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シーズン開幕が近づき、寒さも緩んできたある日のこと。自主練習を終えた俺は、ひとり帰路についていた。
大通りを抜けて、やや奥まった住宅街へ。もう夕刻をとうに過ぎているが、外はまだ明るい。
「もう随分と日が長くなったなー…」
誰に向けるでもない独り言を呟きながら、ややこじんまりとした公園の傍に差し掛かる。
「今日は居るかな?」
様子を窺うようにしながら、公園に入る。まだ明るいとは言え遊んでいたであろう子供達は既に皆帰ってしまって、今ここにはただ遊具が静かに佇むだけだ。
人っ子一人いないのに、誰を探しに来たのかって?
「…にゃー」
ああ、居た居た。大柄な体躯に反して高く可愛らしい鳴き声の茶トラ猫だ。その片耳には、地域猫であることを示す切れ込みが入っている。
「おいでおいで、元気にしてたかー?」
ちっちっと舌を鳴らして猫を呼び寄せると、小走りでこちらへ向かってくる。何を隠そう、俺はこの公園によく足を運ぶのでこの子とはちょっとした顔見知りなのだ。
「よーしよし、いい子だね」
猫はごろごろと喉を鳴らして足元に体を擦り付け、地面にころんと転がる。撫でて、の合図だ。
相変わらず、この子は人への警戒心が薄く毛艶もいい。ちゃんとご飯を食べて、住民達に世話をして貰っているようだ。
「可愛いなあ、お前は」
愛らしい姿に、こちらも思わず表情が緩む。もふもふした被毛を好き放題に撫で回し、文字通り猫撫で声で話し掛けてしまう。
「あの…」
そんな中、女性が俺に声を掛けてきた。疚しい事は何一つしていないとは言え、先程迄のデレデレっぷりを目撃されてしまっているのだとしたらやっぱり少しばかり気まずい。しかし、声を掛けられたらやはり返答はすべきだろう。俺は半端に立ち上がって、軽い会釈をした。
「猫、お好きなんですか?」
(あれ、気のせいならいいけど少し警戒されてないか…?)
「好きですよ、家にも猫がいるんです」
ポケットからスマホを取り出し、写真フォルダから今朝家を出る前に撮影したばかりの愛猫の写真を呼び出す。どうか信じてくれ、俺は本当にただの猫好きなんだ。
「可愛い!すみません、何か変な事訊いちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。びっくりしますよね、バット背負ったガタイの良い男が一人で猫撫でてたら。あはは…」
何故だろう、自分で言ってて何か悲しくなってきた。例えば俺がもう少し小柄で可愛らしかったら、もう少し変わっただろうか。こればっかりは言っても仕方ないけど。
そんな事を考えているうちに、公園の時計は18時を指す。もうそろそろ、日も暮れてしまう頃合いだ。それに何より、我が家の猫達が俺の帰りと夕飯をまだかまだかと待っている。
「もうこんな時間?じゃあ、僕はこれで」
「あ、また猫ちゃん可愛がりに来てくださいね!」
疑いが晴れてよかったよ、と内心で呟きながら、俺はここからもう少し離れた場所にある自宅へと向かう。今日は外の子を撫でてきちゃったから、うちの猫達にはちょっと豪勢なご飯を出そう。なんて考えながら。