その夜、3人は街を歩いた。
いつもと同じ夜道。
だが、張り詰めた空気が肌を刺す。
ふと、暗がりの向こうから人影が現れる。
月明かりに照らされたその姿は、紛れもなく藤澤涼架だった。
「……僕が、二人……?」
本物の藤澤は絶句し、もう一人の“自分”を見つめる。
髪の揺れ、衣の端、吐息に混じる温度までもが酷似している。
“藤澤”は静かに微笑んだ。
「流行り病を治す薬を作ったのは、この僕だ。」
その声は優しさを帯びながらも、背筋が凍るほど冷ややかだった。
「お前は偽者の薬師だ。」
ざわめく声があがる。
周囲には、いつの間にか街の人々が集まっていたのだ。
「え……二人……?」
「どっちが本物なんだ……?」
その群衆の中から、一人の女性が前に出る。
昨夜、若井が目撃した女性だった。
瞳は虚ろに潤み、陶酔したように藤澤を見つめている。
「この先生のおかげで……病が治ったの。体が軽くて、気持ちよくて……。本当に……いい先生なの。」
「だから、貴方こそ偽物よ。出て行って!」
次々と声が重なる。
「俺たちを救ってくれたのは、こっちの先生だ!」
「街から出ていけ!偽物の守護神め!」
若井の胸が痛んだ。
人々の言葉が、まるで刃のように突き刺さる。
その言葉に、藤澤は膝が崩れそうになった。
「ち、違う……僕は……僕はずっと、みんなのために……薬を……!」
声は震え、涙が頬を伝う。
だが人々の怒号がその言葉をかき消した。
「偽者!」
「嘘つき!」
ついには幼い子供までもが叫ぶ。
「涼ちゃんなんか嫌い!出てけ!」
その瞬間、藤澤の心は軋むように痛んだ。
(僕は……偽物じゃない……!でも、みんなが……!)
必死に言葉を探そうとしても、喉が詰まり、声が出ない。
大森が一歩前に出て、声を荒げた。
「藤澤は偽物なんかじゃない!」
大森が声を張り上げる。
「お前らは……どっちの味方なんだよ?」
群衆の誰かが叫んだ。
その問いかけは重く、残酷だった。
若井は迷わず答える。
「もちろん……こっちの藤澤だ。」
若井が力強く抱き寄せると、藤澤はその胸にすがり、嗚咽をこぼした。
「ごめん……僕が……いたから……こんなことに……」
「違う。お前のせいじゃない。」
若井は必死に言葉を返すが、藤澤の涙は止まらない。
胸の奥からあふれ出る罪悪感と恐怖が、彼を締め付けていた。
大森も声を張り上げた。
「涼ちゃんはずっと人を救ってきた!俺も、若井も……街を守りたい気持ちは本当なんだ!」
しかし群衆の反応は冷たかった。
「裏切り者!」
「偽者を庇うなんて!」
石が投げつけられる。
小さな石ころが大森の肩をかすめ、次には若井の腕に当たり、赤い跡が残った。
「やめろ!」と叫ぶ声もあった。
3人を信じる者も確かにいた。
だが、彼らは圧倒的多数の中でかき消され、白い目を浴びせられるだけだった。
藤澤の視界が歪んだ。
胸の奥から圧迫されるような苦しさが込み上げ、呼吸が乱れていく。
「僕の……せいだ……僕が……」
肩を掴んで震える手。
過呼吸に陥った彼を、大森と若井が両側から支える。
「涼ちゃん、落ち着け!」
「深呼吸だ、大丈夫だから!」
けれど人々はさらに詰め寄る。
「出ていけ……出ていけ……!」
コールは波のように広がり、夜の街を震わせた。
大森は震える声で叫んだ。
「待ってくれ!俺たちは……!」
けれど、人々の耳には届かない。
かつて自分たちを守護神と崇めた人々が、今は憎悪に満ちた視線を向けている。
――こんなにも簡単に、信頼は壊れるのか。
大森は拳を握りしめ、唇を噛んだ。
若井は藤澤の肩を抱き寄せ、必死に歩を進める。
藤澤は小さく「ごめん……」と呟きながら、震える手を胸に当てた。
こうして3人は、街を追われた。
傷ついた身体を抱え、夜の闇に紛れて歩く。
街の灯りが遠ざかっていく中、大森が震える声で言った。
「……俺は……2人と一緒にいる。」
若井も頷く。
「街に捨てられたって関係ねぇ。俺はお前らを守る。」
藤澤は涙に濡れた瞳で、かすかに笑った。
「……ありがとう……俺たちは……まだ一緒だよね……」
――崇められた神が、一夜にして異端となる。
その残酷さを噛みしめながら、3人は街の門を出て行った。
コメント
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まさかの展開!? りょうちゃんが2人いてしまいには本物の涼ちゃんが.... かなぴいそれでも裏切らない大森くんとひろぱはすごいわ
ひどい…!酷すぎる…! 人間て、本当に単純な生き物なんだよな…って事を改めて痛感させられちゃいました…。 頭の片隅では、まあ、3人をやんのやんの言ってた人達が後で痛い目見ても自業自得ってやつなんだけどね…って事も考えてました。 いつも更新ありがとうございます! これからも頑張ってください!