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<失くした記憶は甦らない>
2024/05/31
私は所謂、記憶喪失というものだった。
きっかけは覚えていない。が、知人と名乗る人から聞けば戦闘時に負った傷による物だという。
今でも髪をかきあげれば鮮明に見える、その傷。
左後頭部、左耳の少し後ろ。一直線の傷。
自ら見たいとは思わないが、かと言って人に見せてと言われて見せるものでも無い。
「痛かったか」とか「どうしたの」なんて他人に問われても、記憶が無いのだからその傷を負った時のことなんて覚えているはずがない。
思い出そうとすると、頭と心がズキリと痛むような気がしたから。
主治医には時間経過で治る、1年もすれば完治だと言われたが、その宣告から既に数年は経っている。つまりは宛にならないということ。
「思い出したいけどなぁ、…」
私はそう小さく、自分にしか聞こえないボリュームで呟いた。
まぁ、記憶喪失になる程の怪我を負った時の記憶なんて思い出さなくていいとも思うけど。
「今、いいですか。」
そんな時、先程レインと別れ、私だけしか居ない廊下に声が響いた。
「ソフィナさん?いいよ。」
その音色は仕事仲間のソフィナさんだった。
「ありがとうございます。」
「どうしたの?仕事のこと?」
私は先程まで読んでいた古文書を廊下脇の机に置き、彼女の方へと目線を合わせる。
「いえ、…実は……」
「?、」
いつものハッキリとした物言いとは代わり、どもりながら喋るソフィナさん。私は頭の上に2つの疑問符を浮かべた。
「ライラさんの”記憶”に関する情報が、つい先程一つだけ見つかりました。」
決意したように口を開く彼女の口から出てきたのは、思いもしない言葉だった。
「え!?」
「その文章をそのまま読み上げます。」
「{風を操る者。風神ウェンティを味方につけ神に愛された彼女は記憶を捨て甦らない。}」
「ん…??」
違和感を感じた…いや、違和感しかない。
ん?????ソフィナさんって巫山戯るような人だったっけ…?少なくとも私の記憶では神覚者の中でも、結構真面な方だったと思うんだけど。
「…これが、100年程前に書かれた予言書の文章を抜粋したものです。」
続けて言われたその文章に、私は動揺を隠せない。無理もないだろう。
「ちょっと待って。100年前って結構最近だし、神に愛されたって何!?私別に最古の十三杖に選ばれてないよ!?」
神を味方につけて愛されたなら、愛されたならさぁ!!せめて!!最古の十三杖に選んで欲しかったなぁ…!!!別にいいけどさぁ!!!
「100年前が結構最近とは…不老の人が言うことはやっぱり分かりませんね。」
それ不老不死の人に言うことじゃない?
「というか!なんでこれが私の記憶に関する文章なの?何処にも接点ない気がするんだけど。」
「……文章、ちゃんと聞いてましたか?」
呆れたようにため息をつく優しい彼女は、もう一度読んでくれるらしく分厚い本を開いた。
「まず『風を操る者』。これは言わずもがなライラさん、あなたの固有魔法です。」
「…んまぁ…それは、分かるけど…」
「次、『彼女は記憶を捨て甦らない』なん」
「ちょい待って!!なんで急にそこ行くのさ!1番気になるとこすっ飛ばさないで!?!」
あまりの飛ばし具合に、私は思わず突っ込んでしまう。まるでどこかの解説役みたいだが、こればっかりは仕方ない。
「…と言っても。説明不要でしょう。」
本のページに目線を落とすソフィナさん。 口には出さないが、面倒臭いとでも言いたい雰囲気がかなり漂っている。
「いやいやいやいや!多分そこめーーっちゃ重要だと思うよ!?!」
『風神ウェンティを味方につけ神に愛された彼女』。彼女はきっと、私のことだろう。
風神ウェンティは私のサモンズを発動したら出てくる女神だし、味方だ。そこまでは分かる。
だが、その神に愛されたというのが理解できない。本当に愛されたというのならもっと目に見える効果がある筈だろう。
それこそ、オルカ寮のカルパッチョ君とか。
彼は傷を即時に治す、という女神の加護がある。
対して私は特にない。神に失礼かもしれないが、本当に何も無いのだ。圧倒するような怪力もない、見るだけで怖気付くアザの数でもない。これで加護があるのだとしたら教えてもらいたいくらいのレベル。本当に。
「えぇ…?でも、ライラさん貴女……」
ソフィナさんはそこまで喋って、口を止めた。
_その先に続く言葉を私は██、████。
「いえ、何でもありません。一応この禁書は渡しておきますが、絶対に壊したりしないようにお願いします。」
そう言って彼女は白色で塗り尽くされた表紙の本を渡してくれた。
見た目ほど重くはなく、100年前だと言うのに燃えた跡や傷は一切ない。
「…随分と綺麗だね。」
「保存魔法をかけてありますから」
そう言われ、そういえばソフィナさんは禁書管理を担当していたな、と思いだす。
「…ありがと!じゃあこれは私が預かるね。」
「はい。では、また。」
手を控えめに振り、私は彼女と別れた。