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「【|範囲《フィールド》|鈍化術《グラビティドロウ》】!」
二体のシャドウを囲むように広がる鈍化フィールド。
しかし、効果は感じられず、舌打ちを漏らすシャロン。
「|抵抗《レジスト》された! ニーナ! 続いて!」
「……え?」
「倍がけッ! ボーっとしない!」
「あ……はい……」
戦闘を主とする魔法を行使する者であれば、誰もが知っている戦術だ。
一度の魔法で効果が現れなければ、同じ魔法を重ねて叩き込む。
効果を重複させることにより、相手の魔力抵抗を上回り、力ずくで弱体の状態へと引きずり込むという対処法である。
「【|範囲《フィールド》|鈍化術《グラビティドロウ》】!」
それは功を奏し、失速したシャドウたち――。だが、それも期待したほどじゃない。
ネストが突撃のタイミングをずらしたシャドウが態勢を立て直し、戦線へと復帰する。
そしてバイスの前で振りかぶられた巨大な戦斧。その一撃は、鋼鉄の盾すら引き裂くだろう威力を誇る。
「【|氷結束縛《アイスバインド》】」
氷結系の束縛魔法。それを唱えたのは、シャドウの一体。バイスの足元が一瞬にして氷に覆われ、動きを封じられたのだ。
「クソッ、”堅牢”!」
「【|強化《グランド》|防御術《プロテクション》|(物理)《フィジックス》】!」
瞬間的に防御力を上げる”堅牢”スキルの上から、ギリギリ間に合った防御魔法。
おかげでバイスはそれを盾で受け止められたが、その衝撃は十分緩和されたにもかかわらず、両足が悲鳴を上げるほどだ。
「ニーナッ! 補助はあなたの担当でしょ!?」
防御魔法をかけたのはシャロン。それがなければバイスが真っ二つになっていてもおかしくはなかった。
「あっ……」
ニーナは、思うように身体が動かなかった。戦闘中、狙われたことのない自分が標的になったことで、死を身近に感じてしまった。
恐怖という感情に支配されてしまったのだ。
格上相手との戦闘経験など皆無。ギルドでは逃げることは悪いことではないと教えられている。
とはいえ、担当する冒険者を守らなければならないのもギルド職員としての務め。
今まで担当してきた冒険者たちは、相手が格上だった場合、手を出すことなく逃げてきた。
実際それが正解なのだ。冒険者は戦争をしているわけではない。当然信用は落ちるが、命があればやり直せる。自分の手に負えなければ、別の者に任せればよいのである。
「【|解呪《ディスペル》】!」
ネストがバイスの足元にまとわりつく氷結を解かすと、バイスは相手と距離を取り、役に立たなくなったショートソードを投げ捨てる。
「フィリップ! 盾をよこせ!」
その指示通り、フィリップは装備していたカイトシールドをバイスに向かって投げつける。
それは戦闘スタイルを切り替える合図。攻撃を捨て、両手に盾を持つことでバイスは防御に特化し。逆にフィリップは防御を捨て、サブタンクからアタッカーへと役割を変える。
「ニーナ! 予備の剣を出せッ!」
咄嗟のことではあったが、そうなる可能性は頭の中に入れていた。ニーナはリュックの横にぶら下げてあった予備のショートソードを手に取り、フィリップに投げるだけでよかった。
しかし、恐怖からか思うように手が動かない。
ようやく掴めたショートソードは鞘の部分で、上下逆さまに持ってしまったため、中身はガチャリと情けなく地面に落下する。
その間、バイスはウェポンイーターと大戦斧の猛攻を凌いでいた。
バイスの守りは岩のように揺るがない。幾度となく死線をくぐり抜けてきた者だけが持つ勘と胆力――それがバイスの自信であり、格上を前にしても微動だにしない強靭さだ。
一方その頃、フィリップは魔剣イフリートを相手に、息つく間もなく攻撃を避け続けていた。
もともとフィリップは、防御よりも攻撃を重視するタイプ。盾で受け止めるより、躱しながら隙を伺い反撃に転じる――。それがフィリップの得意とする戦い方だ。
「ニーナッ! 早くしろッ!」
投げ入れられるはずの予備の武器。その合図が何時まで経ってもこない。自分から取りに行きたくとも、シャドウを連れての後退は悪手。
避けきれぬ攻撃は剣で受けるしかないが、イフリートの刀身が放つ熱気が陽炎を生み、太刀筋を読みたくとも困難を極める。
「クソッ!」
フィリップがチラリとシャーリーに視線を送る。それは二人が長年パーティを組んでいるからこそわかる合図。
シャーリーがフィリップの後ろに回り込むと、フィリップの背中目掛けて弓を射る。
「”リジェクトショット”!」
それと同時。シャドウの攻撃を、上体を逸らし躱したフィリップ。
その首があった場所をイフリートが凪ぐも手ごたえはなく、その軌跡に出来た陽炎の中から出現したのは一本の矢だ。
「――ッ!?」
それを至近距離で避けれる者なぞいやしない。
フィリップを狙ったシャーリーの一撃は、シャドウの眉間に突き刺さると、大きく弾けシャドウを後方へと吹き飛ばした。
「よしッ!」
とはいえ、倒すまでには至らない。リジェクトショットは衝撃で相手を弾き飛ばす効果があるものの、致命傷を与えるほどの威力はない。
しかし、それでよかった。その隙に、フィリップが予備のショートソードを取りに行く時間が稼げる。
更にダメ押し。ネストはその一瞬を見逃さなかった。
「【|氷結柱《アイシクルピラー》】!」
弾き飛ばされたシャドウの足元から無数の氷の柱が出現すると、それは次々とシャドウの腹部へと突き刺さり、藻掻き苦しむシャドウ。
氷の柱は尚も大きく成長を続け、ついにはそれを完全に飲み込んだ。
魔剣と共に飲み込まれたシャドウはそのまま闇へと消失し、凍える牢獄に取り残されたイフリートはその炎を失った。
フィリップは、それを認識しつつもニーナが拾おうとしていたショートソードを奪い取る。その手は酷く焼け爛れ、痛々しい。
それが魔剣と呼ばれる所以でもある。その熱量は、例え当たらなくともダメージを受けてしまうのだ。
フィリップの上半身はすでに火傷だらけ。
「【|強化回復術《グランドヒール》】!」
シャロンがフィリップを回復すると、フィリップはすぐに前線へと舞い戻る。
狙うのは大斧。ウェポンイーターと違い一撃は重いが、当たらなければどうということは無い。
フィリップの華麗な身のこなしと鋭い剣技で、少しずつ蓄積していくダメージ。そのおかげで、バイスはウェポンイーターに集中できた。
短剣程度の攻撃でバイスのガードを突破することは難しい。
左手のタワーシールドで短剣を弾くと、右のカイトシールドで打撃を与える。大きなダメージを与えることは出来ないが、場を支配しているのはバイスだった。
イフリート持ちを倒した事で、戦況は大きく揺らいだ。
それを見て焦りを感じたのか、後方で待機していた二体のシャドウが戦線へと加わる。
「【|魔法の矢《マジックアロー》】」「【|魔法の矢《マジックアロー》】」
二体同時の魔法詠唱。出現した光球の数は三十。
「多すぎるッ!」
マジックアローは攻撃魔法の基礎。その熟練度で出現する光球の数が左右する。それ故に|魔術師《ウィザード》の強さの基準になることも多い魔法だ。
十五個の光球が二体分。それはネストよりも熟練度が高いことを意味している。
「【|魔力障壁《マナシールド》】!」
|魔術師《ウィザード》にはめずらしい防御系の魔法。パーティメンバーの周囲を魔力で囲み、物理にも魔法にも効果のある防御壁を展開する。
しかし展開中、術者は行動することが出来ず、魔力効率もすこぶる悪い。攻撃を食らえば食らうほど魔力を消費してしまう。
ネストのおかげで全ての|魔法の矢《マジックアロー》を防ぐことには成功したものの、魔力が底をついてしまうのも時間の問題だった。
「シャロン! ニーナの分のマナポーションを私に!」
悩む素振りを見せることなくそれに応えたシャロンは、とっておいたマナポーションをネストへと投げた。
すでに皆が理解していた。ニーナはもう役に立たない――と。
しかし、それを責めることはない。最優先は生き残ることであり、それ以外を考える余裕など、誰にもなかったのだ。