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ザフラさんに招かれて、お店の奥にある工房にお邪魔することになった。
工房の広さはお店のスペースの4倍ほど。
一見すると広く見えるけど、大釜で火をガンガン焚くことを考えると、これくらいのスペースは必要になるだろう。
とりあえずザフラさんが気にしていた大釜の上を見てみると、想像以上に天井が黒く煤けていた。
天井が一番煤けている、っていうのが正しいかな? 全体的に、あちこちが煤けている感じがするし。
それに、何というか――
「くしゅんっ」
……ここの空気は、鼻にくる。
「大丈夫ですか?」
「あ、すいません。
……あの、何だか空気が粉っぽくありません?」
「え? そ、そうかな……?」
「ちょっと火薬の臭いも残ってますし、他にも――……くしゅんっ」
くしゃみが止まらないので、ひとまずハンカチを出して鼻にあてておく。
確かにこんなところでポーションなんて作ったら、空気中の何かの成分が混じってしまいそうだ。
「うぅ、すいません……。お店の方に戻りますか?」
「いえ、大丈夫です。でも、まずは掃除をした方が良いかも?」
「掃除ですか? 確かにしばらくしていませんでしたが――
……え? もしかして、それが原因?」
「昔から、ポーションがずっと変な味だったわけではないですよね?
最初からだったら、原因はちょっと分かりませんけど……」
この世界にはミュリエルさんのレアスキルみたいに、作業の過程で勝手に補正を加えるスキルなんてものが存在する。
そういうスキルを持っていたらどうしようもないけど、この工房が問題なのであれば、それ以前はポーションだって普通に作れていたはずなのだ。
「そうですね、以前は普通に作れていたんですけど……。
このお店を初めてしばらく経ったら――
……って、やっぱりそれが原因ですか……?」
声を小さくさせながら、見るからに肩を落としていくザフラさん。
「まぁまぁ。原因が分かったなら嬉しいことじゃないですか。
少しくらいなら手伝えますし、ぱぱっと掃除をしちゃいましょう!」
「さ、さすがにそんなことまでして頂くわけにはっ!」
うーん?
押し問答をするのも時間がもったいないから、ここは押し切ってしまおう。
汚れの感じからして雑巾で水拭きをしたいところだけど、ウェットティッシュみたいのがあれば手早く進められそうだ。
作ったことはないけど、適当に『アルコール』あたりを起点にして、『創造才覚<錬金術>』で調べて――
……うん、あったあった。
それじゃ、れんきーんっ。
バチッ
「うひゃ!?」
いつもの感じで錬金術を使うと、近くにいたザフラさんが驚いてしまった。
「あ、すいません。ちょっとアイテムボックスからものを出しただけです」
「え、そうなんですか?
私もアイテムボックスは持ってますけど、そんな音は――」
おっと、ザフラさんも収納スキルを持っているのか。
詳しく聞かれると誤魔化しにくくなるから、ここはささっとスルーしよう。
「静電気ですかね?
ところで掃除に便利なものを持っているのですが、ちょっと使ってみてください」
そう言いながら、ザフラさんに作ったばかりのウェットティッシュを渡してみる。
消毒用のアルコール成分と、消臭用の薬用成分を配合した優れもの……のつもりなんだけど、一応鑑定をしておこうかな。
それじゃ、かんてーっ。
──────────────────
【ウェットティッシュ(S+級)】
消毒と消臭の力を持ったウェットティッシュ
※追加効果:消毒力×2.0、消臭力×2.0
──────────────────
うん、いつも通り……だけど、これは良いものだね!
ウェットティッシュってさりげないところで便利だから、常備しておけば今後も便利に使えそうだ。
私のアイテムボックスに入れておけば、乾いたり変な臭いが付いたりなんてこともないから、どこかのタイミングで大量に作っておこうかな。
そんなことを思いながら鑑定ウィンドウを見ていると、横からザフラさんのつぶやきが聞こえてきた。
「わぁ……凄い……。
さすがSランク錬金術師……ですね……」
「え? でもこれ、そんなに難しくないですよ?」
『創造才覚<錬金術>』の勘どころで作り方を想像すると、この『ウェットティッシュ』は特に難しいものでは無い。
アルコールに薬草を溶かして、柔らかい繊維状の紙に浸すだけ……といった感じだし。
「いえ、そこじゃなくて……。品質がS+級っていうのが凄いなって……」
「ああ……」
そういえばそうだった。本来S+級なんて、ひょこひょこ出てくるものでは無いからね……。
「はぁ……。これが錬金術の最先端ですか……。上には上がいるものです……」
「え、えーっと……?
ちなみにザフラさんってランクは何ですか?」
「私はD+ランクです。
でもポーションが何とかなれば、多分Cランク台には上がれると思うんです……!」
おお、なるほど……?
私は最初からS-ランクだったから、正直そこら辺の線引きは分からないけど……錬金術師ランクって、そういう要素もあるんだね?
「私も応援しています!
それじゃぱぱっと掃除をして、試しにポーションを作ってみましょう!」
「はい! 分かりました、先生!!」
――あ、あれ?
何だか先生に昇格しちゃったぞ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウェットティッシュを大量に使いながら30分も掃除をすると、工房の煤をかなり落とすことができた。
その代わり、ごみ箱は黒く汚れたウェットティッシュで溢れてしまった。
「ふぅ……。もう大丈夫ですかね?
さっきよりも、粉っぽい空気が無くなった気がしますし」
「そうですね、空気が澄んだ気がします!
工房には誰も入れていなかったので、正直まったく気付いていませんでした……」
「慣れって怖いですからね。
さてさて、それでは初級ポーションを作ってみましょう」
「分かりました! それでは大釜に火を点けて……ファイア!」
「お?」
ザフラさんが何かを唱えると、大釜の下から火が噴き出してきた。
「えへへ。錬金術のために火の魔法を覚えたんです。
アイナ先生はどうしているんですか?」
あ……、もう完全に先生扱いなの?
私としては、同い年くらいの錬金術師仲間が欲しかったんだけど……。
「えぇっと、私はマッチで点けてますね」
とは言っても、まだ1回しか点けたことはないけど。
基本的にはバチッとやってハイ終了、なものでしてね。
「そうなんですか。てっきり6属性の魔法なら全部使えるものかと」
「いやいや、それはさすがにイメージが先行し過ぎですよ……」
「あはは……。あの、ちなみに参考までに、アイナ先生はどういう魔法を使えるんですか?
高度な錬金術には魔法の知識が必要だって聞きますけど……」
すいません、難しい魔法は自力では使えません。
基本的にはバチッとやってハイ終了、なものでしてね。
「私は水魔法を少々と……あとは補助を使ってそこそこ……程度、かな?」
「ふむふむ、確かに補助があれば自力で使える必要はありませんからね。
なるほど、Sランクはそれでもいけるんですね……!」
あ、だめ! 私はちょっと特殊だから、あんまり参考にしないで!?
――とは言いたかったものの、あんまり突っ込まれても嫌なので、ここは申し訳ないけどスルーさせて頂くことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――できました!」
1時間ほど経ったあと、ザフラさんは初級ポーションを完成させた。
作り立てなので、瓶に触れるとほんのりと温かさが伝わってくる。
「それじゃ早速、鑑定~っと」
宙に鑑定のウィンドウを出して、ザフラさんと一緒に覗き込む。
──────────────────
【初級ポーション(B-級)】
HP回復(小)
※追加効果:HP回復×1.2
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「あ、凄い! B-級だっ!」
「おぉー♪」
ちなみに私はS+級で完全に慣れてしまっているけど、一般的に言えば、B-級でも十分立派な品質だ。
これくらいの品質が安定して出せるようになれば、どこに行っても通用するだろう。
「……ということは、本当に掃除をしていなかったのが原因だったんですね……。
うぅ、アイナ先生……。誰にも言わないでください……」
「あはは……、分かりました。
でもこれで、|紅蓮の月光《クリムゾン・ムーン》のナガラさんも美味しくポーションを飲めますね」
「クレームがあったんですか……?」
「いやいや、クレームというか……感想?
でも、それを押してもザフラさんのポーションが良かったそうですよ」
「えっ……? そ、そんなことを言ってたんですか……っ?」
私の言葉に、ザフラさんの顔が赤くなったような気がした。
あ、違う! それ、多分勘違い! 今のは良い意味じゃなくて、『可愛い女の子の作ったポーションじゃなきゃ嫌』っていう悪い意味だから!
勘違いさせたままでは、絶対にいけないと思うから――
「たくさん飲むから売り上げに貢献できる、って意味ですからね!」
「……え! そ、そうですか……。そうですよねっ!
やだ、私ったら勘違いしちゃって……恥ずかしい……!?」
「まぁまぁ、良い常連さんがいて良かったじゃないですか。
いや、常連さんがいると助かりますよね」
とりあえず追撃として、『常連』というワードを強くプッシュしておいた。
恋愛に発展するならそれでも良いんだけど、私の言葉からそうなるのは嫌だからね。
いや、羨ましいとかそういうのじゃなくて、責任っていうか――
……ほら、ね?