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数日後、シェルドハーフェン十六番街にある小さな家屋。
『オータムリゾート』の手による急速な発展を見せているその町で、スネーク・アイことジェームズは手下達を率いて最後の依頼であるシャーリィ暗殺を謀っていた。
厨房に潜り込ませたものを含めて数人の手下を黄昏に潜伏させて情報を集めていた。
「それで、首尾は?」
「へい。ターゲットは基本的に領主の館って呼ばれてる屋敷から出ません。出たとしても町を散策するだけで、護衛も多い。とても手を出せねぇ」
「その屋敷なんだが、執務室や居住区は三階にあるらしい。だが、三階へ向かう階段には六人ずつの衛兵が目を光らせてやがる。それに、二階は見晴らしの良い吹き抜け構造だ。とても潜り込めねぇ」
「そうか。厨房の奴は?」
「ここ何日か食事を出してるらしい。だが、効き目が薄かったんじゃないか?仕留められなかったとか言ってたぜ」
手下の報告にジェームズは眉を潜める。
「仕留められなかった?バラバラの花を仕込んだはずだが」
「平然としてるらしい。粗悪品を掴まされたのかもしれねぇな」
まさかシャーリィが毒を一切受け付けないスキル持ちであることなど、予想にもしていなかった。
「ちっ、あの野郎。仕方ねぇ、別のルートで新しく仕入れるから、それまでは怪しまれねぇようにするように伝えてくれ」
「へい」
「旦那、本当にやるのか?いや、金は貰ったけどよ。難易度が高過ぎねぇか?」
「依頼を受けた以上果たさねぇと今後に触る。いざとなったら俺も出る。何とか仕留めねぇとな。お前らも気を抜くなよ」
ジェームズはスネーク・アイの異名に違わぬ執念深さでシャーリィを付け狙う。
一方黄昏ではちょっとした騒動が起きていた。普段着でもある村娘スタイルのエーリカが町を走り、領主の館へと駆け込む。
「エーリカです!お嬢様に急報があります!通しなさい!」
「はっ!」
三階への階段を警備する衛兵達が道を開けて、エーリカは階段を駆け上がる。
三階は警備兵が何人も巡回しており、更に狙撃を警戒して窓の数も最小限に留められ、代わりに電球が配置されて屋内を明るく照らしていた。
「お嬢様!シャーリィお嬢様!」
シャーリィの私室の前へ辿り着いたエーリカは、息を整えて扉を叩く。
「入りなさい、エーリカ」
中からシャーリィの声が聞こえ、扉を開いて中へと入る。
「失礼します!シャーリィお嬢様、お話が……わっ!?失礼しました!」
室内へ飛び込んだエーリカが見たのは、全裸のシャーリィでありエーリカは慌てて後ろを向く。
「どうしたのですか?」
「どうして裸なんですか!?」
エーリカは羞恥心から顔を赤くしながら叫んだ。それに対してシャーリィは淡々と返す。
「ああ、たまにはそんな気分にもなります。最近は色々ありましたからね」
エーリカが部屋を見渡すと、ルイスが居た痕跡を見つける。それで察した彼女は深々と息を吐く。
「はぁ……では、身を清めて支度を」
「何かありましたか?」
「はい、カイザーバンクからの使者が来ています」
「カイザーバンクから?」
シャーリィは首をかしげた。暁とカイザーバンクには直接的な関わりはない。
血塗られた戦旗を影ながら支援した可能性があると言う情報もあったが確証は得られていない。
最近台頭し始めた暁に興味を示したとリースリットから知らされていたが、それだけである。
まして、血塗られた戦旗との抗争が終結したこの段階での来訪にシャーリィも疑問を抱いた。
「理由は分かりませんが、シャーリィお嬢様との面会を希望しています。相手が相手ですから、無視するわけにもいきません」
「そうですね、会いましょう。エーリカ、礼服の用意を。ルミのケープも羽織ります。流石にいつもの服装では礼を欠いてしまいますからね」
「畏まりました」
最近シャーリィは楽であると言う理由から村娘スタイルで過ごすことが多い。礼服だと動きが阻害されるし、黄昏を散策する際住民達に要らぬ緊張を与えると考えたためである。なにより真夏の気候で礼服は暑すぎる。
なにより、シャーリィと同年代の村娘も多数居るのだ。その中に溶け込むことも容易い。
シャーリィは何度か護衛を引き連れて礼服で散策し、スパイ達に見せ付けた後は村娘スタイルでお忍びのまま散策を継続。
礼服姿を警戒しているスパイ達は村娘シャーリィに気付くことはなかった。
三階にある浴場で手早く身を清めたシャーリィは、エーリカに手伝って貰いながら白を基調とした礼服に着替え、ルミの形見であるケープマントを羽織る。エーリカもそれに合わせて赤を基調とした騎士服に着替えた。
身支度を済ませたシャーリィはそのままエーリカを伴い一階の応接室へ向かう。
領主の館内部はレイミの好意で随所に大きな氷が設置されて真夏でも快適、いや少し肌寒い室温を保っている。
真夏とは思えない快適な屋内にある応接室。質素ながら品の良い調度品で彩られた室内では、既に一人の男性が椅子に座り待っていた。
「お待たせしました。暁代表のシャーリィです。カイザーバンクからの使者だと伺いましたが」
入室して声をかけたシャーリィに対して、黒いビジネススーツを身に纏った茶色い短髪で壮年の男性が一礼する。
「初めまして、シャーリィ代表。カイザーバンク営業部長シルストと申します。以後お見知り置きを」
「急なご来訪に驚いています。本日はどの様なご用件で?」
真っ白なクロスが映えるテーブルを挟んだ向かいの椅子に座り、シャーリィが問い掛ける。エーリカはシャーリィの後ろに待機した。
「先ずは、先のスタンピードに於いて自らの身体を張って魔物達からシェルドハーフェンを守ってくださったことに感謝を」
意外な言葉にシャーリィは目をぱちくりさせた。
「驚きました。まさか感謝されるとは」
むしろ弱まった彼らを狙うように動くのが普通である。
「我々は礼儀を尽くします。そこらの木っ端と同じにされては困りますな」
「大勢力の矜持と言ったところでしょうか。礼節を弁えている組織があるとは」
「裏社会でも仁義は必要なのです。なにより我々は金融業、信用を第一にせねばなりませんからな」
「道理です。感謝の必要はありませんが、ご好意は有り難く受け取らせていただきます」
「そうしていただけると助かります。今後もあなた方の活躍には注目させていただきますよ」
「これは、失敗できませんね。緊張してきました」
シャーリィの言葉で互いに笑みを浮かべる。
和やかな雰囲気となり、頃合いと見てシャーリィは本題に切り込む。
「それで、ご用向きは何でしょう?」
「単刀直入に申し上げる。十五番街に展開している兵を速やかに撤収させて頂きたい」
「……はい?」
突然の申し出にシャーリィは珍しく唖然とした表情を浮かべるのであった。