「ダメになればいいと思った…」
改めて追及してみると、香里奈さんが憂さんを使って私を襲わせようとしたからくりは、ほとんど予想通りだった。
「あの避妊具は?俺たちの部屋のゴミ箱から拾い出したのか?」
「…悔しかったのよ!」
吉良に聞かれて…さすがに「そうだ」とは言えなかったのか、香里奈さんは下を向いたまま絞り出すように言う。
「ずっと好きだったのに、急に本気の恋人が出来たなんて言うから!…吉良のそばにいるのは、私の方がふさわしいに決まってる…」
そこまで言うと、下を向いてた香里奈さんが顔を上げ、吉良をまっすぐ見た。
「だって私のほうが先に吉良と出会ったのよ?…あの家で初めて会った時から好きだった。どんどんカッコよくなっていく吉良のことがどうしようもなく好きで、なのに大学進学で出ていっちゃって…私、本当に辛くて…」
香里奈さんは吉良の両腕をつかみ、訴えるように言いながら、そのうち泣き出してしまった。
「…私だったら、吉良の過去を全部受け入れる。どんなことに手を染めていたとしても、私は絶対、受け入れるから!」
吉良の過去。
また、そのフレーズが出てきた…。
吉良はなんて言い返すだろうと、私は無意識に耳を澄ませる。
でも…香里奈さんに腕を揺さぶられるだけで、吉良は何も言わない。
「…吉良…ねぇ…考え直してよ…あの子じゃなくて、私を見てよ…ねぇ…吉良」
香里奈さんはまるで正気を失ったように、泣きながら吉良を揺さぶり続けた。
「…香里奈、お前いい加減にしろよ。俺が本気で悪い奴だったら、お前警察に捕まってもおかしくないところだったんだぞ?」
半狂乱で泣いている香里奈さんを見て、憂さんがたまらずに言った。
すると涙で濡れた顔を憂さんに向け、香里奈さんは恐ろしいことを言う。
「あんたがちゃんと私の指示通りやってれば…この女はもうここにいなかったのに!」
ふいに指先を向けられ、私はとても悲しい気持ちになる…
思わず下を向いた私に気づいた吉良が「ふざけるな…」と言いながら、香里奈さんにつかまれていた腕を振りほどき、私の肩を抱いた。
それを見て、憂さんが言葉を続けた。
「俺はね、吉良がこんなに惚れた女の子を、同じように大切に思ってるの。だからお前に騙されたふりをした」
憂さんと私に面識があるとわかれば、香里奈さんは本当に危ない人に頼むかもしれない。
そう思った憂さんは知らぬふりをしてここに来て、頼まれたことを実行に移していると思わせたという。
「1時間くらいで帰るって言った吉良を、必死で引き留めてたんだろ?…でも悪いが、俺はモネちゃんと楽しく話をしていただけだ」
憂さんを悪者に仕立て上げる筋書きは完全に崩壊し、あてが外れた香里奈さんは開き直ったように言う。
「…じゃあもういいわっ!私がこの人を追い出してみせるから」
するとずっと黙っていた吉良が口を開き、香里奈さんを鋭く睨む。
「そんなこと、絶対に許さないぞ」
氷点下の冷たい声に、さすがの香里奈さんも顔色をなくした…。
「俺の最愛の人を認めないばかりか、危険な目に合わせようと計画するなんて、家族以前の問題だ」
「…だからそれは、ずっと吉良のことが好きだったからで…」
「好きも嫌いも、俺には関係ない。
香里奈、今日からお前は、俺の妹でも何でもない。他人だ」
有無をいわせない言い方に、さすがの香里奈さんも次の言葉が出てこない。
「そんなお前を、この家に置いておくわけにはいかない。今すぐ出て行ってくれ」
「ま…待って!次の会社…面接が
決まってて…」
「ホテルにでも滞在して、面接に備えるといい。健闘を祈る」
吉良はまるで…香里奈さんを追い立てるように立ち上がった。
「荷物はすべて二階堂の家に送ってやる。今すぐここから出ていけ」
表情の消えた冷たい目。
香里奈さんは必死にその視線を捉えようとした。
でも…それが叶わないと知ると、力が抜けたように下を向き、次の瞬間気の強さをにじませる視線を向ける。
「…パパに何を言われても、知らないから!」
「縁を切られるなら、望むところだ」
…最後は憎しみさえ浮かべて吉良を睨みつけ、香里奈さんは家を出ていった。
…………
3人になって、やっと部屋の空気が動いた気がする。
「別に、モネちゃんは悪くないからね?」
憂さんが私に向かって優しく言ってくれた。するとすかさず吉良が、私と憂さんの間に割って入ってくる。
「今回のことは…まぁ感謝。でもさ、もっと早く言ってくれよ」
「…これでもすぐだったんだよ?香里奈からモネちゃんを襲えって連絡が来たの、昨日だからな?」
憂さんは自分の携帯を出して、香里奈さんからのメッセージを見せてくれた。
「どうなってんだと思って様子を見に来たら、すでにモネちゃん家に1人だしさ。俺に頼んですぐに、香里奈は吉良を飲みに連れ出したってことだよ」
「…まさか香里奈がここまでのことを仕掛けてくるとはな」
2人で話している様子を見ていて、今なら聞いてもいいかな…と、私も話の中に飛び込んでみた。
「さっき香里奈さんも言ってたけど…2人とも、そんなにワルだったの?」
2人は曖昧に目を見合わせて笑った。
「昔のこと!…まぁ俺はまだ落ち着かないとこあるけど、吉良はもう…モネちゃんのおかげで立派になって!」
憂さんはそう言って吉良の肩を叩き、吉良は笑いながらうなずく。
「じゃ…じゃあ、香里奈さんが吉良のどんな過去も受け入れるって言ってたけど、それは…どんな過去?」
…私の知らない過去の吉良は、どんなことをしていたの?
香里奈さんが置いていったフラグは、いったい何を意味しているの…
私は…ずいぶん不安そうな顔をしていたらしい。
「モネ…ちゃんと話すから。もう少し、待ってくれる?」
吉良にふんわり抱きしめられ、その背中の向こうに憂さんが見えた。
…冷やかされる…!
と思ったのに、憂さんは切なそうに私たちを見ていたから…
…らしくないな、って思ったんだ。