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シャーリィ=アーキハクトです。カイザーバンクからの使者と会談をしています。
最初は和やかでしたが、彼が発した言葉を正しく理解することに時間を要しました。
「今、なんと?」
「ではもう一度。我々は暁が十五番街から速やかなる撤収を行うことを求めます」
やっぱり聞き間違いじゃない。確かにそこまで固執していませんが、いきなり部外者に言われれば頭にも来ます。
「理由を伺っても?」
私が問い掛けると、シルストさんは、足を組んで口を開きました。
「我々は血塗られた戦旗に対して多額の資金援助を行っていました。投じた分は回収しなければなりません。こちらが契約書になります」
シルストさんが差し出した書類を受け取って目を通しました。確かに多額の投資を受けていますね。やはりカイザーバンクもバックに居ましたか。
問題はこの条件、組織が壊滅した場合は債権回収のため支配地域を差し押さえると書いていますね。
「これが血塗られた戦旗と交わした契約書ですか」
「その通りです。我々は契約に従い、血塗られた戦旗の支配地域を回収しなければなりません」
「それで私達に手を引けと?」
「ご納得頂けませんか?」
「はい」
当たり前です。私個人としては十五番街に関心はありません。ただ、少なくない血を流して手に入れた新たな領地です。既にセレスティンを中心に暫定的ではありますが、統治案も作成されています。
それを横から掠め取られるような真似をされては、面白くありません。不愉快です。
「困りましたね、此方としても契約を履行しなければなりません」
「あなた方の事情に配慮する必要があるのですか?この契約も私達にとっては無関係です」
「そうですか……しかし我々にも事情があります。本意ではありませんが、実力行使も視野に入れねばなりませんか?」
脅迫ですか。
……個人的には拒否したいのですが、今の私達にカイザーバンクと戦う余力などありません。相手は『会合』に属するシェルドハーフェントップクラスの大勢力。今の私達では太刀打ち出来ない。
まあ、あちらもそれを見越しているのでしょうが。
「実力行使とは随分と乱暴ですね」
「ここはシェルドハーフェン、問題は無いでしょう。どうされますか?」
「手を引くことも吝かではありません」
「お嬢様!?」
エーリカが声を挙げましたが、手を挙げて制しました。
「ですが、ただで寄越せとは言いませんよね?カイザーバンクの名が廃りますよ?」
「ほう、我々相手に交渉を?」
「いけませんか?」
「良いでしょう、総裁からも交渉には応じるように言われておりますので」
よし、感触は良い。後は私達が払った犠牲に見合う対価を得られれば良い。
金銭?必要ありません。まして相手は金融業を生業にしている。お金のやり取りは怖い。それなら……うん、ちょうど良い。
「では条件を一つだけ提示させてください」
「伺いましょう」
「東方の商人を紹介してくれませんか?」
「東方の商人ですか」
東の海には独自の文化を築いた文明があります。時折流れてくる東方の産物は珍しいものが多くて高値で取引をされています。
排他的な場所だとは聞いていますが、商人は別のようです。
「可能でしょうか?」
縄張りを手放す対価が商人の紹介です。確かに東方の商人は珍しい存在ですが、カイザーバンクなら紹介するのは容易いでしょう。
「紹介することは可能です。しかし、それだけで宜しいのですか?何かと御入り用だと察しますが」
「お金の心配は無用です。取引に応じてくれるなら、直ぐに兵を引きましょう」
対価としては破格のはず。それに、公式の場での取引です。偽者を掴まされる心配もない。万が一偽者だったら、その事を公表して糾弾してあげます。
「ふむ」
シルストさんは考える素振りを見せました。
「出来ませんか?」
「いえ、対価として資金の提供を提示されると考えていたので少しばかりお時間を頂きたい」
「もちろん構いませんよ」
まあ、驚きますよね。東方の品は確かに高値で売れますが、東方の商人は強かで御し易い相手ではありません。
私達のような新参者は相手にされないと見ているのかもしれません。
「では、数日以内に回答を行います。それまでに撤収の準備を。ああ、引き上げるのは人員だけですよ。持ち込んだ物資などは全て十五番街の資源として扱いますので」
「そんな無体な!?」
エーリカが悲鳴を上げました。うん、交渉の場にエーリカは似合わないかもしれません。
「それはまた、傲慢な物言いですね」
「我々からすれば区別することは至難の技です。自分達の物資だと主張して貴重な資源を持ち去らないと誰が保証できるのですか?」
「だからと言って全ての物資など……」
「既に監査員達を派遣しております。暁は配下の統率が行き届いておりますね。特に現地では問題は発生していません」
既に現地に人員を派遣していたとは、手際が良い。現地の部隊は監視されていると言うことですか。
不愉快極まりないですが、仕方ありません。
「装備に関しては譲れません」
「装備もですよ?確証がないでしょう」
「ありますよ、うちの装備についてはね」
ドルマンさん達にお願いして装備しているあらゆる兵器には、特殊な刻印が施されています。
管理をし易くするためでもありますし、盗難防止の意味もあります。
例えば、今まさに行われている火事場泥棒のような、ね。
「確証があると」
苦々しい顔をしていますね。やはり暁の装備を手に入れるのも目的でしたか。
「仕方ありません。そこまで自信があるなら装備の持ち帰りを許可しましょう」
「おや、信じていただけるのですね」
「確認作業で時間を取られては困りますからね。しかし、装備だけです。他は置いていって貰いますよ」
つまり、私達が運び込んだ資材は根こそぎ奪われるか。
なにより配給用として大量の食糧、農園の農作物を運び込んでいます。全て売り払うとするなら、とんでもない金額になります。
少なくない損失ですが、今はカイザーバンクと揉めるわけにはいきません。
「では、紹介状を準備して頂けたら速やかに撤収します」
「契約成立ですな。数日だけお待ちを。そちらも不穏な動きを為さらないように」
「なにもしませんよ、何もね」
配給を止めるように伝えましょう。カイザーバンクへ引き渡されるから勝手は出来ないと住民に周知させてね。
血塗られた戦旗の重税で苦しんでいた彼らは、私達の配給で命を繋いでいた。それを取り止めた原因が新しい支配者となればどんな感情を抱くか。今から楽しみですね。