湊 視点
四月の後半。
昼間は少し汗ばむくらいになってきて、キャンパスの中庭もにぎやかだった。
なのに――
「……あれ?」
声をかけようとしたゼミのグループが、俺の顔を見た瞬間、露骨に目を逸らした。
(……気のせいか?)
一歩近づいた瞬間、すっと距離を取られる。
その空気の“変化”に、胸がひやりと冷たくなった。
ついこの間まで普通に話してたのに。
グループLINEでも、最近返事が遅い。
昨日からログインすらできなくなってて、再発行しようとしても「メールアドレスが登録されていません」とか出る。
(そんなわけない。俺が設定したのに……)
「……って、どうなってんだよ」
ベンチに座り込んでスマホを握る。
嫌な汗がにじむ。
なのに、背後から聞こえた声はあまりに“やさしく”て、俺は条件反射で顔を上げた。
「湊くん、どうかした?」
「……あ、一ノ瀬先輩」
悠真先輩は、紙袋を片手に持って俺の目の前にいた。
中にはパンと、アイスコーヒー。
「ごはん、食べた? これ、買いすぎたからよかったら」
「え、……ありがとうございます……」
戸惑いながらも受け取ってしまう。
そして、そのまま先輩の隣に座った。
「……なんか、最近ちょっと、人間関係がうまくいかなくて」
ぽつりと漏らすと、悠真は静かにうなずいた。
「……やっぱり、そうなんだ」
「……え?」
「噂、流れてるみたいだよ。君のこと」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「な、なんの……噂ですか?」
「誰かにLINE乗っ取られたとか、勝手に変なDM送りまくってるとか……」
俺は震えながら首を振る。
「違います。そんなことしてないです」
「俺は知ってるよ。でも……世間って、証拠もなしに騒ぐから」
悠真はそう言って、そっと俺の手を握った。
「大丈夫。俺は、湊くんの味方だから」
——その瞬間、泣きそうになった。
誰も信じられなくなっていた俺にとって、
その“優しさ”だけが、唯一の救いだった。
悠真 視点
湊の手は、思ったよりも冷たかった。
噂、SNSの乗っ取り、LINEのトラブル――
全部、俺が仕掛けたことだった。
パスワードはすでに解析済み。
通信ログも、位置情報も、写真も。
彼の“生活の輪郭”はすでに、俺の手の中にある。
「誰も味方じゃなくなった」
「でも悠真先輩だけは、優しくしてくれる」
――そう思ってくれれば、それでいい。
怖がらせる必要はない。
逃げ道を奪い、すべてを俺に委ねさせるだけ。
「もうちょっとで、“完全に君だけの世界”を作れるよ。湊」
心の中で呟きながら、俺は隣に座る彼の髪を、そっと撫でた。
「……疲れてるなら、今日はうちに来ない?」
「……え?」
「夕飯、作りすぎちゃったし。一人じゃ食べきれなくて」
そう言えば、断れない性格だって知ってる。
誘導も、支配も、もう簡単だった。
湊は小さく頷いて、俺の部屋に行くことを選んだ。
――これが、“監禁”の始まりだった。