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5話
その日は、屋敷に来客があった。
葛葉と同じ高い身分の若い貴族で、視察の名目だった。
ローレンは案内役として呼ばれ、
丁寧に、落ち着いて応対していた。
「君、礼儀がきちんとしているね」
穏やかな声でそう言われ、ローレンは少し照れたように頭を下げた。
「ありがとうございます」
その様子を、葛葉は少し離れた位置から見ていた。
――普通の光景のはずだった。
ローレンが誰かと話すことも、
評価されることも、
本来なら喜ばしいことのはずだった。
なのに。
胸の奥が、はっきりと冷えた。
(……触れるな)
そんな言葉が、思考の奥に浮かんで、
葛葉は自分自身に驚いた。
相手は何もしていない。
声を荒らげてもいない。
距離も、礼儀の範囲だ。
それでも、
ローレンが向ける視線、
柔らかくなる声、
自分には見せ始めたばかりの表情を、
他人が受け取っていることが、耐えられなかった。
気づけば、葛葉は前に出ていた。
「ローレン、もういい」
自分でも、声が硬いと分かった。
ローレンは驚いたように振り返る。
「え、でも――」
「下がれ」
短い命令。
意識する前に出てしまった言葉。
その瞬間、ローレンの肩が、わずかに強張った。
ほんの一瞬。
だが、確かに――怯えの名残だった。
その表情を見た瞬間、
葛葉の中で何かが崩れた。
来客は気まずそうに場を離れ、
広間には二人だけが残る。
沈黙の中、葛葉は言葉を失っていた。
――今のは何だ。
――守った?
――違う。
ローレンは、静かに口を開いた。
「……命令、久しぶりでしたね」
責める声ではなかった。
だからこそ、深く刺さった。
葛葉は、ようやく理解する。
自分が感じていた焦りも、
苛立ちも、
距離を詰めた衝動も――
失いたくないという恐怖と、独占したいという感情だった。
「……すまない」
喉が詰まり、声が低くなる。
「あれは、必要なことじゃなかった」
ローレンは何も言わなかった。
ただ、少し距離を取った。
その一歩が、
葛葉にとっては何よりも重かった。
その夜、葛葉は一人で座り込み、
はっきりと自覚する。
――俺は、嫉妬していた。
――ローレンを、誰にも渡したくなかった。
守るためだと、言い訳していた。
正しいことだと、思い込もうとしていた。
だが本当は、
選ばれなくなることが怖かっただけだ。
「……これは、許されないな」
自分に向けた言葉だった。
愛していると口にする前に、
この感情を制御できなければ、
また同じ檻を作ってしまう。
葛葉は決める。
――距離を置こう。
――ローレンが、完全に自由だと信じられるようになるまで。
そしてローレンもまた、
あの一瞬の命令を、
心の中で反芻していた。
――怖かった。
――でも、それ以上に。
葛葉の声が震えていたことを、
ローレンは気づいてしまっていた。
ご愛読ありがとうございます♪
続きます。