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フィーネに、まず扉を調べてもらった。
巨大な両開きの門の前に立つと、その大きさだけで妙な圧がある。
目の前にあるだけで「この先は別格だ」と分かる類の扉だ。
フィーネはそっと手をかざし、目を細めた。
「……魔法回路が仕掛けられていますね……」
「扉なら、閉じ込め系か」
「……おそらくそうですね……」
やっぱりな。
こういう部屋で、親切に退路を残してくれるダンジョンは少ない。
むしろ、入ったら閉まる前提で考えるべきだ。
「よし。慎重に開けるぞ」
「オッケー」
「……はい……」
俺はゆっくりと扉に手をかけた。
重い。
だが、少しずつ押し開いていくと、その先の空間が見えてくる。
「広っ」
思わず口から漏れた。
ちょっとした体育館くらいはある。
天井も高い。三十メートル近くはありそうだ。
俺たちは扉の外に身を置いたまま、まずは中の様子を探る。
最初に目についたのは――壁に並んだ巨大な石像だった。
ローマやギリシャ時代の神殿に置かれていそうな、荘厳な雰囲気をまとっている。
筋肉質な人型で、肩から腰にかけては石の布を巻いたような彫刻。
胸板は厚く、腕は丸太みたいに太い。
顔立ちは整っているのに、目は空洞めいていて、生き物っぽさがまるでない。
指先まで妙に精巧で、今にも握り拳を作って殴りかかってきそうな不気味さがあった。
それが、一番奥の壁に沿って五体、横一列に並んでいた。
大きさは十五メートルくらいか。
近くで動かれたら、それだけで地獄だ。
「動きそうだな」
「見るからに怪しいわね!」
石像の並び方も、部屋の作りも、いかにもボス部屋って感じだ。
そしてもう一つ。
部屋の中央には、例によって宝箱があった。
「罠だな」
「絶対あるわね!」
俺たちは一度、そっと扉を閉じた。
ゴン、と静かな音がして、門が元の位置に戻る。
「よし。作戦会議だ」
◆
「どう考えても、あの巨大な石像が動く」
「そうね」
「考えられる起動条件は四つだな」
俺は指を折って数える。
「一つ、誰かが部屋に入った時」
「二つ、全員が部屋に入った時」
「三つ、部屋に入って一定時間が経過した時」
「四つ、宝箱に触れた場合」
ノエルがふむふむと頷き、フィーネも真剣な顔で聞いている。
「……はい……」
「あとは扉だ。俺の経験上、確実に閉まって開かなくなる」
「ふむふむ」
「なので、まずやるのは退路の確保だ」
俺はそう言って、ノエルを見る。
「ノエル。上にあった宝箱、持って降りるから手伝ってくれ」
「オッケー」
「フィーネ、少し待っててくれ」
「……はい……」
五階で回収した宝箱は、まだ使い道があった。
◆
俺とノエルで宝箱を抱えて、八階まで運び下ろす。
「これでどうするの?」
ノエルが聞いてくる。
俺は扉の中央、左右の門が閉まるとちょうどぶつかりそうな位置を見た。
「これを左右の扉が当たる場所に置く。閉まろうとしても、つっかえて閉まりきらないと思う」
ノエルがぱちんと指を鳴らした。
「なるほどねー」
コメント欄がすぐに反応する。
『頭いいな』
『退路確保大事』
『宝箱そんな使い方あるのかw』
『シンゴこういうの上手いよな』
『ゲーム脳がちゃんと活きてる』
「閉じ込められないだけで、だいぶ違う」
最悪、撤退できる。
それだけで難易度はかなり下がる。
問題はその先だ。
「まず俺が一人で入る。二人は扉の外にいて、中には入ってこないように」
「オッケー」
「……わかりました……」
「援護できる準備だけはしておいてくれ」
「もちろんよ」
「……はい……」
よし。
俺は《破甲のメイス》を肩に担ぎ、ゆっくりと扉を開いた。
◆
そろり、そろりと中へ入る。
足音がやけに響く。
まだ、動きはない。
中央の宝箱は避ける。
視界の端に入れながら、奥の石像へ近づいていく。
大きい。
遠くから見ても分かっていたが、近づくと圧が段違いだ。
すねだけで、俺の身長より高い。
握られた拳なんて、岩の塊そのものにしか見えない。
石肌には細かなひびや削れがあり、長い時間ここに立ち続けてきたことが分かる。
それでも、今にも動き出しそうな不気味さは消えない。
「……」
意を決して、右手でぺたりと石像に触れてみる。
冷たい。
固い。
そして――反応はない。
「シンゴさんー! 大丈夫?」
扉の向こうからノエルの声。
「……大丈夫ですか……?」
フィーネの心配そうな声も聞こえる。
「大丈夫」
俺は石像を見上げたまま答える。
「ここまでしても石像が動かないということは、起動フラグは宝箱だな」
「……フラグ……?」
フィーネが不思議そうに聞き返した。
その前にノエルが説明に入る。
「特定の条件判定を“フラグ”って言うのよ。コンピューターとかゲーム用語ね」
「……ありがとうございます! 頑張って覚えます!」
律儀だな。
俺はその場で考えをまとめる。
おそらく、宝箱に触れたら奥の巨像が動き出す。
なら、逆に言えば――宝箱に触れるまでは、まだ準備時間だ。
その準備時間を使わない手はない。
俺は扉のところまで戻った。
◆
「おそらく、宝箱に触れると奥の巨像が動き出すと思う」
フィーネがこくこくと頷く。
「……はい……」
「逆を返せば、宝箱に触れなければ巨像は動かないってことだ」
「ふぅん?」
ノエルが、今ひとつ飲み込めていない顔をする。
「なので――今の、まだ動かない石像のうちに、できるだけ壊してしまえばいい」
ぱちん、とノエルが指を鳴らした。
「なるほど! さすが!」
「……そんな手が……!?」
二人とも、少し驚いたような、感心したような顔だ。
「まあ、あまりにデカすぎるからできるのは、五体全部の足を壊すことくらいだ」
俺はメイスを軽く振る。
「ああいうデカい敵は、足を取られると何もできなくなる」
「確かにね」
「……はい……」
「じゃあ、行ってくる」
「シンゴさん頑張って!」
「……頑張ってください……」
よし。
声援もばっちりだ。
やってやるか。
◆
ただ、石像を攻撃した瞬間に反応してくるかもしれない。
そこだけは警戒が必要だ。
俺は周囲に注意しながら、一番左の石像の“すね”を狙った。
深呼吸。
そして、全力でメイスを振り下ろす。
ゴイィィン!!
甲高い金属音みたいな衝撃音が、広い部屋に響き渡った。
一発目は、すぐには追撃しない。
周囲を見る。
石像。
宝箱。
床。
天井。
ノエルとフィーネも、扉の外からこちらを警戒している。
だが――何も起こらない。
「よし」
やるしかない。
俺は周囲に注意を払いながら、石像のすねを殴り続けた。
ゴイン!
ゴイン!
ゴイン!
硬い。
だが、まったく効かないわけじゃない。
《破甲のメイス》の重さと防御無効が、確かに石へ通っている感触がある。
八発ほど叩き込んだところで、すね部分にひびが走った。
「もうちょっと!」
さらに振るう。
ゴイン!
ゴイン!
ついに、左右のすねがまとめて砕け飛んだ。
「よしっ!」
コメント欄も沸いた。
『足いったあああ!』
『マジで壊せるのかよ!』
『シンゴ脳筋攻略すぎるw』
『動く前に足折るの天才だろ』
『ゲーム脳つよい』
『合理的すぎて好き』
だが、石像たちは動かない。
なら遠慮はしない。
俺は次の石像の前へ移動し、同じようにすねを狙って《破甲のメイス》を振り下ろす。
ゴイン!
ゴイン!
ゴイン!
甲高い音が、また広い部屋に響く。
ひびが走るのを確認しながら、さらに叩く。
石片が飛び、足元に砕けた破片が散っていく。
周囲への警戒は切らさないまま、ひたすら足を潰していく。
俺は知らず知らずのうちに、鼻歌を口ずさんでいた。
「ヤッテヤンダ!」
ゴイン!
「シッテヤンダ!」
ゴイン!
「ナンテコッタ~♪」
ゴイン!
「カッテヤンダ!」
ゴイン!
「ドンテヤンダ!」
ゴイン!
「ナンテコッタ~♪」
ゴイン!
鼻歌の語尾に合わせるように、メイスが石像のすねを打ち据える。
歌って、殴る。歌って、殴る。
気づけば俺は、妙に小気味いいテンポで石像を解体していた。
二体目。
三体目。
四体目。
五体目。
同じように、すねを重点的に潰していく。
部屋の中には、ひたすら甲高い打撃音が響き続けた。
◆
十五分くらい経っただろうか。
ようやく、五体すべての石像のすねを破壊し終えた。
「ふう……」
汗を拭いながら扉の方へ戻る。
フィーネがほっとした顔で迎えてくれた。
「……お疲れ様でした……」
ノエルは半笑いだ。
「お疲れー。でも、あの変な歌、何だったの?」
「え?」
一瞬、理解が遅れる。
「俺、歌ってた?」
「なんか、『ヤッテヤンダ』とかずっと繰り返してたわよ」
「……」
やっちまった。
俺は思わず顔を両手で隠す。
「癖なんだよ! 集中すると鼻歌歌ってしまうんだ。出ないように気をつけてたのに!」
恥ずかしい。
フィーネが慌ててフォローに入る。
「……だ、大丈夫ですっ……楽しそうで……画面の向こうの皆さんも喜んでくれています……」
コメント欄も追い打ちをかけてきた。
『そうそう』
『めっちゃ楽しかったぞ』
『集中すると歌うシンゴ草』
『今後も頼む』
ちょっと煽られてる気がする。
……まあ、やってしまったものは仕方ない。
次から気をつけよう。
俺は咳払いを一つして、気を取り直した。
◆
「じゃあ、攻略の説明だ」
二人の顔を見る。
「ノエルとフィーネは、一旦扉の外で待機。俺が中央の宝箱に触れる」
「オッケー」
「……はい……」
「それで、扉が設置した宝箱につっかえて閉まらなかったら、中へ入ってきてくれ」
「了解」
「石像が動き出したら、ノエルは結界を自分中心に頼む」
「オッケー、まかせて!」
「フィーネは、起き上がろうとする石像の腕を《スネア》で転ばせてくれ」
「……わかりました……!」
準備は整った。
退路も作った。
巨像の足も砕いた。
役割分担も決めた。
ここからは――答え合わせだ。
俺は部屋の中央に置かれた宝箱を見た。
静かだ。
でも、その静けさが逆に不気味だった。
この部屋の本番は、まだ始まっていない。