テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夜凪 くら # おねむ
916
夏海
56
#翠桃
るこら。
192
コメント
1件
もうヤバい…!!!😭💕 第1話からこんなにドロドロで愛おしいなんて聞いてないよ…!!翠の「桃ゞは俺のだから」とか、桃の不安でいっぱいになりながら何度も好きって聞いちゃうところ、心臓ギュッてなった…✨ お互いに依存しまくってて「息できない」ってタイトルまんまなのがもう…たまらん…!!二人の重くて真っ直ぐな愛が刺さりすぎて泣いたよ…😢💖続きも読む覚悟できてるからね!!
茈桃
長め
地雷さん🔙or自衛
キャラ崩壊大
ご本人様関係ありません
. ₊ ⊹ . ₊ ⟡ ˖ . ₊ . ݁₊ . ݁ ⟡ ݁⊹ . ₊ ݁.. ₊ ⊹ . ₊ ⟡ ˖ . ₊ . ݁₊
君がいないと、息もできない。
登場人物
緑絵 翠
穏やかで優しい性格だが、桃への独占欲は異常なほど強い。桃を「桃ゞ」と呼ぶ。桃のすべてを知りたがり、自分以外の人間が桃の特別になることを許せない。
桜司 桃
翠を心の底から愛している重度のメンヘラ。愛情を何度伝えられても不安が消えず、何度も翠の気持ちを確かめてしまう。翠を独り占めしたいし、翠の世界で自分だけが特別でありたい。
# 01 好きって、何回言えば足りる?
午前一時四十七分。
部屋の電気は消えている。
ベッドの上で、桃はスマホの画面を見つめていた。
最後に翠からメッセージが届いたのは、三十分前。
『お風呂入ってくるね』
たったそれだけ。
普段なら、何でもない言葉だった。
お風呂に入るのだから、スマホを見られなくて当然。
分かっている。
そんなこと、桃にだって分かっている。
それなのに。
桃「……遅い」
ぽつりと呟いた声は、静かな部屋に溶けて消えた。
桃「……翠」
名前を呼んでも、返事はない。
当たり前だ。
ここに翠はいないのだから。
桃はスマホを握り直した。
『まだ?』
送信。
すぐに後悔した。
重いと思われたかもしれない。
面倒くさいと思われたかもしれない。
こんなことで不安になる恋人なんて、普通なら嫌になるに決まっている。
桃「……やだ」
目の奥が熱くなった。
桃「嫌いにならないでよ……」
まだ何も起きていない。
翠に嫌いだと言われたわけでもない。
別れようと言われたわけでもない。
それなのに、桃の頭の中では、翠が自分から離れていく未来ばかりが浮かんでいた。
数分後。
スマホが震えた。
翠『ごめん、上がったよ。どうしたの?』
桃はすぐに返信した。
桃『何でもない』
翠『本当に?』
桃『うん』
翠『そっか』
たったそれだけのやり取り。
なのに、最後の『そっか』が妙に冷たく見えた。
桃「……あ」
嫌われた。
そう思った。
桃『翠』
桃『俺のこと好き?』
送信してから、桃は唇を噛んだ。
また聞いてしまった。
今日だけで、何回目だろう。
翠『大好きだよ、桃ゞ』
桃「…………っ」
涙が落ちた。
嬉しかった。
でも、それ以上に怖かった。
今は好きでも、明日は?
明日も好きでも、来月は?
一年後は?
いつか翠が自分のことを面倒だと思う日が来たら?
桃『ほんと?』
翠『ほんと』
桃『ずっと?』
翠『ずっと』
桃『絶対?』
翠『絶対』
桃は画面を見つめた。
これだけ言ってもらったのに、胸の奥にある不安は消えてくれなかった。
桃『……俺、重い?』
少しだけ間が空いた。
その数秒すら怖かった。
翠『どうして?』
桃『何回も好きって聞くから』
翠『うん』
桃『面倒くさくない?』
翠『面倒くさいって思ったことないよ』
桃『……ほんとに?』
翠『桃ゞ』
翠『俺が何回でも答えるって言ってるんだから、何回でも聞いていいよ』
桃は声を殺して泣いた。
優しい。
翠は、いつだって優しい。
だからこそ怖い。
こんな自分を受け入れてくれる人が、いつかいなくなったら。
そのとき、自分はどうやって生きていけばいいのだろう。
スマホが再び震えた。
翠『明日、会おうか』
桃『……会いたい』
翠『うん。俺も会いたいよ』
桃はその文字を何度も読み返した。
そして、やっと目を閉じた。
明日、翠に会える。
それだけで、少しだけ息ができる気がした。
けれど桃は、まだ知らなかった。
翠もまた、桃からの返信を待ちながら、同じようにスマホを握りしめていたことを。
翠は桃の『会いたい』という言葉を見て、静かに笑った。
翠「……かわいいな、桃ゞ」
その声は、誰もいない部屋に落ちた。
翠「俺がいないと、駄目なんだね」
嬉しかった。
桃に必要とされることが。
桃が自分を求めてくれることが。
そして何より。
桃が自分以外では満たされないことが。
翠「……俺もだけどね」
画面を撫でるように指でなぞり、翠は小さく呟いた。
翠「桃ゞは、俺のだから」
# 02 君の知らない時間
翌日の午後。
桃は翠の家にいた。
二人で映画を見ていたはずなのに、桃は内容をほとんど覚えていなかった。
翠の隣に座っている。
肩が触れている。
手だって繋いでいる。
それなのに、桃はずっと不安だった。
桃「……翠」
翠「ん?」
桃「俺のこと、見て」
翠は映画から視線を外した。
翠「見てるよ?」
桃「今じゃなくて……ずっと」
翠「ふふ、何それ」
桃「……笑わないで」
翠「ごめん。かわいくて」
桃「……そういうの、ずるい」
翠「何が?」
桃「そうやって優しくするところ」
翠は首を傾げた。
桃「俺、翠が優しいから好きなのに……優しくされるたび、もっと好きになるから」
桃「もっと好きになったら、もっと怖くなるんだよ」
翠は何も言わなかった。
桃「……俺ばっかり好きになってるみたいで、怖い」
翠「桃ゞ」
桃「俺の方が好きだったらどうしようって、ずっと考えてる」
翠は桃の手を握った。
翠「俺の方が好きだよ」
桃「……嘘」
翠「嘘じゃない」
桃「そんなの、分かんないじゃん……」
翠「じゃあ、どうしたら信じてくれる?」
桃は答えられなかった。
分からない。
何をされたら安心できるのか、自分でも分からない。
好きだと言われても。
抱きしめられても。
何度キスをされても。
その瞬間は幸せなのに、少し時間が経てば、また不安になる。
桃「……ずっと、好きって言って」
翠「うん」
桃「俺が寝てるときも」
翠「うん」
桃「俺がいないときも」
翠「うん」
桃「……俺が、翠のこと嫌いって言っても?」
翠は一瞬だけ黙った。
それから、穏やかに笑った。
翠「それでも好きだよ」
桃の目が揺れた。
桃「……俺、最低なことするかもしれないよ」
翠「うん」
桃「翠を困らせるかもしれない」
翠「うん」
桃「……それでも?」
翠「それでも」
桃は翠に抱きついた。
強く。
離れないように。
桃「……好き」
翠「俺も好き」
桃「……大好き」
翠「うん」
桃「……俺だけ?」
翠「桃ゞだけ」
その言葉を聞いて、桃はようやく笑った。
翠はそんな桃の頭を撫でながら、心の中で思った。
この子は、何度でも不安になる。
何度でも愛情を求める。
何度でも、自分の気持ちを確かめようとする。
普通の人間なら、きっと疲れてしまうのだろう。
けれど翠は違った。
桃が自分を必要とするほど、胸の奥が満たされていく。
桃が自分なしではいられなくなるほど、安心してしまう。
翠「……ねえ、桃ゞ」
桃「……なに?」
翠「俺以外にも、こんなこと言うの?」
桃「……え?」
翠「寂しいとか、好きって言ってほしいとか」
桃「……言わない」
翠「どうして?」
桃「……翠にしか言えないから」
翠は笑った。
翠「そっか」
そして、桃の耳元で囁いた。
翠「……俺にも、桃ゞにしか言えないことがいっぱいあるよ」
桃はその意味を聞かなかった。
聞くのが、少し怖かったから。
# 03 俺だけを見て
数日後。
桃は、翠がほかの人と話しているところを見てしまった。
相手は同じ学校の知り合いだった。
特別な会話ではない。
ただ、課題について話しているだけ。
それなのに、桃の胸はぎゅっと締めつけられた。
翠が笑っている。
自分に向けるのと同じような、優しい笑顔で。
桃「…………」
胸の奥が冷たくなった。
あの笑顔を、ほかの誰かにも向けるの?
俺だけじゃないの?
翠にとって、俺は特別じゃないの?
そんな考えが頭の中を埋め尽くしていく。
桃はその場から逃げるように立ち去った。
その日の夜。
翠の家で、桃は黙り込んでいた。
翠「桃ゞ?」
桃「……なに」
翠「今日、何かあった?」
桃「別に」
翠「……怒ってる?」
桃「怒ってない」
翠「そっか」
翠は隣に座った。
桃は顔を背けた。
本当は、聞きたい。
あの人は誰なのか。
何を話していたのか。
どうして、あんなに楽しそうだったのか。
でも、聞いてしまったら、自分がどれほど醜い人間なのか知られてしまう気がした。
桃「……翠ってさ」
翠「うん?」
桃「誰にでも優しいよね」
翠「そうかな?」
桃「……そうだよ」
翠「桃ゞにも?」
桃「……俺には、もっと優しくしてよ」
言ってから、桃は息を止めた。
面倒くさい。
こんなことを言ったら、嫌われる。
けれど翠は、少しも怒らなかった。
翠「……うん。もっと優しくする」
桃「……え?」
翠「桃ゞがそうしてほしいなら」
桃「……ほかの人にも?」
翠「……桃ゞ?」
桃「俺にだけ優しくしてよ」
声が震えた。
桃「俺にだけ笑ってよ……」
桃「俺だけに、好きって言ってよ……」
桃「俺以外の人なんか、必要ないって言ってよ……!」
最後は、叫ぶような声になっていた。
桃は自分の言葉に怯えた。
こんなことを言うつもりじゃなかった。
ただ、安心したかっただけなのに。
翠はしばらく桃を見つめていた。
そして、桃の頬に触れた。
翠「……いいよ」
桃「……え?」
翠「桃ゞが一番大事だよ」
桃「……っ」
翠「誰よりも」
桃の目から涙が溢れた。
桃「……ほんとに?」
翠「ほんと」
桃「……俺だけ?」
翠「桃ゞだけ」
桃は翠の胸に顔を埋めた。
翠は、その背中を優しく撫でた。
そして、桃に聞こえないくらい小さな声で呟いた。
翠「……でも、桃ゞ」
翠「桃ゞも、俺だけを見ててね」
その言葉は、お願いの形をしていた。
けれど翠の中では、もう決まっていた。
桃が自分以外を選ぶ未来なんて、想像したくもなかった。
# 04 試して、ごめんね
桃は、ときどき翠を試した。
自分でも最低だと思っていた。
それでも、やめられなかった。
翠が本当に自分を好きなのか。
どこまで自分を受け入れてくれるのか。
それを確かめずにはいられなかった。
ある夜。
桃は翠にメッセージを送った。
桃『もう会わない方がいいと思う』
送信した瞬間、手が震えた。
本当は会いたい。
今すぐ会いたい。
でも、翠がどう反応するのか知りたかった。
すぐに既読がついた。
返事は来なかった。
一分。
二分。
五分。
桃「……なんで」
涙が滲んだ。
桃「……引き止めてよ」
自分から言ったくせに。
自分で突き放したくせに。
桃はスマホを握りしめた。
桃『……分かった』
桃『今までありがとう』
送信。
今度こそ、涙が止まらなくなった。
桃「……やだ」
桃「……やだ、やだ……」
自分で終わらせようとしたのに、本当に終わるかもしれないと思った瞬間、何も考えられなくなった。
そのとき、スマホが震えた。
翠『桃ゞ』
翠『今から電話していい?』
桃は何度も頷いた。
もちろん、画面越しの翠には見えない。
桃『……うん』
着信。
桃は震える指で通話ボタンを押した。
翠「……もしもし」
桃「……っ、翠……」
翠「うん」
桃「……ごめんなさい……」
翠「……何に謝ってるの?」
桃「……別れたくない……」
翠は黙って聞いていた。
桃「……本当は、ずっと一緒にいたい……」
桃「……翠が俺のこと好きなのか、分からなくなって……」
桃「……だから、試した……」
声が途切れる。
桃「……ごめん……っ」
翠「……桃ゞ」
桃「……嫌いになった?」
翠「なってないよ」
桃「……ほんと?」
翠「うん」
桃「……怒ってない?」
翠「怒ってるよ」
桃の呼吸が止まった。
桃「……っ」
翠「……桃ゞが、自分からいなくなろうとしたこと」
桃「……ごめんなさい……」
翠「……俺、桃ゞがいなくなるの、嫌なんだよ」
いつもより低い声だった。
翠「冗談でも、そんなこと言わないで」
桃「……うん……」
翠「……俺、本当に迎えに行きたくなった」
桃「……え?」
翠「会って、ちゃんと顔を見て、好きだって言いたくなった」
翠は息を吐いた。
翠「……桃ゞがいなくなったら、俺、どうしたらいいの?」
その言葉に、桃は泣いた。
自分だけじゃない。
翠も同じように怖がってくれている。
自分だけが重いわけじゃない。
桃「……俺も、嫌だよ……」
翠「うん」
桃「……翠がいないの、嫌……」
翠「……うん」
桃「……大好き……」
翠「俺も大好き」
桃は何度も謝った。
翠は何度も、もういいよと答えた。
けれど通話が終わったあと、翠はしばらくスマホを見つめていた。
翠「……桃ゞ」
翠は笑っていなかった。
翠「……俺を試すために、いなくなるなんて言わないでよ」
誰にも聞かれない部屋で、翠は静かに呟いた。
翠「……本当に、いなくなったらどうするの」
その声には、桃にも見せない恐怖が滲んでいた。
# 05 俺だって、狂ってる
それからしばらくして。
桃は、翠のスマホに届いた通知を見てしまった。
知り合いからの連絡だった。
『今度、みんなで遊びに行かない?』
ただ、それだけ。
翠はまだ返信していなかった。
それでも桃は、胸が苦しくなった。
桃「……行くの?」
翠「ん?」
桃「……これ」
翠は画面を見て、すぐに意味を理解した。
翠「まだ決めてないよ」
桃「……行きたい?」
翠「……桃ゞ」
桃「行きたいんだ」
翠「そういう話じゃないよ」
桃「……俺といるより?」
翠「違うって」
桃「……じゃあ、なんで誘われてるの?」
翠は黙った。
誘われること自体を、どう説明すればいいのだろう。
翠「……断ろうか?」
桃「…………」
桃は答えなかった。
断ってほしい。
でも、自分のせいで断らせるのは嫌だった。
嫌われたくない。
面倒くさいと思われたくない。
それなのに、自分以外の誰かと過ごす翠を想像するだけで、胸が壊れそうになる。
桃「……俺のせいで、友達いなくなるね」
翠「……どうして?」
桃「俺が、こんなだから……」
翠「桃ゞ」
桃「……俺、最低だよね」
翠は桃の手を取った。
翠「……ねえ」
桃「……なに」
翠「俺が誰かと遊びに行くより、桃ゞと一緒にいたいって思ってたら、どうする?」
桃「……え?」
翠「俺が、自分から桃ゞを選んでるんだよ」
桃は目を見開いた。
翠「……桃ゞのせいじゃない」
翠「俺が、桃ゞといたいんだよ」
桃「……っ」
翠「……誰かに誘われても、桃ゞと過ごしたいって思うくらい」
桃は、翠の手を握り返した。
桃「……俺だけ?」
翠「桃ゞだけ」
その瞬間、桃の表情が少しだけ明るくなった。
翠はそれを見て、胸の奥が満たされるのを感じた。
桃が安心している。
自分の言葉で。
自分の存在で。
桃の不安が、少しだけ和らいでいる。
翠「……かわいい」
桃「……かわいくない」
翠「かわいいよ」
桃「……俺、重いよ?」
翠「知ってる」
桃「……面倒くさいよ?」
翠「うん」
桃「……それでも好きなの?」
翠は微笑んだ。
翠「……それでも、じゃないよ」
桃「……え?」
翠「そういう桃ゞだから、好きなんだよ」
桃は言葉を失った。
翠「不安になって、泣いて、何回も好きって聞いて……」
翠は桃の頬を撫でた。
翠「……俺にしか見せない顔、いっぱいあるでしょ?」
桃「……うん」
翠「……それが、嬉しいんだよ」
桃の目から涙が落ちた。
翠「俺、桃ゞのことになると、普通じゃいられないんだ」
翠「誰かに取られたくないし、俺の知らないところで笑ってるのも嫌だし……」
翠は少しだけ苦笑した。
翠「……桃ゞが俺を必要としてくれると、安心する」
桃「…………」
翠「……俺も、桃ゞと同じくらい重いんだよ」
桃は翠を見つめた。
初めて知ったような気がした。
翠も、自分と同じように苦しんでいたこと。
翠も、自分を失うのが怖かったこと。
桃「……じゃあ」
声が震えた。
桃「……俺がいないと、駄目?」
翠はすぐには答えなかった。
そして、桃の額に自分の額をそっと寄せた。
翠「……駄目になりたくないのに、もう駄目なんだと思う」
桃「……っ」
翠「……桃ゞがいないと、何してても落ち着かない」
翠「誰と話してても、何してても、桃ゞは今何してるんだろうって考える」
翠「……俺、桃ゞのことばっかり考えてるよ」
桃は泣きながら笑った。
桃「……俺も」
翠「うん」
桃「……俺も、翠のことしか考えられない」
翠は桃を抱きしめた。
その腕に、少しだけ力がこもった。
翠「……ねえ、桃ゞ」
桃「……なに?」
翠「……ずっと、俺のそばにいてね」
桃「……うん」
翠「……誰よりも、俺を好きでいてね」
桃「……うん」
翠「……俺だけを見ててね」
桃は翠の服を握りしめた。
桃「……翠も、俺だけを見てて」
翠「……うん」
桃「……絶対だよ」
翠「絶対」
二人は、その約束を何度も繰り返した。
まるで、そうしなければ明日にも相手を失ってしまうかのように。
# 06 離れようとした日
ある日、桃は学校で友人に言われた。
「最近、翠くんとずっと一緒だね」
何気ない一言だった。
「たまには別々に遊んだりしないの?」
桃は笑って誤魔化した。
桃「……別に、いいじゃん」
「いや、いいんだけどさ。桃、前より付き合い悪くなったなって」
その言葉が、ずっと頭から離れなかった。
自分は変わってしまったのだろうか。
翠と出会う前は、こんなに誰かのことばかり考えていなかった気がする。
でも、翠と離れて過ごす時間は、何をしていても落ち着かない。
友達と話していても、笑っていても。
心のどこかで、翠のことを考えている。
桃「…………」
自分は、どうしたいのだろう。
翠と一緒にいたい。
でも、このままでいいのか分からない。
その夜、桃は翠に言った。
桃「……俺たち、少し離れた方がいいのかな」
翠の手が止まった。
翠「……どうして?」
桃「……このままだと、俺たち、おかしくなる気がする」
翠「……もう、おかしいのかもしれないね」
桃「……え?」
翠は桃を見つめた。
翠「……でも、俺は桃ゞといたいよ」
桃「……俺も」
翠「じゃあ、何が嫌なの?」
桃は答えられなかった。
何が嫌なのか。
翠といることは、幸せだ。
翠に愛されることも、嬉しい。
それなのに、自分の心が翠だけでいっぱいになっていくのが、少し怖かった。
桃「……俺、翠に依存しすぎてる」
翠「……うん」
桃「……翠がいないと、何もできない気がする」
翠「……うん」
桃「……それって、駄目なことだよね」
翠は、しばらく考えた。
そして、静かに答えた。
翠「……桃ゞが苦しいなら、少しずつ変えていけばいいと思う」
桃「……え?」
翠「俺も、自分のことをちゃんと考えるよ」
桃は翠を見つめた。
翠「……無理に離れなくてもいい。桃ゞが苦しくない方法を、一緒に探そう」
その言葉は、桃が想像していたものとは違った。
引き止められると思っていた。
泣いてくれると思っていた。
自分がいなくなったら駄目だと言ってほしかった。
それなのに翠は、桃の苦しさを受け止めようとしていた。
桃「……っ」
桃は俯いた。
桃「……やだ」
翠「……桃ゞ?」
桃「……離れたくない」
声が震える。
桃「……俺、離れたくないよ……」
翠「……うん」
桃「……でも、怖いんだよ……」
桃は泣きながら、翠の手を握った。
桃「……翠が好きすぎて、怖い……」
翠は桃を抱きしめた。
翠「……じゃあ、今はここにいていいよ」
桃「……っ」
翠「……焦らなくていいから」
桃は何度も頷いた。
本当は、少しだけ安心した。
自分が離れたいと言ったら、翠は無理やり引き止めるのではなく、自分の気持ちを聞いてくれた。
それが、嬉しかった。
けれど同時に。
桃は、翠が自分を手放せる人なのかもしれないと気づいてしまった。
もし本当に離れたいと言ったら。
翠は、自分の幸せを願って送り出してくれるのかもしれない。
その可能性が、どうしようもなく怖かった。
桃「……翠」
翠「ん?」
桃「……俺が本当にいなくなったら、どうする?」
翠は桃を見つめた。
翠「……寂しいよ」
桃「……それだけ?」
翠「……それだけじゃないよ」
桃「……じゃあ、どうするの?」
翠は、少しだけ困ったように笑った。
翠「……桃ゞがいなくても、桃ゞのことを好きでいると思う」
その答えを聞いた瞬間、桃は泣きそうになった。
優しい答えだった。
でも、桃が欲しかった答えではなかった。
桃が欲しかったのは。
自分がいなくなったら、翠も生きていけないと言ってくれること。
自分がいなければ、翠の世界も壊れてしまうと知ること。
自分だけが、こんなにも苦しいのではないと確かめること。
桃「……ずるい」
翠「……え?」
桃「……そんなこと言われたら、離れられないじゃん……」
翠は、桃の髪を撫でた。
翠「……離れたくないなら、離れなくていいんだよ」
桃は、翠の胸に顔を埋めた。
その言葉に縋るように。
その温もりに縋るように。
桃「……大好き」
翠「……俺も」
桃「……絶対、嫌いにならないで」
翠「……うん」
桃「……絶対だよ」
翠「……うん、桃ゞ」
翠は桃を抱きしめながら、目を閉じた。
桃の不安を、全部なくしてあげたい。
本当にそう思っていた。
でも、桃に必要とされなくなる未来を想像すると、胸の奥が冷たくなる。
桃が自分以外にも安心できる場所を見つけたら。
桃が自分なしでも笑えるようになったら。
それは桃にとって、きっと良いことなのだろう。
それなのに。
翠「…………」
翠は桃の背中を撫でた。
翠(……俺、そんなに優しくなれるかな)
答えは、まだ出なかった。
# 07 君がいない世界
それから数日後。
桃は、翠に連絡する回数を減らそうと決めた。
何もかもを翠に頼るのではなく、自分でも少しずつ落ち着けるようになりたかった。
最初の一時間は、なんとか耐えられた。
二時間目には、スマホを何度も確認した。
三時間目には、翠が自分を忘れてしまったのではないかと考え始めた。
桃「…………」
スマホを置く。
また手に取る。
翠からの通知はない。
桃「……忙しいだけ」
自分に言い聞かせる。
桃「……嫌いになったわけじゃない」
そう言いながら、胸の奥はずっと苦しかった。
翠に連絡したい。
声が聞きたい。
好きだと言ってほしい。
でも、また同じことを繰り返したくなかった。
桃「……俺、何してんだろ」
ぽつりと呟いた。
その頃、翠もスマホを見つめていた。
いつもなら、桃から何度も連絡が来る時間だった。
『今何してる?』
『好き?』
『会いたい』
そんなメッセージが、今日は一つもない。
最初は、桃が落ち着いて過ごせているのだと思った。
それなら、よかった。
そう思おうとした。
けれど、時間が経つにつれて、別の考えが浮かんでくる。
桃ゞは、俺がいなくても平気になったのだろうか。
俺に聞かなくても、自分の気持ちを落ち着かせられるようになったのだろうか。
それは、桃にとって良いことだ。
分かっている。
それなのに、翠は何度もスマホを確認してしまった。
翠「……桃ゞ」
名前を呼んでも、返事はない。
翠は自分から連絡しようとした。
『何してる?』
入力して、消す。
『会いたい』
入力して、消す。
『俺のこと、好き?』
そこまで打って、翠は手を止めた。
翠「…………」
自分は何をしているのだろう。
いつも桃がしていることを、今度は自分がしている。
桃の気持ちを確かめたい。
自分がまだ必要とされているのか、知りたい。
翠「……ほんと、馬鹿だな」
小さく笑った。
けれど、笑顔はすぐに消えた。
夜。
桃は、とうとう我慢できなくなった。
桃『……翠』
送信。
すぐに返信が来た。
翠『どうしたの、桃ゞ』
桃は、画面を見つめた。
その一言だけで、胸がいっぱいになった。
桃『……会いたい』
翠『俺も会いたい』
桃『……ほんと?』
翠『ほんと』
桃『……俺のこと、好き?』
翠は少しだけ笑った。
翠『大好きだよ』
桃は、スマホを胸に抱きしめた。
桃「……っ、よかった……」
涙が落ちた。
自分は、何も変わっていない。
翠に会いたい。
翠に愛されたい。
翠の一番でいたい。
そして、翠もまた、桃の連絡を見て安堵していた。
翠「……よかった」
桃ゞは、まだ自分を求めてくれている。
その事実が、どうしようもなく嬉しかった。
二人とも、相手のいない時間を過ごすことはできた。
でも、心はずっと相手のところに置き去りにされていた。
第八章 俺だけじゃなきゃ、嫌だ
その週末。
桃は翠の家に泊まっていた。
夜になり、二人でベッドに並んで座っていた。
桃は翠の肩に寄りかかりながら、ずっと考えていた。
翠は、自分がいなくても生きていけるのだろうか。
自分を好きでいてくれる。
大事にしてくれる。
でも、それだけでは足りなかった。
桃「……翠」
翠「ん?」
桃「……俺のこと、どれくらい必要?」
翠は少し考えた。
翠「……すごく必要だよ」
桃「……どれくらい?」
翠「……毎日、会いたいくらい」
桃「……それだけ?」
翠は桃を見つめた。
桃「……俺、翠の全部になりたい」
翠「…………」
桃「……翠が嬉しいときも、悲しいときも、最初に思い浮かぶのが俺だったらいいのに」
桃「……俺以外に、必要な人なんていなくなればいいのに」
言葉にするたび、自分の気持ちが露わになっていく。
桃「……俺、最低だよね」
翠「……桃ゞ」
桃「……翠が俺以外の人と笑ってるの、嫌なんだ」
桃「……俺が知らない翠がいるの、嫌なんだ」
桃「……俺がいないところで、楽しく過ごしてるのも嫌なんだ」
桃の目から涙が落ちた。
桃「……俺だけじゃなきゃ、嫌なの……」
翠は、桃の手を握った。
翠「……俺もだよ」
桃「……え?」
翠「……桃ゞが、俺以外の人に同じ顔を見せるの、嫌だよ」
桃「…………」
翠「……俺の知らないところで、誰かに甘えてるのも嫌だし」
翠「……俺が知らない桃ゞがいるのも、嫌だ」
桃は、息を呑んだ。
翠「……桃ゞが俺を一番にしてくれると、嬉しい」
翠「……俺も、桃ゞの一番でいたい」
翠は桃の頬を撫でた。
翠「……でも、桃ゞ」
桃「……なに?」
翠「俺たち、少しだけ落ち着こうね」
桃「…………え?」
翠「……お互いのことが大事だからこそ、苦しくならないように」
桃は、すぐには返事をしなかった。
自分の重さを受け止めてくれる翠が好きだった。
同じくらい重い気持ちを持っている翠が好きだった。
でも、翠が自分たちの関係を変えようとしていることが、怖かった。
桃「……変わっちゃうの?」
翠「……何が?」
桃「……俺たち」
翠「……変えたいわけじゃないよ」
桃「……でも、今までみたいじゃなくなるんでしょ?」
翠「……桃ゞ」
桃は翠の手を握りしめた。
桃「……やだ」
桃「……今までみたいに、ずっと好きって言ってよ……」
翠「……うん」
桃「……何回でも、俺だけだって言ってよ……」
翠「……うん」
桃「……俺がいないと、駄目だって言ってよ……」
翠は、少しだけ目を伏せた。
そして、桃を抱きしめた。
翠「……桃ゞが大事だよ」
桃「……っ」
翠「……俺も、桃ゞがいないと寂しい」
桃「……うん……」
翠「……だから、二人で少しずつ考えよう」
桃は翠の胸に顔を埋めた。
本当は、もっと強い言葉が欲しかった。
何があっても離れないと。
何があっても自分だけだと。
でも、今は。
翠が自分を抱きしめてくれている。
それだけで、少しだけ安心できた。
桃「……大好き」
翠「……俺も」
桃「……ずっと、一緒にいて」
翠「……うん」
その夜、二人は何度も好きだと伝え合った。
不安が完全に消えたわけではない。
独占欲がなくなったわけでもない。
ただ、今この瞬間だけは、互いの温もりを信じてみようと思えた。
最終章 君がいないと、息もできない。
それから、季節が一つ変わった。
二人は相変わらず、一緒に過ごす時間が多かった。
桃は今でも、不安になる。
翠の返信が遅ければ、何度もスマホを確認する。
少し素っ気ない返事が来れば、嫌われたのではないかと考える。
翠が誰かと楽しそうに話していれば、胸が苦しくなる。
何も変わっていない。
そう思う日もある。
けれど、少しだけ変わったこともあった。
桃は、不安になったとき、以前よりも自分の気持ちを言葉にできるようになった。
桃「……翠、今ちょっと不安」
翠「……うん。どうしたの、桃ゞ」
桃「……理由は分かんないけど、嫌われた気がした」
翠「……そっか」
桃「……好きって言ってほしい」
翠は、桃の手を握った。
翠「……大好きだよ」
桃「……ほんと?」
翠「ほんと」
桃「……ありがとう」
そう言って、桃は小さく笑った。
不安が完全になくなるわけではない。
それでも、自分の気持ちを隠さずに伝えることは、少しずつできるようになっていた。
翠もまた、桃の言葉を聞くだけではなく、自分の気持ちを伝えるようになった。
翠「……桃ゞ」
桃「……なに?」
翠「……今日、ちょっと寂しかった」
桃「……え?」
翠「……桃ゞから連絡が来なくて、ずっと気になってた」
桃は目を見開いた。
翠「……俺も、桃ゞに会いたかったよ」
桃「……っ」
その言葉が、何よりも嬉しかった。
自分だけじゃない。
翠も寂しくなる。
翠も会いたいと思ってくれる。
それを知るたびに、桃は少しずつ安心できるようになった。
けれど。
二人の重さが、なくなったわけではなかった。
翠は今でも、桃を独り占めしたいと思う。
桃が自分以外の誰かに夢中になってしまう未来を、想像したくない。
桃は今でも、翠の一番でありたいと思う。
翠の心の中に、自分以外の誰かが入り込むことが怖い。
二人とも、相手を失うことが怖い。
だからこそ、何度でも言葉を交わす。
桃「……翠」
翠「ん?」
桃「……俺のこと、好き?」
翠は笑った。
翠「……大好きだよ、桃ゞ」
桃「……どれくらい?」
翠「……世界で一番」
桃「……ほんと?」
翠「……ほんと」
桃は、少しだけ笑った。
桃「……俺も、翠が世界で一番好き」
翠「……うん」
桃「……ずっと、一緒にいようね」
翠「……うん。ずっと一緒にいよう」
桃は翠の手を握った。
翠も、握り返した。
その手を、どちらも離そうとはしなかった。
二人の愛は、軽くなんてない。
簡単に説明できるものでもない。
嫉妬もする。
不安にもなる。
何度も相手の気持ちを確かめたくなる。
それでも、二人は相手を愛していた。
ただ、その愛が重すぎて。
ときどき、自分自身の心さえ持て余してしまうだけだった。
翠「……ねえ、桃ゞ」
桃「……なに?」
翠「……俺、桃ゞのこと、本当に大好きだよ」
桃「……っ、俺も……」
翠「……これからも、ちゃんと言うね」
桃「……うん」
翠「……だから、桃ゞも、不安になったら教えてね」
桃は何度も頷いた。
桃「……うん。ちゃんと言う」
翠「……約束」
桃「……約束」
二人は、額を寄せて笑った。
その笑顔は、少しだけ不器用だった。
完璧な恋人ではない。
不安が消えたわけでもない。
それでも、二人はこれからも、何度でも言葉を交わしていくのだろう。
好きだと。
大切だと。
一緒にいたいと。
何度でも。
何度でも。
桃「……翠」
翠「ん?」
桃「……大好き」
翠「……俺も。大好きだよ、桃ゞ」
桃は目を閉じた。
翠の手を握りながら。
今度こそ、この気持ちを信じてみようと思いながら。
そして翠もまた、桃の手を握り返した。
桃ゞが大好きだ。
誰よりも。
何よりも。
その気持ちは、簡単には変わらない。
二人はまだ、不器用なままだ。
それでも。
今日も、明日も。
二人はきっと、同じ言葉を交わす。
「大好き」
その言葉を、何度でも。
――君がいないと、息もできない。
それでも、君と一緒に生きていきたい。