<世界最強は18歳の美少女>
2024-05-24
長い廊下。歩く人は皆変わり映えしない顔ぶれ。
数メートル歩き、「神覚者 オフィス」と書かれた掛け看板が掛けられている部屋の前で、私はキュッと足を止める。
ドアを勢いよく開け、私は元気一杯の声で言う。
「おっはよーございまーす!今日も天才美少女のライラが来たよー!!」
この挨拶が奇抜だとよく言われるが、実際そうなのかは自分ではよく分からない。
自分で良いと思ったからこの挨拶にしたのであって、決して奇抜を目指していた訳じゃない。
「お、ライラか。今日も男前ナイスガイ!」
どっちかっていうと、というかどう考えてもこの金髪ナルシ(失礼)の挨拶の方が奇抜だと思う。
「ふふん!ライオおはよ!」
「おはようございます、ライラさん。」
今挨拶した彼女が先程私が通ったドアを閉め、禍々しい色合いの禁書を机の上に置く。
「あ、おはようソフィナ!」
「…朝から元気ですね、相変わらず。」
ソフィナ、と呼ばれた黒髪の女性は呆れたような、楽観するような目で私を見た。
「でも元気じゃなかったら違和感あるでしょ?」
「…まぁ。」
「やっぱり私には元気キャラが似合ってるんだよなー!流石私!」
「元気なのはいい事ですが、羽目を外しすぎないように、ライラ。」
「おわ、っ…オーター!おはよ!」
突然後ろから現れた彼に、私は思わずよろける。
「おはようございます。 …じゃないです、ライラ。貴女、また手枷と足枷壊したでしょう。」
「あ〜…いや〜、なんの事かさっぱり〜…」
私は目を逸らし、あからさまな誤魔化しをする。
「…窓無くしましょうか?」
「ハイスミマセンデシタ。」
流石に窓を無くされるのは嫌だった。
「…はぁ、…別に、絶対出さないと言っている訳じゃないんですよ。なのに毎回壊されて修復魔法使うこっちの身にもなって下さい。」
「…まーまー、朝からそんな怒んないでよー!」
「原因はあなたなんですけどね…」
呆れたようにため息をつくオーター。この光景も何度見た事か(他人事)。
「いやいやいや、世界最強を地下に閉じ込めておく方が問題だと思うけどね??普通こういうの子って最前線に出しておかない??」
「そのことについては何回も説明したはずだぞ、ライラ。」
またもや後ろから現れる男。薄水色の髪に褐色の肌。右頬に十字架の線、左頬にはギザギザの傷。
いつもより少し早くきた彼は、いつも通りくぁっと欠伸をする。
まぁ早く来たと言っても、夜勤明けなのだからいつもの彼だ。何もおかしくは無い。
「…レナトスおはよう。…でも納得行かない!」
「はよ。…お前は現世界最強だ。仮にでも不意を突かれて死なせでもしたら終わるんだよ。」
「でも私は油断なんて…」
「お前だって、あのことまさか忘れた訳じゃねぇだろ?」
「…それは。」
その反論に、私は黙ってしまった。
正論だし、本当にその通りだからだ。
「…分かってください、ライラさん。」
ソフィナさんが私の頭を撫で、諭すように言う。
「……まぁ、そこまで言うなら…」
その温かさに私は折れた。撫でてくれる時のソフィナさんの手と目は、いつも暖かい。
「……あの、ライラ、…いつもの。」
いつの間にか来ていたツララが目の前にいて、私の方へ両手をさし伸ばす。
「ん、分かった。」
私は椅子に座り、ツララはその膝の上に座る。
「まるで親子だねぇ。」
朝からゲテモ…蜂蜜がけ刺身を食べているカルドがこちらを見ていた。見ているだけで彼の好物は甘ったるすぎて吐きそうだ。
「ぶっ飛ばすよカルド。」
私は拳を作り鳩尾に近づける。
「…ライラが言うと冗談に聞こえないな。」
「冗談じゃないしね。」
「え」
食べるのを辞め、カルドは硬直した。その横でオーターが彼のことを冷めた目で見ていたということを、私は見逃さなかった。
「私まだ18の美少女なんだけど、そんなに老けて見える?」
「いや、どっちかって言うとツラ」
ヒュン、と音がした次の瞬間には、カルドが居る後ろの壁に氷の槍が何本か刺さっていた。
「…次は当てる。」
こちらからは見えないが、多分トーン的に真顔で言っている。ツララが怒ると怖いんだよなぁ…
「ごめんって。…あ、ライラ」
本当に思っているのかすら怪しい顔で謝るカルドの口から私の名前が出てきた。
「んー?」
ツララにバックハグしていた私は顔を上げる。
「…これ。」
「…?…あぁ、分かった。今すぐ支度するよ。」
彼から手渡された紙は、場所と集合時間だけしか書いていないシンプル調の手紙だった。
その短い文言を覚えた瞬間、その紙はさらっと崩れるように、瞬く間に手のひらから消えた。
「よろしくね。」
カルドは手をひらひらと振ると、また蜂蜜がけ刺身を食べるのに集中した。
「…ごめん、ツララ。私ちょっとあっち行かなくちゃ。」
「…わかった。」
ツララはすとん、と私の膝から降りた。
< イーストン校 廊下 >
設立当時と比べかなり古くなった校舎、騒めく廊下、まばらに人が広がる教室、混み合う出入口。それは、まさに地獄絵図のようなものだった。
汚れが目立たない紺色のローブや白色に紫のギザギザが入った、監督生の髪色をイメージさせるローブを着る人が大半な中、迷彩服に使われているような深緑のローブを着る人もちらほら見える。
全員どこか一点を見ている…といっても、全員私を見ていることはひと目で分かった。
「おー!今日も人が沢山!私が死にそうだね!」
そんな場所で私、ライラ・ウィンドは立っていた。混みあっているはずなのに私の前後左右半径50センチは周りに誰もいないから助かっているは助かっているが、とにかく視線がすごい。死にそう。あとせめて10mくらい離れてからヒソヒソ話してほしい。こちとら聴力めちゃくちゃいいせいで2mそこらじゃ聞こえてるんですよぉ…。
なんだその目!!!羨望とか嫉妬とか色々入り交じってるように見えるんですけど!!!!
「笑顔で死にかけるな。」
そんな所に、黄色と黒のツートンカラーという目立つ髪色をしている学生が来た。白髪にエメラルドグリーンのメッシュが入った私が言うのも結構おかしな話だけど。
白色のシャツ、赤色のネクタイ。黒色のローブとズボン。制服という質素な服なのに、スタイルがいいせいで煌びやかに見えてくる。
「あ、レイン!」
レイン、と呼ばれた彼は挨拶をするでも世間話をするでもなく、こう言った。
「先輩」
それが同級生(一応)に対する態度か。
まぁいつもこんなやり取りばかりしているから、流石に慣れたが。
「えぇ、私一応年齢的には上なんだけどなぁ…まぁいっか。センパイセンパーイ」
数百年は軽く生きている私に、こんな態度でいられるのも、この学校ではこの人ぐらい。気を使う必要が無い、という点では楽だ。そもそも明かす人が居ないからこの人ぐらいなのだけれども。
「適当だが…まぁいい。」
「で?今日はなんで呼び出したのかな?」
「…マッシュ・バーンテッドを知っているか?」
私の質問にレインは答えた。
「あー、あれでしょ。あのー、編入試験で迷路破壊して女の子助けたっていう!」
「いやぁ、超のつく変人だね!!」
「お前が言うな。」
人差し指をピンと立て笑うと、彼は真顔で突っ込んだ。…否定はしないけど。
「…じゃあ、リ…いや、彼奴はまだいいか」
「?」
何かを言いかけたように聞こえたが、まぁ関係ないならいい。面倒事は少ないほどいいから。
「兎に角、今日は其奴についての話だ。」
「お、面白そうじゃん!?」
「まぁ、お前好みの話ではある。」
「やった!さっすがセンパイ!」
「調子乗るな。さっさと行くぞ。」
「あいあいさー」
「失礼します」
「失礼しまーす」
「おぉ、レインとライラよ。よく来た。」
見慣れた部屋。
と言っても、結構落ち着かない空間だった。
ひし形を象った白黒のタイル、馬鹿みたいに高い天井、見下ろされているように感じる椅子。
どこを取っても嫌な空間だが、それ以上に違和感を感じた。
「?ウォールバーグさん??あれ、今日はマッシュ君について話すんじゃ…」
そう。肝心のマッシュ・バーンテッド君が居ないのだ。その子について話すのではなかったのか?
「あぁ、勿論話す。この爺とな。 」
こちらを向き、いつもより少し厳しめの表情で話す。その顔を見て、私は漸く意図がわかった。
「……あぁ、そういうことか。成程、やっと話が見えてきた。最初からそう言えばいいのにー」
「あんな人混みで言ったら騒ぎになるだろ。…特に、マッシュ・バーンテッドについてなんて。」
予想外の言葉だった。いや、私の予想の30パーセントくらいはあってたけど。私は思わず動揺してしまう。
「…え?…魔法、不全者?マッシュ君が?何言ってるのレイン、マッシュ君はちゃんと試験を…」
そこで言葉を止め、数週間前の事を思い出す。
綺麗な黒のマッシュルームヘアに整えられた髪が揺れ、気づけば全ての試験を突破していた。圧で文字を整列させ、迷路を破壊し金髪の女の子を横に添えて、それがどれだけ例外的かなんて分からないとでも言いたげな表情で。
「お前だって見てたなら分かってるだろう。…彼奴は、試験中1度だって魔法を使っていなかった。文字の整列も、岩を浮かせる試験も全て。」
もう一度思い出した。確かに試験中、受験生全員に魔力検知を掛けたが彼から魔力を感じたことは無かった。水の上を走っていたときも、岩を浮かせていた時も。あのレモンという少女を助けた時も、呪文を唱えていたようには見えなかった。なんなら杖すら構えていなかったように思える。
まぁ魔法無効化の壁を破壊してる時点で魔法使ってないことなんて一目瞭然だけどね。
文字の整列だって杖折って圧で整列させてたし。
「いやいやいや、確かにそうだけど…でも、だからって魔法不全者って決め付けるのは、いくらなんでも早計すぎるんじゃ…」
「ライラよ。」
私が反論していると、上から声が聞こえた。
「…ウォールバーグさん」
この学校の校長であるこの人が、どんな意見を言うのか。私は分からなかった。
「…」
「儂からはどうとも言えん。ただ、これが真実じゃとしたら…魔法局、ひいては今の世間にバレたら…かなりの数の批判が殺到するじゃろう。」
「…名門イーストンが、魔法不全者を入学させた…いいゴシップって訳か。」
「そうじゃ。でも、まだ確定した訳では無い。」
「だから…」
ウォールバーグさんは少し溜め言った。
「ライラ・ウィンド。其方には、一週間後からアドラ寮1年生への潜入調査を命ずる。」
真剣な表情で言っているのが、離れているここからでも、手に取るように分かった。
少し考え、少し呼吸し、少し手を握った。
「………分かった。いいよ。」
30秒ぐらいの沈黙の後、私はそう言う。
「いいのか、ライラ。」
横からレインの心配と不安が混じった、覚悟を試すような視線が刺さる。
…いつもは上から目線な癖に、レインはこういう時だけ心配する。それだけで嬉しいと感じてしまう私も大概だけれども。
「うん。元々マッシュ君に興味あったし。1年の授業レベルなら、私は簡単にこなせる。レインだって、それは知ってるでしょ?」
「…あぁ。痛いほどにな。」
彼は過去を思い出すように上を見上げた。
…多分君にとっては、納得する理由はこれだけじゃないと思うけど。
「よし。じゃあ私は今度から1年。神覚者ってことは隠しておいた方がいいよね?」
「うむ。下手に明かして警戒されても困る。」
「おっけー。話はこれで終わり? 」
「今日は終わりじゃ。儂の方で手続きはしておくから、明日からよろしく頼んだぞ、ライラ。」
「ふふん。私に任せといて!じゃ、またね、ウォールバーグさん。」
手を振り、ドアへと手をかける。
「…また。」
レインもぺこりと少し礼をし、私の方へ歩く。
私が廊下へと足を踏み出すとき、校長の口が僅かに開いた。
「楽しみにしておるぞ、」
「ライラ・ウィンド。」
_その呟きに、私は聞こえない振りをした。
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