だ。」
【Scene 4: 船底の部屋 —— 流れの管理】
陽が傾き始める頃、めりーは(なまえ)を船底の小さな部屋に連れて行った。天井は低く、幅も狭い。バスルームも窓もない。ただ、壁に沿って棚があり、そこには数十個の瓶が並んでいる。
「……ここ……どこ……?」
「お前の新しい家の一部だ。」
埃くさい。黴の匂いがする。(なまえ)は「くしゅん!」とくしゃみをする。
「臭い……」
「慣れろ。ここでは、お前が排泄したものも、食べこぼしたものも、全て俺の海に流れ込む。」
彼は、床の小さなハッチを開ける。下は——海だ。黒く濁った水が、ゆっくりと流れている。
「ここから、お前のものは全部、外の湾に出ていく。つまり——」
「つまり?」
「お前のものは、全部、俺のもの。物理的に。」
ハッチを閉じ、(なまえ)の肩を押してそこに座らせる。
「お前はここで、俺のルールを覚える。覚えられなければ——」
彼は壁の瓶を一つ手に取る。中には、蟹の爪が保存されている。ホルマリン漬けか、それとも——もう何年も経った標本か。
「——これになる。」
「……おばけぇ……」
「怖いか?」
「……こわい……」
震える肩を、彼の腕が抱きしめる。それは、ひどく優しい手付きだった。まるで、壊れ物を扱うように。
「大丈夫。お前がちゃんとルールを守れば、こんなことにはならねえ。」
彼の息が、首筋にかかる。潮の匂い。クラブケーキの匂い。それと——男の体臭。
「俺のルールは簡単だ。食うものは、全て食い尽くせ。残すな。お前が出すものは、全て俺の海に流れろ。隠すな。」
「……わーた……」
「わかったか?分からなくていい。お前の体が覚えれば、それでいい。」
【Scene 5: 夜 —— 全ての流れが止まるまで】
夜。船は岸に係留され、揺れも止まった。
小さな部屋は、完全に暗闇に包まれている。視界がゼロの中で、(なまえ)はただ、自分の鼓動と、隣で寝ているめりーの呼吸だけを感じていた。
「……さみぃ……」
呟く。返事はない。
彼女は這うようにして、彼の胸にすり寄る。ワンピースの下は、何も着ていない。冷たい潮風で肌がひんやりしている。
「……めりー……」
「ん。」
起きていた。彼の目が、暗闇の中でギラリと光る。
「……ぎゅー……」
「……今、何て言った?」
「ぎゅー……して……」
「それは、どういう意味だ?」
「だっこ……して……?」
「違う。」
彼は起き上がり、彼女の両手首(左と、欠損した右)を掴む。
「それは『もっと支配してくれ』って意味だ。覚えておけ。」
彼の口が、彼女の耳たぶを噛む。力は強くない。しかし、決して離さない。
「お前は、俺のものだ。俺の湾に棲む、小さな蟹だ。お前が出すものは、全て俺が吸い取る。お前が食べるものは、全て俺が決める。」
彼の手が、(なまえ)のペニス——小さな、申し訳程度のソレ——を握る。
「ここから出るものも、俺のものだ。」
「……でりゅ……」
「出せ。俺の前で。」
抵抗はしない。できない。彼女の小さな陰茎は、彼の掌の中で脈打ち、数滴の白い液体を吐き出す。それを見て、めりーが笑う。
「……少ねぇ。」
「……ごめん……」
「謝るな。次は、もっと出せ。そのために、俺が教えてやる。」
彼は、彼女の腰を抱き寄せ、自分の股間に押し付ける。そこには——大きく、硬いモノがある。
「これが、お前の主人の証だ。」
「……おちぃちぃ……」
「違う。『めりーのおちんちん』だ。覚えろ。」
「……めりーの……おちんちん……」
「よし。」
彼の唇が、彼女の額に落ちる。キスの音。そして、優しい笑い声。
「これで、お前も俺の湾の一員だ。ようこそ——(なまえ)。ここは、全ての流れが俺に集まる場所。逃げ出したくても、潮がそれを許さない。」
彼の両腕が、彼女を閉じ込める。高い体温。強烈な抱擁。
「いい夢、見ろよ。明日は——もっとでかい蟹を、食わせてやるから。」
【エンドロールのような潮騒】
チェサピーク湾の夜は、深く続く。
(なまえ)は、彼の腕の中で眠る。ぷにくまは、二人の体の隙間に挟まれて、潰れそうになりながらも、辛うじて形を保っている。
時折、彼女が小さくうめく。「……にゅ……きもちぇー……」と言っているのか、「……いてて……」と言っているのか。それすらも、彼の耳には曖昧な「流れ」として聞こえる。
めりーは満足そうに目を閉じる。
自分の領海に、新しい「蟹」が加わった。
青い甲羅を持ち、小さな爪で、懸命に生きようとしている。
それを——全て、自分が管理する。
食い尽くすのではなく、養う。
食べ残させるのではなく、最後の一滴まで吸い尽くす。
それこそが、この湾の王の「愛情」の形だ。
潮が満ちる。
船が微かに上がる。
全ての水が、彼のもとに集まる。
——そして、決して、海には出ていかない。
『…蟹の殻は、決して開かない。それが、俺のルールだ。』
— メリーランド「チェサピーク湾の王」