「それでは私は、この辺で失礼します。御二人とも良い夜を」
36号は2人にお辞儀をすると、コンビニの敷地を後にし、夜の闇の中へ消えていった。
「兄貴ぃ。ボクたちも帰ろうよ。明日の授業で提出する物とかあるんでしょ?」
「ああ、そうだよ。明日は古文と英語Bがあるんだった」フリーダに指摘され、根岸は独りごちると、コーヒーの缶を片付け、歩き出した。
「ん?ちょっと待て、兄貴って何?」
「この呼び方嫌?」フリーダが答える。「ネギっち。って呼んだ方がいい?」
「それ止めろ。絶対に止めろ」根岸が頭を振る。
「だよね~。ボクもメイド喫茶の店員やサーヴァントじゃないし、出会って数分の相手をご主人様とかマスターとかって呼ぶ気はないし。距離感的に兄貴がいいかなって」
「あ〜も〜、いいよ。それで」
根岸が溜息混じりに言う。
「兄貴、声に出てる。傍から見てると、独り言をブツブツ言ってる可哀想な子になってる」
ああ、もう。そう思い、根岸は口を閉じた。
「兄貴ってさぁ、ああいう綺麗で胸が大きくて優しい女の人がタイプ?」
「なっ。いきなり何を言い出すんだよ、お前!」
「イッヒッヒー。声に出ちゃってますよ、お兄さん」
……コイツめ。
根岸は口を閉じた。
「今までの人生で、女の子と関わりが無かったせいで、ちょっと優しくされるとホロリと来ちゃう感じ?」
「おいっ。出会って数分の相手を、イン・ファイトで滅多打ちにしてんじゃないか。距離感はどうした、距離感は」
「イッヒッヒ〜。図星のようですねぇ兄貴ぃ。しかも、声に出てまーす」
くそっ……コイツっ。いっその事、ポケットの上から叩いてやろうか……
「はーい。思考垂れ流しで丸聞こえですよ兄貴ぃ」
ああっ。もう。根岸は頭を抱える。
「これから一緒に暮らす相手を、あんまりからかい過ぎてもイケないよね。じゃあ、こっからは真面目な話」
フリーダが改まって言う。
「さっきまでゴロゴロ煩さかったのに、公園を出た途端に雷雲が消えて、お月様が出てきたでしょ。あれは姉御が天候を操ったから」
「お、凄い」
「イジメっ子たちが急に錯乱したり足が麻痺して動けなくなったりしたけど、あれも姉御が魔眼を使ったから」
「そうだったんだ」
「視線に魔力を乗せて睨むことで、様々な「状態異常」を起こすことができる。その気になれば、映画スキャナーズみたいに、睨むだけで相手を破裂させることもできる」
「凄ぇ。天気を操れて、睨むだけで遠距離から一方的に攻撃できて……後は時間を操れたら無敵じゃないか、あの人」
「時間操作の魔法は、現在習得中なんだってさ」フリーダが言う。
「ラスボスを通り越して裏ボスだな」
横断歩道を渡りながら根岸が唸る。
「暴力慣れしてない現代っ子なんて、姉御にしてみれば虫ケラ以下の存在だよ。死なせないように手加減する方が、かえって難しかったかも。ただねぇ……」
フリーダが言い淀む。
「兄貴が姉御に抱くイメージは救いの女神様かもしれないけど、実際は死と破壊をもたらす破滅の使徒だからね」
「具体的には?」根岸が聞く。
「姉御が今までに、何人の命を殺めてきたか判る?」
「えっと……8000人とか9000人くらい?」
根岸としては、かなり多めに言ったつもりだった。
「西ローマ帝国が崩壊した5世紀の後半頃から姉御は地上で活動してるけど、間接的なものを含めて約7000万人くらい殺ってる」
「……数字がデカ過ぎて、イマイチ実感が沸かないな」
根岸が呟く。
「新形風邪ウィルスの全世界での累計死亡者数が、今現在で約500万人。央京都の総人口が約1400万人。第二次大戦の全世界の合計死者数が約5000万人から8000万人」
「凄いな。でも、姉御が1500年以上掛けてやったことを、たった6年でやっちゃう人類も業が深いよな」
根岸が呆れたような声を出した。
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