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四月十八日……午前八時十五分……。
この日、ビッグボード国内でモンスター化した人たちがまちや人を襲う事件が起こった。
今から始まるのは、その事件のほんの一部である。
「お前らさ……人が温泉に浸《つ》かってる時に襲撃するか? 普通」
黒い鎧を全身に纏《まと》った彼の名前は『月影《つきかげ》 悠人《ゆうと》』。月影式忍法の使い手である。
モンスター化した人たちは、彼を取り囲むと一斉に襲いかかった。
彼は、彼らと戦いたくなかったため、早々に終わらせることにした。
「うーんと……それじゃあ、お前にしよう」
彼はモンスター化した人たちの中から一人を選ぶと、そいつの腕をガシッと掴《つか》んだ。
彼はそいつを武器の代わりにすると、頭上でブンブンと振り回し始めた。
「ほらほら! 道を開けろー! じゃないと、こいつでぶっ飛ばすぞー!」
しかし、モンスター化した人たちは、それでも彼に襲いかかった。
「はぁ……仕方ねえな。それじゃあ、久しぶりに使うか」
彼はブンブンと振り回していたモンスター化した人をモンスター化した人たちがたくさんいる方に投げた。
その後、久しぶりに月影式忍法を使うことにした。
「月影式忍法……壱《いち》の型一番『切断眼』!!」
彼はそう言うと、トコトコと歩き始めた。
彼らは彼の後を追おうとしたが、指一本動かせなかった。
「はぁ……これだから、戦いは嫌いなんだよ。いつも一瞬で終わっちまうから……」
彼らは彼がそう言った瞬間、バラバラになった。
まるで何か鋭利なもので切られたかのように……。
彼が使った『切断眼』は彼を見ている対象にのみ、発動するものである。
彼の眼から放たれる斬撃のイメージはドミノ倒しのように敵に伝わり、そのイメージ通りに敵を殺す。
よって、彼と戦うには、まず、目を閉じた状態で戦えるようにならなければ、勝ち目はないのである。
「はぁ……もっと骨のあるやつは居ねえのかな……」
彼がそんなことを言いながら、まちの中を歩いていると体長三十メートルの巨人が彼から数十メートル離れた場所に出現した。
「おっ、結構、手応えがありそうなやつが出てきたな。これは久しぶりに楽しめそうだ……」
彼がそこへ向かおうとした直後、二本の黒い槍が飛んできて、そいつの両目を潰してしまった。
巨人は仰向けで倒れたが、なぜか周りの建物はあまり壊れなかった……。
「おいおい、嘘だろ? 何なんだよ、今の攻撃は。せっかく楽しめそうだったのによ!」
彼は黒い槍を放った者に対して、そんなことを言ったが……。
済んだことをいつまでも考えていては前に進めないと思ったため、彼はその場から離れた。
「……それにしても、このまちでいったい何が起きてるんだ? まちのやつらは急に逃げ出すし、モンスター化したやつらが現れるし……。まったく、いい迷惑だぜ」
彼がそんなことを言いながら、歩いていると……。
「ゲコゲコ……ゲコゲコ……」
体長二メートルのアマガエルが、彼の前に現れた。
「ん? どうしてこんなところに『カエル』がいるんだ? まあ、いいか……」
その直後、そいつは彼に向かって舌を高速で出した。
「おっと! 危ねえな……。いきなり何すんだよ!」
「ゲコゲコ……ゲコゲコ……」
「なるほど。お前の目の前に立ったやつは、みんな捕食対象ってことか……。よおし、それじゃあ、どっちが強いか勝負しようぜ!」
「ゲコゲコ……ゲコゲコ……」
その直後、巨大アマガエルは壁から壁に飛び移り始めた。
「どうやら、その気になってくれたみたいだな……。よし! それじゃあ、行くぞ!」
彼はそう言うと、巨大アマガエルの後を追い始めた。
「おい! どこまで行く気なんだよ!!」
「ゲコゲコ……ゲコゲコ……」
「……おいおい、無視か? まあ、いいけどよ」
「ゲコゲコ……ゲコゲコ……」
その直後、巨大アマガエルはスピードを上げた。
「あっ! こら! 待て! 逃がさねえぞ!!」
彼はそう言うと、巨大アマガエルを見失わないように、スピードを上げた。
「ゲコー!!」
巨大アマガエルは噴水を見つけると、そこにある水を飲もうと飛び降りた。
「あらよっと……。おいおい、呑気《のんき》に水なんか飲んでる場合じゃねえと思うぞ?」
彼は噴水の水を飲んでいる巨大アマガエルにそう言ったが、そいつはひたすら噴水の水を飲んでいた。
「はぁ……分かったよ。お前の用事が済むまで待っててやるよ」
それから三十分後……。
「おい、流石に長くねえか? なあ? 聞いてるのか?」
「ゲコゲコ……ゲコゲコ……」
「おっ、ようやく終わったか。まったく……あんまり俺を待たせるんじゃねえよ」
彼がそう言うと、巨大アマガエルは急にスリムになった。
そして、二足歩行になった。
「なっ……! お前、まさか……水を飲むと進化するのか?」
「……ああ、その通りだ。よく分かったな」
「お、おいおい、急に喋れるようになるなんて、お前の体はいったいどうなってんだ?」
「それは俺にも分からない。しかし、これだけは言える。この体なら、お前を倒すことができると……」
「ほう、言うじゃねえか……。なら、試してみるか? お前と俺……どっちがより強いのかを……」
「ああ、いいぞ。ちょうど肩慣らしをしようと思っていたところだ」
「ついさっきまでゲコゲコ鳴いてたやつとは思えないセリフだな。よし、それじゃあ、場所を変えようぜ。ここは狭《せま》すぎる」
「……いや、その必要はない。なぜなら、この場所なら、お前に勝てるからだ!」
スリムになった巨大アマガエルは、そう言うと壁から壁へ高速で飛び移り始めた。
「素晴らしい! この体なら、お前に勝つことができそうだよ! はーはっはっはっはっはっは!!」
彼は俯いていた。別に勝てそうにないからではない。過去に、このような展開に遭遇《そうぐう》したことが何度もあったため、正直、飽きてしまったのである。
「……はぁ……やっぱりこうなるのか……。でも、向こうもやる気みたいだしな……。どうしようかな」
「何をしている! そっちから来ないなら、こっちから行くぞ!」
スリムになった巨大アマガエルは壁が半壊するほど壁を思い切り蹴ると、彼の顔面に蹴りを入れようとした。しかし……。
「……あー、つまらねえな……」
彼はそう言うと、スリムになった巨大アマガエルの足を片手で掴《つか》んだ。
「そ、そんな! この俺の蹴りを片手で受け止めただと!?」
「あのな……こういう時は、場所を変えてから戦うのが基本なんだよ。分かるか?」
「う、うるさい! それはお前が勝手にそう思っているだけだ!!」
「それはそうかもしれないが、俺は自分が望む展開にならないと、どうもやる気が出ないっていうか……なんというか……」
「……ふんっ!」
スリムになった巨大アマガエルはもう片方の足で彼の首を蹴ろうとしたが、彼はそれをもう片方の手で受け止めた。
「く、くそっ!!」
「人の話を最後まで聞けよ。それくらいできるだろ?」
彼はスリムになった巨大アマガエルの両足を握力で握りつぶした。
「うわああああああああああああああああああ!!」
今まで感じたことのない痛みが、スリムになった巨大アマガエルを襲った。
彼は泣きながら黒い鎧を全身に纏《まと》った忍者に攻撃した。
しかし、何度殴っても、彼はピクリとも動かなかった。
「はぁ……どうして足を折られたくらいで、こんなに弱くなっちまうんだろうな……」
「そ、そんなの当たり前だろ! 痛覚を遮断できる存在なら、まだしも……痛みに動じない生命体など、この世にいるわけが……」
「痛みってのはな……。簡単に言うと、合図なんだよ。体からのメッセージって言った方がいいかな。まあ、それがあるおかげで俺たちは、その箇所を治すべき場所だと理解できるわけだ……」
「い、いったい何が言いたいんだ? お前は!」
「まあ、要するに……。俺には、それがないってことだよ。分かりやすく言うと、どんな痛みにも反応しないくらいの痛みに耐え続けた結果……痛みを感じない体になったってことだ……」
「そ、そんな……そんなこと……ありえない!」
「どうして決めつけるんだ? 体が鉄でできている貝、生と死を繰り返すクラゲ、宇宙空間でも生きられる最強生命体。俺のいた世界には、そういう生き物がうじゃうじゃいるんだぜ? 俺みたいなやつがいたって、おかしくないだろう?」
こ、こいつはいったい何者なんだ?
明らかに頭がおかしい……。
そもそも、この俺の両足を握力で握りつぶせるやつがどうしてこんなところにいるんだ?
「おい、聞いてるのか? おーい」
「だ、黙れ! とにかくその手を離せ! 自己修復できないだろ!!」
「え? お前って、自己修復できるのか? それなら、そうと言ってくれよー。ほらよっ……」
彼はスリムになった巨大アマガエルを解放した。
「た、助かった……」
「おい、早く治せよ。もたもたしてると、解剖するぞ?」
「わ、分かった! 今、治すから少し待ってくれ!」
「少しって、どれくらいだ?」
「そうだな……。まあ、約五分だな」
「そうか……。なら、準備体操でもするか」
彼はそう言うと、屈伸《くっしん》をやり始めた。
ふん……バカなやつだ……。
本当は三十秒もあれば、修復できるんだよ……。
さてと、そろそろ反撃開始だな……!
スリムになった巨大アマガエルは、彼をロックオンすると、舌を勢いよく発射した。
「あっ、そういえば、一つ言い忘れてたことがある」
その直後、スリムになった巨大アマガエルの舌が彼の頭に接触した。
その時、スリムになった巨大アマガエルは目が飛び出るほど驚いた。
「俺が着ているこの鎧は、熱エネルギーを常に吸収してるから慣れてないやつが触ると、やけどするぞーって、もう遅いか。ほら、早くそこの噴水で冷やしてこいよ」
彼は自分の頭にくっついているカエルの舌を剥《は》がしながら、そう言った。
その直後、スリムになった巨大アマガエルは泣きながら、噴水までダッシュした。
「……この展開も見たことあるな……。はぁ……つまらねえな……」
彼はスリムになった巨大アマガエルが舌を冷やしている間、少し残念そうにしていた……。