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素敵書き手さんたちの記憶喪失ものを見ると、これ、やばいなって……。
私の頭がやばいんだろうなぁ、基本的にシリアス脳なんですよ。
若様視点。⚠️多少センシティブ(?)な表現があります、苦手な方はご注意ください⚠️
俺の記憶があろがなかろうが元貴の意見は絶対で、今まで基本的にそれを拒絶したことはなかった。元貴と音楽がやりたくて仕方がなかった俺にとって、元貴と音楽をやって評価されている現状は願ったり叶ったりなものである。雑誌から得た情報やマネージャーからの話でも、元貴の選択はいつだって間違っていなかったことは分かっている。
涼ちゃんと休止期間中に同居していたと聞いたときは死ぬほど驚いたけれど、休止の間に感染症が流行して留学ができなくなってという経緯を聞けば、まぁそれも“今のMrs.”のために必要なことだったのだろうと理解できなくはなかった。
だけど、頭で理解できたとしても感情がついてこない。どうしても“俺”は涼ちゃんのことが苦手で、来年の俺がどんな気持ちで同居したのか全く分からないし、交際に至るまでの大きな変化があったなんて到底思えなかった。
頭部のMRIをはじめ、精密検査や医師の問診を終えて晴れて退院となった今日、仕事があるという元貴を除いて涼ちゃんとマネージャーが来てくれた。付かず離れず、可もなく不可もない接し方に、多少の苛つきと謎の寂しさが胸に湧き起こった。
昨日両親と会ったときには、こんな感情は芽生えなかった。両親の記憶はあったから難なく会話はできたが、会話の中でもタイムラグのようなどうしようもないズレは感じたし、多少の違和感は拭えなかった。俺の記憶よりも7年分年老いた両親はやはりどこか見知った別人という感覚があった。それでも、どうせ違和感がなくなることはないのだからそこはもう諦めがついているし、違和感があっても彼と過ごすよりは親と過ごしたほうがずっとマシだった。
「……お邪魔します」
「はいどうぞ」
見知らぬマンションというだけでもだいぶストレスなのに、苦手な人間と24時間一緒にいるなんて考えられなかった。いくら元貴の決定だとしても覆したくて仕方がない。俺よりも7年分今の世界を戦い抜いた元貴は俺が思うよりずっと強くて、それが少しだけこわくて受け入れたけれど、正直なところ嫌で仕方がなかった。
部屋に入ったって、知らない人の家という感覚だ。家具や小物は確かに俺の好みが反映されているし、俺が住んでいたというのを今更疑うつもりはない。でも、一人暮らしの記憶しかない俺にとってはやはりここは知らない場所だ。
「そっちがトイレでそこがお風呂。若井の部屋はそこね」
思った以上にいい部屋に住んでいて、まぁあれだけ働いていればこのくらいのところに住めるのかと驚きつつも納得する。涼ちゃんは相変わらず一定距離を保ったまま、俺の部屋はそこだから、何かあったら声掛けて、と部屋に戻っていった。
リビングに立ち尽くしていても意味がないから自分の部屋だと言われた扉を開ける。シングルのベッドと小さなラックと机があるだけの、シンプルなインテリアはやはり自分らしくて少しだけ緊張が解けた。
ベッドに荷物を置いて、空いているスペースに寝転がる。打った頭に痛みはない。昨日今日のことならすぐに思い出せるし。だけど、片隅に靄がかかったように不鮮明な部分があった。きっとそれが俺から抜け落ちた記憶なんだと分かってはいるものの、思い出そうとしても一向に浮かび上がる気配はない。
記憶を取り戻すためにどうすればいいのか分からない。本当に前と同じ生活をすれば戻るのだろうか。為す術がないのが現実で、そこに僅かに苛つきを覚えるが、生活に支障はないしギターのコードも身体に染み付いているからさしたる問題がない。強いて言うなら知らないと感じる楽曲ばかりだけれど、それも練習でカバーできる。カバーしてみせる。
だから、目下の問題は涼ちゃんとの関係だ。自分が出演した対談番組やバラエティ番組を観れば、自分たちがいかに仲の良いグループだったかということは嫌というほど分かった。それは“今の俺”からすれば異常なできごとだけど、そもそも仲が悪かったわけではないからそこもなんとかできそうである。だが、恋人となれば話は別だ。
恋人としての扱いは望まないと言ったって、それもどこまで信じられるだろうか。元貴の言葉やマネージャーからの証言によると、俺と涼ちゃんは付き合い始めてすでに3年が経過しているらしい。フェーズ2と呼んでいる今の活動が始まった頃には恋人になっていたという。一緒に住み始めたのは1年ちょっと前で、それも俺から言い出したことだと知ったときは思わず絶句した。どうしちゃったんだよ俺、と詰め寄りたくなる。
生活にも活動にもさしたる問題はないとはいえ、記憶がないというのは自分にとっても不快であることには変わりはない。記憶が戻るまではこの苦行を強いられるんだから、早いとこ記憶を戻してしまった方がいい。とはいえ、記憶が戻ったら涼ちゃんに対して感じている気まずさや息苦しさもなくなる保証なんてどこにもないんじゃないのと思わなくもないし、記憶を戻すためだとしても、できれば仕事以外で関わりたくないのも本音だ。
ままならないことに溜息を吐く。
スマホの中身もこの部屋も、全部俺のものなのに俺のものじゃない気持ち悪さ。
涼ちゃんが俺に向ける、申し訳なさそうにしながらも期待する目。
俺にのしかかる全てのものに苛ついて仕方がない。
「うわ……マジかよ……」
気を取り直して戯れにベッドサイドに設置さているラックのひきだしを開けると、夜の営みに必要な道具が入っているのを見つけ、ここ数日で何度呟いたか分からない言葉を吐き出す。彼女と使っていた余りだと思いたくても周囲の証言がそれを許してはくれない。つまりこれは、付き合っているという涼ちゃんと使っていたに決まっているわけで、身体の関係も持っていたことの証左となり得るものだ。やはり受け入れることはできなかった。
「……?」
夜のあれこれと一緒に仕舞い込まれた白い紙。レシートかと思いきやメモ用紙をちぎったもので、俺の字で『7812』と書いてあった。走り書きだからなにかをメモったんだろう。一見するとパスコードに見えるがあれは6桁だった。頭を捻ったところでなんの情報も見えてこないその紙をしばらく眺めたが、結局なにも分からないから元に戻した。
そのままなんのやる気も起きずぼんやりとしている間に眠ってしまったらしく、控えめなノックの音で覚醒する。
立ち上がってドアを開けると、心配そうに顔を曇らせていた涼ちゃんが俺の顔を見て安心したように微笑んだ。なんの音沙汰もなかったから心配をかけたらしい。
「ご飯作ったんだけど、どうする?」
「……食べる」
要らないと口から出る前にリビングから漂ういい匂いを嗅覚が捉え、途端に脳が空腹を訴えた。そう答えた俺によかったとふわりと笑う涼ちゃんはやさしい人だと思う。いい人だと思うし、元貴が涼ちゃんがいいという意味が全く分からないわけではない。
自分の部屋を出てリビングに行くと、ひとりずつのお皿に料理が乗っていた。
「まぁたきのこ? ほんと好きだね」
「えっ!?」
無意識に口をついて出た言葉に、涼ちゃんが叫んで俺自身も驚いて固まる。
またってなんだよ、なんで知ってんだよ俺。
俺じゃない誰かを見る涼ちゃんの眼差しがしんどい。俺を見ているくせに、俺じゃない誰かを探している視線が煩わしい。
「……ごめん、やっぱいい」
「え、ちょっ」
涼ちゃんに背を向けて自分の部屋へと駆け込んだ。追いかけてくるかなと少し期待している自分に嫌気がさし、舌を打ってベッドに倒れ込んだ。ポケットをまさぐってスマホを取り出し、顔認証で開くそれは「俺であること」の証明なのに。
生活にも活動にも問題はないというのに、本当にこれは必要な措置なのだろうか。見るに耐えなくてホーム画面は開いた時点で変更した。自分のスマホだけど他人のものに触れている感覚がするけれど、これが一番の情報源であることは間違いない。
カメラロールを開き、ざっと目を通していく。昨日も一昨日も同じように見たけれど、なんの記憶もない。楽しそうに笑っている俺がそこには映し出されるのに、どこか他人事のようだった。涼ちゃんとのツーショットなんて数え切れないほどあって、涼ちゃんだけを撮ったものも隠し撮りみたいな写真も含めれば死ぬほどあった。
思い出を記録するためのカメラ機能をこんなにも恨んだのは初めてで、元貴の決定だから仕方がないが、本当に今すぐ一人になりたかった。
一時間くらい部屋でスマホを見ていたが、喉が渇いてそっと部屋の扉を開けた。リビングに人影はなく、ほっとしながら部屋を出る。
机の上に、冷蔵庫にしまってあるからよかったら食べて、と書き置きがあった。
涼ちゃんの部屋のドアを眺める。彼もそこにいるのだろうか。嫌だ嫌だと思っても、一緒に住み続けなければならないのだろうか。
それならいっそ、彼に嫌われてはどうだろうか。
正常な判断じゃないと分かっていた。だけど、頭がどうにかなりそうだった。
ふらつく足取りで涼ちゃんの部屋の扉を開けると、俺の部屋と同じようなシングルベッドとラックなどの家具と一緒に、脱いだ服なんかがそのまま置いてあってごちゃついていた。俺が選びそうにないベッドシーツやカーテンは涼ちゃんらしくて、でもその“涼ちゃんらしい”と感じているのは俺ではなくて、また苛立つ。
ベッドに腰掛けていた涼ちゃんが、目を丸くして俺を見る。
「若井、どうし」
「ねぇ」
涼ちゃんの言葉を冷たい声で遮る。様子がおかしいと感じたのか、涼ちゃんが怯えるような目を向けた。そんな彼の視線から逃げるように目を合わせないまま、ベッドに乗り上げ彼の腕を引っ張って押し倒した。
「なにす」
「やらせてよ」
涼ちゃんが息を呑む。は、と音にならない声を唇が紡ぎ、限界までタレ目がちな目を見開いて俺を見上げる。
「やったら思い出すかもしれないじゃん?」
投げやりに笑って押し倒した涼ちゃんの首筋に顔を寄せた。固まっていた涼ちゃんが我に返ってジタバタともがいて抵抗するが、押さえつけた手に体重をかけてシャツを強引に引っ張った。
「やめてっ、ねぇ、やだッ」
「……」
なんで嫌がんの? 俺とこういうことしてたんでしょ?
あぁそれともここには準備がなかったりする? ほら、暴れるからボタン取れちゃったじゃん。
ズボンのベルトに手を掛けたとき、やめろ! という叫びを耳が聞いて頬に痛みが走った。
俺の下から抜け出した涼ちゃんがボロボロと涙をこぼしながら俺を睨み付けるのを感じ、俺も静かに涼ちゃんを見返した。
「……ッ」
涼ちゃんが唇を噛み締めて俺の肩を押し、力が抜けた俺から抜け出した。
「……ごめん」
謝る必要がない涼ちゃんが涙に濡れた謝罪の言葉を口にして、こっちを振り向くことなく部屋を出て行った。開け放ったままの扉の向こうでガチャンという音が聞こえ、外に出て行ったことを悟る。
しばらくぼんやりと座り込み、涼ちゃんのベッドに寝転び目元を腕で隠した。
「……っ……」
叩かれた頬よりも頭が痛くて、それ以上に心がズキズキと痛んだ。苦しそうに顔を歪めた涼ちゃんの表情が頭から離れない。嫌われようとしてやったことなのだから、成功といえば成功だろう。
それなのに、俺の胸のうちを占めるのは後悔と罪悪感ばかりだ。
「……なんなんだよ……ッ」
確かに俺は涼ちゃんを疎んじているはずなのに、涼ちゃんのにおいにあふれた部屋にひどく安心している自分がいた。
永らへばまたこの頃やしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき(藤原清輔朝臣)
続。
思い詰めると人間って、思いもよらない行動に出ちゃうよね。
本当はあと1話で終わる予定だったんですけど無理やわこれは。
コメント
11件
若井さんの感情グルグルしてますね...結末が気になりすぎてます 藤澤さんも悲しいし大森さんも悲しいですね、記憶戻って欲しいけど戻って欲しくもない自分がいます...
へへっ…🤤(毎日同じこと言ってるので以下同文です笑)私ヤバいですね🤣このシリアス展開がほんとに刺さるんです!本能が求めてるのに認めたくないイライラ。自分を見てるようで見てないことへのイライラ。最高です!ありがとうございます✨ちなみに数字の意味、今回はまったくわかりません笑
しっかり、楽しませて頂きました〜🤭 💙の行動とは裏腹に本能が💛ちゃんを求めて、安心したりしてる所が刺さりまくりです🫶 許されるなら私が💛ちゃんを追いかけて、よしよししたいのですが、出来ないのが残念過ぎます。笑 まだまだこのお話読みたいので、数話続くと嬉しいです💕