※ 楽曲“umbrella”の制作過程をお話にしたものです。かなりシリアスです。
※メンバーの恩師をこの作品では“タケさん”としています。
※メンバーの証言に基づいて制作していますが、基本フィクションの扱いでお願いします。
雨が降っていた。
梅雨入り前の、ぐずついた灰色の空。
高校2年の大森元貴は、教室の窓辺の席で音も立てずに譜面にペンを走らせていた。
ノートの表紙には「曲の種」と、彼自身が書いた殴り書きの文字。そこには、幾つかのメロディの断片と言葉が浮かんでは消え、また現れては形を変えていた。
『不幸の雨が降り続き
傘も無い僕は 佇む毎日』
「……なんだ、この歌詞」
小さくつぶやいたのは、自分自身への言葉だった。
自分の中から滲み出てきた言葉なのに、どこか遠くにあるような感覚がある。悲しさとも、怒りとも違う。
それは、どうしようもなく自分の中にずっとあった“孤独”だった。
部活もやらず、学校でもあまり人と話さず、彼の放課後はいつも自宅の机とパソコンの前で終わる。
友達がスマホで写真を撮り合って笑い合っている放課後の教室、その横を、まるで透明人間のように通り過ぎるのが日常だった。
そんなある日。
「……お疲れさま、元貴くん」
彼を呼び止めたのは、事務所スタッフのひとり――“タケさん”と呼ばれている穏やかな男性だった。
「最近、曲書いてるって聞いたよ。聴かせてくれる?」
「……え?」
その時、元貴は驚いた顔をして立ち尽くしていた。
人から「曲を聴かせて」と言われたことが、ほとんど無かったからだ。
「べつに…大したものじゃないんで…」
「大したものかどうかは、聴いてみないとわからないよ」
タケさんは、彼がごそごそと取り出したウォークマンとイヤホンをその場で受け取り、ためらいもなく再生ボタンを押した。
流れたのは、完成していない1分ちょっとのピアノと歌だけのデモ音源。
“umbrella”の初期バージョンだった。
静かに耳を澄ませるタケさん。
音が止んでもしばらく黙っていて、ふと、彼は空を見上げた。
「これ……雨の歌なんだね」
「え、まあ……雨っていうか、その…」
「でも、濡れてるのは“自分”なんだよね。傘を探してる、じゃなくて、“誰かを守る傘になろうとしてる”」
「……っ」
言われて、元貴は言葉を失った。
そこまで汲み取ってくれる人に、初めて出会ったからだった。
「この“umbrella”、すごく良いよ。心に沁みる。元貴くんの歌は、音楽は、たしかに人の心に傘を差せるかもしれないね」
その一言が、胸に深く染み込んだ。
空が茜色に染まる夕暮れの中、元貴はその言葉を忘れないでいようと、何度も胸の中で繰り返した。
⸻
梅雨が近づき、街にはビニール傘があふれていた。
けれど元貴の傘は、まだ音楽の中でしか広がらなかった。
「色が付いたら 僕に名前をと
空が茜色に染まるあの様に
君が笑えるならば側にいよう」
彼の中で、未完成の“傘”が、そっと広がり始めていた。
タケさんの言葉が、それをゆっくりと開いてくれたのだった。
コメント
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うわぁぁぁ🥹✨ SOIRAさんの書く小説めっちゃ好きです…!🥹 フォロー失礼します! これからも頑張ってください!💗