テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「時間早いけど、いい席座りたいから早よ行く?」
イルカのネックレスを指先でコロコロと弄びながら、空が言った。
「空が一番楽しみにしてるやん」
思わずツッコむと、「来る予定なかったくせに」と元がすかさず容赦ない追撃を飛ばす。
「神様の思し召しじゃ!」
空の乱暴な「神様返し」に、ついに元が吹き出した。もう笑いすぎて声も出てへんやん。意外とええコンビなんかもしれんな、この2人。
「……なんか、くうちゃんと元の方がネックレスお揃いで、カップルみたいやな」
イルカショーの会場へと向かう道すがら、ぼそりとはんちゃんが呟いた。
え、意外なところで一触即発か? 空気が凍るかと思った、その時だった。
「じゃあ、今だけ俺のお気に入り、貸してあげるわ」
元が自分のネックレスを外すと、はんちゃんの頭から猫耳をひょいと奪い取った。
待って、イルカさんをはんちゃんに着けたってことは――。
「ん、これでカチューシャ繋がりで、もとちゃんとお揃いやろ?」
俺に向かって、これでもかってくらい満開の笑顔で見せつけてくる。
か、可愛い……なんやこれ! 皆さーん!! 豆柴が猫耳を着けてますよー!! 今、この水族館に大人気キャラが爆誕しましたよー!!
思わず目を見開いたまま、足が止まってしまう。
「可愛い」って素直に言えばいいだけなのに。はんちゃんにならすぐに口にできるその言葉が、今はどうしても喉に引っかかって出てこない。
「……うん、お揃いやな」
おっもんな!! 俺、おもんなすぎる!!
ただのオウム返しで、一緒におっても世界一つまらん男やん!!
「……可愛さでは、もとちゃんに負けたな?」
スベったと思ったのか、元が早々にカチューシャを頭から外してしまった。
もったいない! 素直に「一緒に写真撮る?」とかノリノリで思い出に残しておけば良かった……!
「……なんか、もとちゃん疲れてんな?」
三人の後ろをトボトボと歩いていると、空が歩幅を合わせてくれた。
空には……いや、まだ自分でも確かじゃないから、言わん方がええやろ。
「……二人が仲直りできたから、気が抜けて。疲れてるわけじゃないで?」
無理に作った笑顔は、ちゃんと笑えてたやろうか。
ほんまは全然違うんやけどな。ごめん、今は
嘘つかせてな。
「でも、頭の上だけはハッピーで笑える」
悪い声で笑いながら、空がスマホをこちらに向けてくる。レンズの向こうでニヤついているのが手に取るようにわかった。
こいつ、今動画撮ってんな? 俺のこの痴態を記録に収めて、一体どうする気やねん。
「あー! 俺にもその動画、後で送って、くうちゃん!」
少し前を歩いていたはんちゃんが、弾んだ声で振り返る。
ちょっと待て。これ、チャンスちゃうか!?
ここで一気に、自分の中の淀んだ空気を入れ替えるチャンスや。
「もう、恥ずいから。元もそれ着けてよ」
「えー? 俺、さっきおもくそスベったのに、また?」
文句を言いながらも着けようとする元の手から、はんちゃんがひょいとカチューシャを奪い取った。
水槽の青い光が反射する中、まるで王冠を載せるみたいに、ゆっくりと、丁寧に元の髪を整えながら猫耳をセッティングしていく。
ナイスや、はんちゃん! さっきの雑な着け方より、さらに十割増しで可愛くなってるやん!!
「ほら、元も動画映って」
元の袖口を引いて、強引にこっち側へと引き寄せる。
同時に、はんちゃんが高そうなスマホを構えて、カシャカシャと連写し始めた。
ほんま……! はんちゃんも空も、ありがとうな!
俺の人生、最高の思い出ができたわ。ほんま二人とも大好きや!!
「……見て、はんちゃん。この撮り初めから、最後のもとちゃんまでの表情の変わり様」
「ふふっ、めっちゃ楽しそう」
「これがお魚ハッピーパワーや!」
動画を見ながらふざけて言うたら、はんちゃんが目を見開いた。
「え、これで疲れぶっ飛ぶなら、俺も着けよかな」
「じゃあ、空さんは猫耳で」
やっぱりはんちゃん、さっきまでのは空元気やったんやな。お疲れ。お魚ハッピーパワーで元気になってな。
二人は楽しそうにカチューシャを着け合って、互いに写真を撮り合っている。
薄暗い通路で、胸元のお揃いのイルカがピカピカと明滅している。
ほんま、他人やったら見てられへん光景やな。
「ほら、はんちゃんも空さんもこっち向いて! 写真撮るよ?」
カメラマンと化した元が、ニヤニヤしながら二人の写真を撮っている。
「……見て、もとちゃん。モデルがいいと、写真ってこんなに綺麗に撮れるもんなんやな?」
俺に満面の笑みで写真を見せてくる。あーこれは、絶対かわいいはんちゃんだけを狙って撮ってるパターンやな。
「……え、すご。写真撮るのプロやん」
そこには俺の期待を裏切って、モデルみたいに「くさいポーズ」を決めながら、頭と胸にピカピカ光るものを着けた、綺麗なアホカップルが映っていた。
「……ほんま? 嬉しい」
あかん。至近距離でドキューンをさせるのはやめて欲しい。
もう、その笑顔以外、考えられんくなるから。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!