無機質なアラームと、遮光カーテンの向こうを淡く照らす光で目を覚ます。
ニュースショーの画面に躍る「昨年の殺傷事件数、過去最多」の見出しを一瞥し、身支度を整えて出掛ける用意に掛かる。
いつもと同じ、何の変哲もない朝だ。
昨日までも、そして明日からも、きっと同じことの繰り返し。
誰かを殺したいと思ったこともなければ、恐らくこれからもそう思うことはないだろう。そういった思考は、俺とはまるで関わりのないものとして世間に存在していた。
だって、そうだ。こうして望んだ仕事に就けて、それで生計も立てられているのだから現状に不満などない。寧ろ、俺はかなり恵まれた部類の人間であると自覚しているくらいだ。
「…行くかぁ」
今日は随分支度に時間を割いたので、やや慌てて練習に使う道具を担ぎ家を出る。そのまま暫く歩いて、いつもの大通りへ。やはり朝ということもあってか、人通りはかなり多い。
信号待ちの間、ふと足元の真新しい花束が俺の目に入った。
「可哀想にな」
同じく信号を待つ人達がそちらへ目線もやらない中、俺は手を合わせるでもなく、その一言だけを口にする。同情からというよりは、目の前の光景に畏怖したからだ。無数の無関心に曝されたそれは、俺にはなぜかひどく異質で恐ろしいモノに思えた。
そうこうしている内に信号が青に変わっていた事に、俺は気付いていなかった。同時に、背後の異質な気配にも。
慌てて交差点を渡りきった時、後ろから異様な衝撃と熱さを感じて俺は倒れ込む。それとほぼ同時に、幾つかの甲高い悲鳴が人波を裂いた。
一瞬、自分に何が起こったのか理解出来なかった。何か鋭いもので刺されたのだと気付いたのは、何か湿ったものがじわじわと背中側から広がって来てからだ。
己の血で背を染め上げ、身体をくまなく灼くような痛みの中にあっても尚、俺は意外と冷静だった。
これは、己に巣食った無関心への報いだろうか。
それとも、幸福な人間に理不尽にも降りかかった悲運なのだろうか。
そう考えている内に群衆の殆どは歩き去り、残った一部は遠巻きにこちらを見ているようだった。早く立ち上がってここから去りたかったが、痛みのせいか、はたまた出血により体が急速に冷えたせいか、思うように四肢を動かせない。
やはり動揺しているのか、まずは一度落ち着こう。そうして吸ったはずの空気の代わりとばかりに勢い良く吐き出された血液が地面に撒かれ、アスファルトに真っ赤な花が咲いた。
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