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この世の中は男性と女性の他に、『ケーキ』、『フォーク』、『その他』の人間に分けられるらしい。らしい、というのもボクはそのうちの2種類の人間にしかまだ出会ったことがないからだ。
『その他』はただの一般人で、この世界は圧倒的なその他の人で構成されている。
そしてボクが属している『ケーキ』とは先天的に生まれる『美味しい』人間のこと。
ボクが、自分自身がケーキであると知ったのは保育園に入るための事前検査でのこと。
診察室に呼ばれ、診断結果を伝えられると両親はひどくショックを受けていた。しかしそれも仕方がない。当時のボクは知らなかったが、昔には食欲を抑えきれなくなったフォークによるケーキの殺害、誘拐、監禁などの事件が少なくはなかったからだ。
ショックを受ける両親に寄り添うようにお医者さんはこう続けた。
「フォークによるケーキの殺害などの事件が多かったのは昔のことです。今では正しく薬を服用することで、ケーキもフォークもその他の人と何ら変わりない生活を送ることができます。」
この言葉を聞いて両親はほっと胸をなで下ろした。
薬を処方してもらい帰宅したが、両親はまだ暗い顔をしていて、そんな2人にいつもみたいに笑ってほしかったボクは
「ボク、美味しいもの大好きだから、食べ過ぎちゃってボクまで美味しくなっちゃたのかな〜」
なんて言うと、2人はクスッと笑ってくれて、それがとても嬉しかったのを覚えている。
それからお医者さんの言うとおりに薬を服用することで、ボクはフォークに出会うことなくここまで生きてこれた。
といっても、フォークであると知られると殺人鬼予備軍だと差別されてしまうことがあったり、ケーキであると知られるとフォークに襲われるリスクが高まったりすることなどから、自分の属性を晒すことや相手に属性を聞くことはタブーとされているため、周りの人の属性を知る機会はなく、さらに薬のおかげで一般人と変わらないように生活できているのでパッと見ても見分けがつかないから出会っていても分からない、というのが本当のところだ。
だから気が緩んでしまっていたのか、それともいつものポンコツのせいなのか、あんな事が起きたのは。
「あ、しまった……。」
いつも通り夜の分の薬を飲もうとした時、薬があと1回分しか残っていないことに気がついた。いつもは残りが少なくなる前に病院に行っていたのに最近は忙しくてすっかり忘れてしまっていた。今の時間は病院は閉まっているし、明日は朝からアンプのダンスレッスンがあるから病院に行けるのは早くても明日の夕方になってしまう。しかしそれだと明日の朝の分の薬が間に合わない。
少しだけダンスレッスンに遅刻して病院に行くか、明日の朝の分の薬を諦めるかを天秤にかけた結果、ボクは明日の朝の分の薬を諦めることにした。1回くらい飲まなくても平気だろうと思ったし、何よりボクはダンスが苦手で人一倍頑張らないといけないから遅刻していくなんて以ての外だ。
そうしてボクは夜の分の薬を飲んで眠りについた。
次の日、ダンスレッスン中になんだかいつもよりもまぜちの距離が近い気がした。
「まぜち、なんか今日距離近くない?」
「そうか?気のせいだろ。それよりけちゃ今日香水つけてる?なんか甘い匂いする。」
「えー、それこそ気のせいだよ!ボク強い匂い苦手だから香水つけないもん。」
「ふーん、だよなー。」
今は休憩中で、ボクはまぜちにずっと気になっていいたことを聞いてみたら適当な返答とともに予想外の質問をされた。だがまぜちに言った通り、ボクは香水をつけていないし、柔軟剤も変えていない。いつもと同じはずなのに突然どうしたのだろうと不思議に思いつつも、汗臭いとかじゃなくて良かったなどと考えていたその時、
「あ!まぜちそのお水ボクの!」
「え」
止める間もなくまぜちはボクのお水を飲んでしまった。
ボクは他の人の数倍お水を飲むからいつもレッスン室の隅に大量のお水を用意しているのだが、そこに、近くにあったまぜちのお水が混ざって間違ってしまったのだろう。
まぜちはボクのお水を飲んだあと固まって動かなくなってしまった。
「まぜち?ごめんね大丈夫?」
「っ……お、れ……、口ゆすいでくる。」
そう言い残すとまぜちは切羽詰まったようにドタバタとレッスン室を飛び出した。
「あーあ、まぜ太ただでさえ潔癖やのにけちゃおと関節キスとか可哀想やな。笑」
「ちょっとぷりちゃんー!?これボクのせいではないでしょ!」
まぜちが去ったあと、さっきまでの騒がしさが嘘のように空気が固まったレッスン室をぷりちゃんが冗談でほぐしてくれる。
「まぁまぁ、とりあえずまぜたんが帰ってくるまで休憩は延長しよ!」
というちぐの一言で、各々また自由に過ごしはじめた。ボクもさっきの練習中に間違ってしまったところの復習をしようと振り付けの動画を見始めた。
しかしそれからしばらく経ってもまぜちは戻ってこず、さすがに他のメンバーも不審に思ったのか
「まぜち遅いねー、大丈夫かな?」
「どこかで体調崩してたりしてないといいけど」
などと口々に話し始める。
ボクもまぜちが心配になってきて、さっきのこともぷりちゃんにはああ言ったけどペットボトルを広げすぎていたボクも悪かったかもという罪悪感が湧き上がってきて
「ボク、まぜちのこと探してくる!」
と言い残して足速にレッスン室を後にした。
まぜちを探して色んなところを訪ねるが、レッスン室から1番近いトイレにはいなかったし、もしかしたら自分で医務室に行ったのかもと思い医務室も覗いてみたがそこにもまぜちはいなかった。
まぜちを探しているうちにボクは気がつくとレッスン室からだいぶ離れた会議室の並ぶ廊下に来ていた。
こんな所にまぜちが居るわけない、引き返そうと思ったその時、1つの会議室の扉が少し開いていることに気がついた。誰かの閉め忘れだろうかと思いながらも恐る恐る中を覗いてみると、そこにまぜちはいた。
「まぜち!やっと見つけた〜心配し
「来るな!」
まぜちに駆け寄ろうとしたその時、まぜちから強い拒絶の言葉が発せられた。しかし体調を崩していたら大変だと思いそのまままぜちに近寄ろうとしたボクは続くまぜちの言葉に足を止めた。
「けちゃお前、ケーキだろ」
「え、なんで……」
「今日ずっと甘い匂いしてるのにだれも気付かないから変だと思ってたんだよ。でもさっきけちゃのペットボトルに口つけたときに甘い味がして確信した。あの甘い匂いもお前の汗から滲んでたんだ。お前今日薬飲んでないだろ。早くここから出てって薬飲んでくれ。ほんとに抑えられなくなる……っ。 」
早口に捲し立てるまぜちの言葉を聞いてボクは昨日の選択をとても後悔した。
そして必死に耐えているまぜちの目が捕食者の目になっているのを見てボクは気がついた。
世界にはちゃんと『その他』と『ケーキ』だけではなく『フォーク』も存在していたことに。
そして、誰よりも身近にいたまぜちが『フォーク』だったことに。
コメント
4件
めっちゃ好みです!! 続編を楽しみにしています!
すごい大好きなシチュに大好きなペア🥲🥲 ほんと最高すぎて... .ᐟ.ᐟ 続き待ってます🫶