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⧉▣ FILE_029: エンドロール ▣⧉
ワイミーズハウスのリビング。
時刻は、22時を少し回った頃。
床に転がるクッション。散らばったコントローラー。
大きなテレビの前には、何人もの子供たちが思い思いの姿勢で座り込み、ゲーム機を囲んでいた。
数時間にわたり続けていた協力プレイの末、ようやくラスボスを倒し──今、画面には長い冒険の終わりを告げるエンドロールが、オーケストラ楽曲に合わせて流れている。
「──あー、やっと終わった……」
「最後のボス強すぎだろ」
皆がゲームの感想を語り合う中、一人、マットが、画面を見つめたまま言った。
「俺、このエンディングの曲、好きなんだよね〜」
Aは、少しだけ驚いたように瞬きをしてから、口元を緩めた。
「……ほんと? “ありがとう”」
一瞬の間。
「ははは」
マットが吹き出した。
「ありがとうって、なんでA兄ちゃんが言うんだよ。作ったの、ゲーム会社でしょ?」
子供たちも、くすくすと笑う。
Aは肩をすくめると、何でもないことのように言った。
「あ、いや……僕が、このゲームのBGM作ったから」
──沈黙。
「……は?」
「……え?」
誰かが間抜けな声を出した。
「……ええええええ!?」
声が重なった瞬間、Aはきょとりと瞬きをした。
「あれ? ……知らなかった?」
子供たちの反応を見回して、首を傾げる。
「知らないよ!」
「そうなの!?」
キラキラな目で、グイッと距離を縮める。
「そ、そうだよ。だからこのソフト、ワイミーズハウスにあるんじゃないか」
何でもないことのように続ける。
「制作会社から、サンプルで貰ったやつだよ。完成前の」
「サ、サンプル……?」
マットの声が裏返った。
「もらったって……個人で!?」
「うん。関係者用のやつ」
Aは軽く頷く。
「正式版よりちょっとだけ音、違うはずだよ」
子供たちは、慌てて画面を見る。
さっきまで流れていたBGMが、急に“別物”に聞こえてくる。
「じゃあこれ……プレミア品じゃん」
マットが、半ば冗談のように言った。
「まあね」
Aは肩をすくめる。
「中古市場に出したら、たぶん怒られる」
「まじかよ……」
誰かがごくりと息を呑んだ。
Aは、もう一度だけ画面を指さした。
エンドロールの中ほど。
音楽スタッフの欄に、小さく表示されている名前。
《ANIMA》
「僕だよ」
と、さりげなく言う。
一瞬。
子供たちの視線が、完全に画面に釘付けになった。
「……わっ!」
「ほんとだ……!」
「マジじゃん……!?」
ざわり、と小さな声が重なる。
その間に、Aは何事もなかったようにコントローラーを手放した。
近くにいた子供の手に、ぽん、と軽く渡す。
「続き、やってていいよ」
そう言ってから、床にごろんと横になる。
両手を頭の後ろで組み、天井を見上げた。テレビの光が、ゆっくりと瞬く。
エンドロールはまだ流れている。
「……ねえ」
誰かが小さく聞いた。
「A兄ちゃん、他にも作ってるの?」
Aは、目を閉じたまま小さく息を吐いた。
「……まあ」
それだけ言って、片手を持ち上げる。指先で、部屋の隅にある棚を示した。
「あれ、全部作ったやつだ──」
子供たちの視線が、一斉に向かう。
棚には、無造作に並んだCDケース、DVD、古いゲームカセット。ラベルも色も年代もばらばらだ。
「……全部?」
「全部」
Aはあっさり答える。
「僕が関わったBGM。正式版も、没になったやつも、テスト用もあるよ」
一拍遅れて、空気が弾けた。
「すげぇ!!」
「まじかよ!!」
「ちょっと、これ見ていい!?」
子供たちは一斉に棚へ殺到した。
ケースを引き抜き、裏返し、名前を探す。
そして、見つけては、騒ぐ。
「これもANIMAだ!」
「こっちも!」
「このゲームやったことある!」
もはやエンドロールなど、誰の目にも入っていなかった。
Aはその様子を横目に、テレビへ視線を戻す。
まだ流れているエンドロール。ゆっくりとスクロールする──
名前。
名前。
名前。
(あっ……この人……元気にしてるのかな)
ふと、そんなことを思う。
もう何年も連絡を取っていない名前。一度きり現場で会っただけの人。途中で業界を離れたと聞いた人。
音楽が、過去を引きずってくる──嫌な思い出も、良い思い出も。
そのとき──
「ねえ、聞いた?」
ひそひそとした声が、背後から聞こえた。
「フランスのワイミーズハウス……」
「子供たち、避難するらしいよ」
「なんか、向こうもヤバいって……」
女子たちの小さな声。
でも、その言葉が、妙にはっきりと耳に届いた。
Aの視線が、わずかに止まる。
エンドロールの文字が、流れ去っていく中、Aはゆっくりと起き上がり、ひそひそ声の主である女の子たちの方へ歩み寄った。
膝を折り、視線の高さを合わせる。
「……ねぇね、フランスの避難って?」
声を落として、穏やかに問いかける。
「その話、僕も知りたい。教えてよ」
女の子たちは一瞬顔を見合わせ、それからぽつり、ぽつりと話し始めた。
「フランスでも……免疫暴走で、亡くなる人が増えてるんだって」
「それで……ノルマンディーにあるワイミーズハウスの子供たち──」
「全員、“アメリカ”に避難するらしいの」
Aの表情が、わずかに引き締まる。
(アメリカに避難……?)
「向こうの大人たちが決めたって……」
「急なんだって」
言葉の端々に、不安が滲む。
「……私たちも、避難するのかな?」
Aは少し考え、そして笑った。
安心させるための、いつもの柔らかい笑顔。
「大丈夫だよ」
そう言って、そっと頭に手を置く。
「もし避難することになっても、僕がいる。ちゃんと一緒に行くし、守るから」
女の子たちの肩から、ふっと力が抜けた。
「……ほんと?」
「うん。……約束」
遠くで、まだゲームの音楽が流れている。
その穏やかな旋律とは裏腹に、世界は確実に、きな臭さを増していた。