長くなりすぎるからまた分けます……語らせたくなる男なんだから……。
もっきー視点。
胸糞悪いと思いながらも女と連絡先を交換すると、早速可愛らしいうさぎのスタンプが送られてきて吐き気がする。スタンプに罪はないけど、誰が使うかって重要だよね。
それに文字だけで「お願いします」と返信し、即座にミュートにする。
嬉しそうな笑顔に僅かにつまらないと言いたげな不満を滲ませた女に、意識してやわらかく微笑みかける。
女はたったそれだけで不満を消し、嬉しそうに笑う。単純バカで助かるよ。
「次の打ち合わせがあるので、また」
「はい、よろしくお願いします!」
その笑顔、いつまでもつか楽しみだね。
軽く会釈をして背を向けて足早に立ち去る。
歩きながらチーフマネージャーの刺さるような視線に、なに? とこっちも不機嫌さを隠さずに問う。
急変した俺の態度に意表をつかれたように目を見開き、この不機嫌さが何由来なのかを図りかねたようにすぐに眉間にしわを寄せたチーフは、何か言おうと口を開きそれでもまた口をつぐんだ。
何も言えないんだろ? あの女の父親が怖くて。だったら黙っててよ。これ以上邪魔するなよ。
「スケジュール、できるだけ巻いて」
「え?」
「提供する曲、今日中には仕上げるから。打ち合わせは三日後。二人と合流する」
「それはっ」
「何か問題でも?」
立ち止まって真っ直ぐに見つめる。
ただでさえ俺の地雷を踏み抜いておいて、まだ何か言うことがあると?
きっと一週間は猶予があると思っている涼ちゃんの気持ちを考えてくれているんだろう。
その態度が、涼ちゃんから告げられた別れ話が本意ではなかったことを語っている。ありがとう、また核心にひとつ近付けた。
「……分かりました。お二人には私か」
「俺から言うから。何も伝えなくていいよ」
チーフの言葉を遮って、お願いではなく明確な指示として告げる。
涼ちゃんへの負い目なのか急に降って湧いた楽曲提供に対する後ろめたさなのか、チーフは少しの沈黙の後、分かりました、と頷いた。
本当はこの後に打ち合わせなんて入っていない。多忙だろうから疑問も持たれないだろう体の良い言い訳だ。
家まで送ってもらうために車に乗り込み、そこからは何も言わずに窓の外の風景をぼんやりと眺めた。
ねぇ、涼ちゃん。
あの女があなたを苦しめているの?
なんで相談してくれなかったの? 勝手に決めて、俺のもとから去って、いったいなにを守ろうとしているの?
頭の中に涼ちゃんの笑顔を思い浮かべる。同時に、別れを切り出したときの、拒絶を“演じている”笑顔も。
どうしてあのとき、彼を追いかけなかったんだろう。
追いかけて抱き締めていれば、話をちゃんと聞いておけば良かった。
俺が自身の不甲斐なさに歯噛みしている間、チーフはなにも言葉にはせず、静かに車を走らせ続けた。
「じゃ、また明日」
家の近くに到着し、涼ちゃんに怒られそうな態度で車を降りる。
消え入りそうな声で、お疲れ様でした、と答えたチーフを振り返ることなくドアを閉め、さっさと家に向かった。
帰宅後、手洗いうがいをいつもより念入りに行い、あの女の感触と温度を洗い流す。
そしてすぐに作業用のPCの前に座り、制作をはじめた。
こんなにも楽しくない制作は、音楽を作り始めてから初めてのことだった。
それでも今は、あらゆるものへの怒りが原動力となり、アイドルらしい、誰にも文句は言われないだろう程度の楽曲が完成した。
これを俺の曲として世の中に出すって?
「……くそ」
こんなの、俺のやりたいことじゃない。
こんなの、Mrs.がやるべきことじゃない。
こんなのに、若井のギターと涼ちゃんのキーボードを乗せるって?
冗談じゃない。笑えないクソみたいな喜劇だ。
俺たちだけをマネジメントをしてくれる事務所には感謝している。
俺のやりたいことを汲み取って、俺たちがやりたいことをやれるようにしてくれている。俺たちのことを理解して、俺たちを支えてくれている。
その恩恵には報いるべきだと思う。でもそれは、俺を俺でいさせてくれるなら、の話だ。
傲慢と言われればそうかもしれない。だけど、そうなるために死に物狂いでもがいてきた。
椅子の背もたれに体重を乗せて天を仰ぐ。
天井をぼんやり眺めていると、涼ちゃんが覗き込んでくれるような気がする。
無理しないで、って少し寂しそうに笑って、俺の目元を撫でて頬にキスしてくれるような気がする。
返して、俺の涼ちゃんを。
返してよ、俺の生きる意味を。
返せよ、ささやかでなにげないやさしさが息づく、愛おしい日々を。
泣きそうになって、ぎゅ、と目を瞑って深呼吸をする。
まだやらなければならないことは沢山ある。
目を開けて作業用のPCをとじ、今度は調べ物をするためのPCを立ち上げる。
クソ女の名前を入力し、情報を集めていく。
家族構成、生い立ち、友人関係、眉唾物のスキャンダルから本人のSNS、ファンやアンチの呟きなど、大小問わず些細なものまで全ての情報に目を通していく。
「…………」
何時間そうしていたかわからないが、目が限界を訴え、頭に痛みを覚え始めて首を回した。昨日から寝ていないせいか、頭の回転が鈍くなっている。
大体の情報は頭に入ったけれど、致命傷を与えるには足らない。涼ちゃんを取り戻して囲い込むには、今ひとつだ。
女の父親の会社は政財界にも顔がきくような大物で、一人娘のあれを溺愛しているらしい。
楽曲提供もバカ親の圧力ゆえの暴挙だ。
どうしたものかと息を吐いたとき、都合よく鳴ったスマホを手に取りメッセージを確認する。
「うわさいあく」
マネージャーからの連絡を開くためにLINEを開くと、バカ娘からの通知がたまっていた。非常識にも程がある。
見る気も起きないが計画のためには見ないわけにもいかず、しょうもないしどうでもいい文字列を眺める。
ご飯行きたいです! ……勝手に行けよ。
今何をしていますか? ……お前の楽曲書いてんだわ。
何がお好きなんですか? ……お前が奪った涼ちゃんだよ。
スマホを投げ捨てたくなる衝動に駆られるが、まだなんの情報も引き出せていないから我慢する。
黒幕と呼ぶべきか仇敵と呼ぶべきかわからないが、とにかくこの女が現れたことによって俺の世界は壊された。
「……めんっどくさ」
独りごちて最後のメッセージにだけ返事をする。マネージャーから連絡が行くと思いますが、三日後に打ち合わせをお願いします、と必要最低限の業務連絡だ。
これだけそっけなくすれば、自分のプライドを傷つけられてなんらかの行動を取るだろう。それまで暫くはこのままでいい。
頭を整理するためにシャワーを浴びようかな、と考えたところで空腹を思い出した。今日一日、何も食べていないから当たり前だ。
あくまでも普段通りを演じるためにもきちんと食べなくては。それに睡眠を取らないといけない。涼ちゃんに心配をかけてしまう。
コンビニで買ったパンを胃に押し込むようにして食べ、お湯を張った湯船に肩まで浸かった。
ふぅ、と息を吐く。
湯気とともにたちのぼるボディソープの香りを嗅ぐと、自分の目から水滴ではない雫が伝うのを感じた。
だってこれは、涼ちゃんの香りだ。
「……ッ」
鼻の奥がツンとする。堰を切ったように流れ出した涙が、お湯に落ちていく。
「なん、で……ッ」
なんでここにいないの。なんで抱き締めてくれないの。なんで俺を独りにするの。
涼ちゃんがいないと息ができないんだよ。生きている意味も価値も見失っちゃうんだよ。
俺が俺でいるために涼ちゃんが必要なんだよ。涼ちゃんもそうだったじゃん。俺がいないと生きていけないって言ったじゃん。俺の傍にずっといるって言ったじゃん。一緒に生きていくって約束したじゃん。
なんでなんでなんでなんで……!
「っ、う、ぁ……ッ」
返ってこない答えを頭の中で繰り返して、堪えきれなくなって嗚咽が漏れる。
そのまま暫く泣き続けて、あたたかいはずのお湯がぬるく感じてきた頃、もう一度熱いシャワーを浴びて浴室を出た。
どうにかスキンケアをして髪を乾かして、歯を磨いた。染みついた習慣が、なんとか身体を動かしていた。
寝室のドアを開けた瞬間、涼ちゃんのにおいがした。昨日情を交わした後に最低限整えてから手付かずのそこは、あちこちに涼ちゃんと愛し合った記憶があった。
せっかく止まった涙がまた込み上げてきて、歯を食いしばる。
あのとき、振り返った涼ちゃんは何を言おうとしたんだろう。相談しようとしてくれたんじゃないだろうか。あとで、なんて言わせずにあの場で抱き締めればよかった。そしたら今も愛を重ねていたはずなのに――と、そこで考えるのをやめた。
さっき散々に泣いたおかげか、悔やんでも意味がない、とスイッチが入ったのを感じる。
後悔も懺悔も、今は意味がない。泣くのは涼ちゃんを取り戻したときにしよう。
あらゆる障害を打ち壊して、俺たちの邪魔をする全てを焼き払って、涼ちゃんを手を取るのが最優先事項だ。
これは楽しい愉しい、鬼ごっこなんだから。まずはちゃんと捕まえないといけないんだった。
その後にもう二度と離れようなんて思わないように、俺の全てを使って縛りつければいい。
そう思ったらなんだか楽しくなってきて、ふふ、と笑みがこぼれた。昨夜、涼ちゃんが縋りついていた枕を抱き締めて眠った。
翌日から二日間はスケジュール通りに単独での仕事をこなし、その間もひっきりなしに送られてくる女からの連絡に辟易しながら、情報源だと割り切りながら相手をしていた。
少なくとも次の打ち合わせまでは会うつもりはないから、多忙さを理由にしつこいお誘いをかわし続けた。よくもまぁここまで自分本位に生きられるものだと感心すらしていた。
合流する前日、若井にだけはスケジュールの変更を伝え、涼ちゃんにはなにも言わなかった。
本当は電話したかったし連絡を取り合いたかったけれど、涼ちゃんが別れを“選ばざるを得なかった”事情を考えて、上辺だけはそうしておくべきだと結論づけた。
声を聞いたら愛を囁きたくなる自信もあったし、涼ちゃんの反応を見たかった、っていうのもある。別れてから一度も直で反応を見ていないから、俺の中で組み立てた仮説が正しいかどうかを検証したかった。
そして二人と合流した今日、三日ぶりの涼ちゃんを見て息を呑み、もう後悔しないと思っていたのにすさまじい罪悪感と悔恨に襲われた。
太ったとイジれるくらいにはふっくらとしていた頬は不健康にへこんで、目の下には色濃いくまができていた。きらきらとかがやきを宿していた瞳は、虚を眺めていた。
明るくてやわらかい、俺の愛してやまない涼ちゃん独特のほっこりとした空気感も消え失せていて、ギリ、と奥歯を噛み締め、ドアノブを握る手に力が籠る。
――すべてを捨てて、君をここから攫ってしまおうか――
本当はすぐにでもそうしたかったけれど、できもしないことを夢想するのはやめ、元気に明るく、普段通りに見えるようにスタジオに入った。
続。
平気そうな顔して策略を練るけれど、傷ついていないわけないんですよね。
でも、カチッとスイッチを入れるように平然とできる人な気もしています。
もう、次話どうなるとか言いません。私も分からないから😩
コメント
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敵の壁は高そうで、ドキドキです ❤️の💛への重い愛を再確認できた回でした
♥️くん視点、今日は泣きました😭 ♥️くんの💛ちゃんへの想いが痛いぐらい伝わってきて🥲 2人には幸せになってほしいなとめちゃ思いました🙏
もう、m氏の愛が深すぎて🥹 引き離された2人がどうなるのか、次がすごく楽しみです💕 ありがとうございました❤️💛