テラーノベル
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朝食が終わり、元貴と滉斗が部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、後ろから声がかけられた。
「若頭。恐縮ですが、その方と少しの間お話してもよろしいでしょうか」
呼び止めたのは、先ほども意見した側近の男だった。その顔は、やはり眉間に深い皺が刻まれていて、いかにも厳しそうだ。
滉斗は、ガタイの良い男の呼び出しに、心臓がどこかへ行ってしまいそうだった。
元貴は、眉を顰めた。彼の信頼する側近とはいえ、滉斗を一人にするのは本意ではないようだ。
しかし、側近の真剣な眼差しを見て、何かを察したのか、小さく頷いた。
「…分かった。すぐ戻ってきてね」
元貴は、そう言って滉斗の肩をポンと叩くと、一足先に自分の部屋へと戻っていった。
元貴の姿が見えなくなると、滉斗はまるで置いてきぼりにされた子供のように、側近の男を見上げた。
もしかして、殴られるのだろうか? それとも、組から出て行けと脅される? いや、最悪、殺される…? 滉斗の顔は、一気に青ざめた。
しかし、側近の男は、予想に反して、静かに頭を下げた。
「昨晩は、若頭が大変ご迷惑をおかけしました」
滉斗は、その言葉に、拍子抜けしたように瞬きをする。
男は、顔を上げ、真剣な瞳で滉斗を見つめた。その表情は、確かに険しいけれど、どこか優しさが滲み出ているように感じられた。
「朝食の時の若頭を見て、私にはよく分かりました。若頭は、幼い頃からこの組の跡取りとして育てられ、同年代の友達というものが、一度もいたことがございません。いえ、作ることも許されなかった、と言うべきでしょう」
男の声は、静かに、そして重々しく響いた。
「だから若頭は、きっと話し相手が欲しいんでしょう。若頭はこの組の顔であり、我らの柱。
しかし、ヤクザというのは、常に危険と隣り合わせの仕事でございます。そして…若頭は、とても繊細なお方。精神が不安定になることも、よくあるのです」
側近の男は、そこで一度言葉を切ると、深く息を吐いた。
「そういう時、もしあなたのような方が傍にいてくだされば、若頭もきっと、安心されることでしょう。
だから…ヤクザの彼としてではなく、一人の青年として、滉斗さん。たまにで構いません。若頭の話し相手になってはいただけませんか」
その言葉は、まるで組の将来を背負う若頭を案じる、親のような響きがあった。
滉斗は、その真剣な眼差しと、今まで知らなかった元貴の素顔に触れ、胸が締め付けられるような気持ちになった。利用されるのではないかという疑念は、この男の言葉を聞いて、少しずつ薄れていった。
「…っ、はい!俺にできることなら…。」
滉斗は、真剣に、そして素直に頷いた。
側近の男は、滉斗の返事に、ホッとしたように小さく頷いた。
そして次の瞬間、彼はなぜか少し顔を赤らめ、目線を逸らしながら、気まずそうに、ボソリと呟いた。
「…それに、その…お前は、若頭と、そういう関係なんだろう?」
その言葉に、滉斗は「は…!?」と、再び声を失った。先ほどの真剣な顔から一転、頬を染めて視線を泳がせる側近の男の姿は、あまりにも意外だった。強面でガタイの良いこの男が、まさかこんなに純情だとは。
「い、いや! さっきのキス……は、あの人がふざけてやってるだけで…!
ていうか、お気に入りって言うのも、全部俺の反応を楽しんでるっていうか…!」
滉斗は、必死に、そして早口で弁解した。顔は真っ赤になり、恥ずかしさで俯いてしまう。
しかし、側近の男は、なぜかさらに顔を赤くして、慌てたように滉斗の肩をバシッと叩いた。
「い、いや!いい!分かってる!若頭の気持ちを優先しろ!
それでこそ、お前は…お前は若頭の…お気に入り、……だ!」
男は、なぜか滉斗を妙に褒め称えるような言葉を並べ、そのまま小走りで去っていった。
その様子は、まるで思春期の少年が異性との会話を切り上げたかのような、純粋な照れ隠しに見えた。
(…なんか、この人、面白いな)
呆気に取られながらも、滉斗の顔には思わず笑みが浮かんだ。
ヤクザの恐ろしさばかり感じていたこの屋敷で、初めて、人間らしい温かさや、面白い一面に触れた気がした。
しばらくして、滉斗が元貴の部屋に戻ると、元貴が不貞腐れたように膨れっ面で待っていた。
「めっちゃ楽しそうな声聞こえたんだけどー!!なんでそんなに仲良くなってるの! 僕を置いてけぼりにするなんて、酷いじゃないか!」
元貴が子供のようにいじける姿に、滉斗は思わず吹き出した。
(この人、本当に若頭なのか…?)
滉斗の心に、元貴という男への、これまでの固定観念とは全く違う、新たな感情が芽生え始めていた。
コメント
9件
側近さん…めちゃくちゃピュアで可愛いじゃないか!? 私がこのお話で❤️推しでも💙推しでもなく、側近推しになるとは思わんかった…
めっちゃこのお話好きです!!! 続きも楽しみにしてます💗‼️‼️
私が側近推しになるとは思わんかった みんな可愛すぎるよ………