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報道陣の人間は、まるで異端を見るような目つきで韓洋を取り囲んでいた。
蔑視され罵倒される中、韓洋は望郷の念にかられていた。
河北省からアメリカ・セントルイスに家族で渡った頃もアジア人というだけで差別された、
熊本で電気屋を開いた当初も、一部の人間から嫌がらせを受けた。
あの時の人々の目を韓洋は忘れられず、人並み以上に働いて財を築き上げた。
富は韓洋そのものを変えた。
カネに群がる人間の傲慢さに嫌気がさした。
何故、故郷を棄ててしまったのだろうと嘆いた時もあった。
結局自分は『異端』なのだと思い知らされるまでに、相当の時間がかかってしまった。
人生が崩れる。
自我が保てない。
鈴の音色が心地良い。
女の唇が愛おしい。
「死ね」
そうなのだ。まだ解決策はあった。
生きることは無意味だ。
「死」
こそが尊いのだ。
差別も無く、妬みや僻み、快楽も苦痛も無い。
愚か者のように、平伏して懺悔するくらいなら、我が身を棄て、崇高な世界へと魂を誘う覚悟は出来ていた。
そう決意すると、韓洋はバタフライナイフを取り出した。
チリン。
鈴が鳴る。
韓洋は叫んだ。
「崇高な使命だ!!誰のものでも無い!!私は誰のものでも無い!!!」
報道陣が一斉に退く。
韓洋は自分の首にナイフの刃先をあてた。
「永遠なれ!!」
頸動脈が切断される。
大量の血液が韓洋のスーツを死色に染めていく。
路上に大の字に倒れ込んだ、韓洋の眼底に血が溜まる。
絶命する寸前に韓洋は思った。
「血は…こんなにも錆臭いのか…」
死にゆく雇い主の姿を、布施は身じろぎもせずに見届けていた。
せめてもの礼節だと思いそうした。
ショートヘアーの女の姿は消えていた。