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「こちらがリズ・ラサーニュさんだ。クレハ様の御付きとして、今日から王宮へ上がる事になった。今後も頻繁に出入りされるので、しっかり覚えておくように」
「リズ・ラサーニュです。あの……よろしくお願いします」
「彼女はクレハ様の大切な御友人でもある。くれぐれも丁重に扱えよ」
「はっ!!」
兵士さん達良い返事だな。セドリックさんに連れられ検問所へ行った私は、そこで軽く挨拶をすることになった。兵士達に食い入るように見られて居心地の悪さを感じたが、自分を覚えて貰う為には仕方がない。いくら殿下から頂いた許可証があるとはいっても、私自身を印象付けておいた方がより安心だものね。
「可愛いらしいお嬢さんですね……セドリックさんに言われるまでもなく、忘れたりなどしませんよ。私は王宮警備隊二番隊隊長のベアトリス・クレールです。どうぞお見知り置きを」
隊長と名乗ったその女性は、私に向かって優しく笑いかけた。キリッとした凛々しい顔立ちに、耳触りの良い涼やかな声……背も高いし、カッコいいひとだなぁ。女性だと分かっているのに、見つめられると何だか照れてしまう。
「クレール隊長……こんな小さな子までたらし込もうとするんじゃない」
「セドリックさん……人聞きの悪い事言わないでくれますか。私ほど誠実かつ真摯な人間はいませんよ」
「リズさん、気を付けて下さいよ。隊長は腕は立ちますが、好みの女性を見たら見境なく口説く悪癖がありますので……」
「えっ……」
「やれやれ……可愛いもの、美しいものを愛でるのが好きなだけですのに、随分な言われようだ。リズ、何か困った事があったら私を頼るといい。いつでも力になろう」
「は、はい……ありがとうございます」
「ほら、言ったそばから……」
セドリックさんは呆れたように大きな溜息をついた。
「何だか凄い人ですね……クレール隊長って」
挨拶が終わり馬車に戻った私は、先程会ったクレール隊長の印象をセドリックさんへぽそりと漏らした。
「本人も言うように、あれで身持ちが固いのも本当なんですよ。旦那さん一筋ですからね」
「えっ!!? 結婚なさってるんですか」
「ふふっ……意外でしょう?」
「あっ! いえ、その……」
しまった……失礼な反応をしてしまった。だってクレール隊長すごくカッコいいし、女性が好きみたいな事言ってたからてっきり……
「誤解させるような態度を取っている隊長が悪いんですよ。彼女の睦言は挨拶のようなものなのですが、あの見た目でしょう? 本気になる人間が後を絶たなくて……困ったものです。結婚して少しは落ち着くと思っていたんですがね」
そう言うセドリックさんだって似たような物なのではと、ちょっとだけ思ったけど口には出さない。絶対カフェのお客さんとかで、本気で好きになってる人いるだろう。『とまり木』でセドリックさんに向けられる熱の籠った御婦人方の視線を思い出した。それにしても、王宮の関係者の方々は美形が多いな……
セドリックさんは警備隊についても教えてくれた。王宮周辺と内部を警護しているのは主に3つの部隊で、先程のクレール隊長率いる二番隊と、あと2つの部隊があるのだそうだ。他の隊長もおいおい紹介してくれるらしい。
検問所を通過し、リザベット橋を馬車が進んで行く。橋の上からもう一度湖を眺めると、改めてその大きさを実感した。例の噂は気になるけれど、この綺麗な湖をボートに乗って渡ったら気持ち良いだろうなぁ。
そして橋を渡ること、およそ10分……目の前に大きな門が現れる。ここでも複数の兵士が見張りをしていた。しかし、今度は馬車は停止することなく、わずかに速度を落としながらそのまま門に向かって行く。兵士達はこちらに敬礼をすると、ゆっくりとその門戸を開いた。
「この門を抜けると、いよいよ島の内部です。王宮まではもう少し距離がありますので、このまま馬車で移動しますよ」
門をくぐると緩やかな下りの坂道になっており、馬車は慎重に下っていく。とうとう島に入ってしまった……本当に凄いことになったなぁ。ちょっと怖気付きそうになってしまうが、望んでここへ来たのだからしっかりしないと……。私は自分自身を叱咤した。
「橋を渡ったらすぐ王宮なのかと思っていたのですが、家やお店があって……まるで町みたいなんですね」
「そこそこ大きな島ですからね。町というほどではありませんが、王宮に常駐している兵士や使用人達の宿舎、客人向けの宿泊施設があります。飲食店や一通りの生活用品店なんかもあるんですよ」
主に使用人達のためのお店なのか。毎回用があるたびに、橋の検問所を通るの大変だもんね……時間もかかっちゃうし。島の中にこれだけの設備があるなら、何も不自由しないだろう。
「服屋さんに、本屋さん……あっ! 釣具店なんかもあるんですね。クレハ様が喜びそう……」
「内部にいる人間は王宮の関係者ばかりなので、リズさんも自由に歩き回って大丈夫ですよ。釣りに興味があるのでしたら釣り堀がありますので、今度またご案内しますね」
島の中が自分の想像していたものと随分違って驚いた。まるで小さな町のように家やお店が立ち並び、まばらだが人が行き交っている。私も将来王宮に勤めることができたら、ここに住むことになるのかな。そんな想像を膨らませながら、馬車の窓から見える景色を眺めた。そして……とうとうそれが姿を現したのだ。
「リズさん着きましたよ。あれがコスタビューテの王宮です」
「……凄い」
まるで輝いているかのような白い外壁に、屋根や窓枠などに使われている濃い青色のコントラストが映える。そしてその大きさ、広さにも圧倒されてしまった。壮観で優雅で……なんて綺麗なんだろう。私は初めて目にした王宮に、しばらくの間無言で釘付けになってしまう。
側へ近付くと、王宮の周りを取り囲むように造られた水路が目に入った。そこを流れる水の中には、鮮やかな色をした珍しい魚が泳いでいる。水路に沿うように植えられている花や木も、隅々まで手入れされていて本当に美しい。
「クレハ様は王宮の庭園が特にお気に入りみたいです。毎日の様にお散歩なさってるんですよ」
「……えっと、そのクレハ様はお花がお好きですから……」
王宮に見惚れてボーっとしていてたので、セドリックさんの話に対する反応が遅れてしまった。クレハ様に関する話題だったのに、私としたことが……
「今回、リズさんは立場上はクレハ様の側仕えということになっています。レオン様がおっしゃっていたように仕事はしなくてもよろしいですが、侍女長に話は通してありますので、見学等はお好きになさって下さいね」
「ありがとうございます!! セドリックさん」
「リズさんなら王宮の侍女達とも上手くやっていけると思いますよ。ただ、決して無理はしないで下さいね」
「はい!」
やった。私は心の中でガッツポーズをした。橋の許可証に続き、きっと殿下が取り計らって下さったのだろう。お会いしたら御礼を言わなければ。馬車が王宮の敷地内に入っていく……いよいよだ。
クレハ様見ていて下さい。リズは必ず、貴方様のお側で仕えるに相応しい侍女になってみせますから……