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「――はぁ、ヒマだ……」
いつもと変わらない一日。
どこにも遊びに行けないし、話し相手もいない。
俺を監視している連中は、無理を言えば話してくれるけど、そういうんじゃないんだよなぁ……。
もっとこう、立場や身分を飛び越えて、何でも気兼ねなく話せる相手が欲しい……っていうのかな。
「――はぁ……。
ファーディナンドのやつ、今日も来ないつもりかよ……」
俺がグランベルの屋敷に幽閉されてから、かなりの時間が経っている。
その間、現当主のハルムートにはいろいろな意味で世話になったものだけど……アイツは今、昏睡状態で眠りこけているんっけ?
……ファーディナンドはその隙に、グランベルの家督を奪うとか何とか言い始めたんだけど……。
「ずっと大人しく|燻《くすぶ》ってたアイツがねぇ……。
……おっかしいよなぁ、シェリル」
俺と同じ身体にいる、もう一人の少女。
俺なんかよりもずっと優しくて、可愛くて、大切なヤツだ。
しかし、最近はどうにも会話が出来ていない。
以前はもっとこう……何て言うのかな、微かに声が聞こえたりしたものなんだけど。
ただ、直接話は出来ないとは言っても……朝起きると、シェリルからの手紙が置いてあることもある。
そうしたら俺は、いつも速攻で返事を書いてやるんだ。
それだけが、こんな生活の中での唯一の楽しみ……ってことになるのかな。
――っと、それはひとまず置いておいて!
それよりもファーディナンドのやつ! 最近、何だかムカつくんだよな。
……その理由はいまいち分からなかったんだけど、シェリルからの手紙でようやく分かったんだ。
ファーディナンドは家督争いに敗れて以降、ずっと何もしてこなかった。
ハルムートの監視下で、家の雑用とか俺の面倒くらいしかやっていなかったんじゃないか?
しかし今は、ハルムートから家督を奪い返そうと必死に頑張っている。
シェリルの手紙には『停滞していた時間が動き始めた』……とか書いてあったな。
停滞した時間……。きっと俺の時間も、それなんだよな。
王城に召し抱えられてから、シェリルが命令を拒否して、そしてこの屋敷に幽閉されている……。
……今は毎日、だらだら過ごしているだけ。
そんな俺にとって、『停滞していた時間』から脱することが出来たファーディナンドは、とんでもなくムカつくんだ。
……大体だぞ? ハルムートが昏睡状態なら、俺だってもう少し自由に動けるようになっても良いんじゃないか?
はぁ……。
ファーディナンドは俺の良き理解者だと思っていたけど、もしかしたら違っていたのかなぁ……。
……良き理解者、かぁ。
そういえば、アイナのやつは元気かな。
元気も何も、シェリル曰くの『世界の声』とやらで、何だか仰々しいことが聞こえてきたけど――
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『アイナ・バートランド・クリスティア』によって神器『神剣アゼルラディア』が誕生しました。
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……何? 神器? それって作れるの?
いや、そりゃ誰かしらは作れるかもしれないけど、あいつって錬金術師だろ? 何で錬金術で剣を作るんだよ。
でも――
……あいつも優しいというか、なまっちょろいというか、少し間が抜けてるというか……そんな感じだったけど、それでも前に進んでいたんだな。
ユニークスキル『創造才覚<錬金術>』を持っているとはいえ、それにしてもとんでもないことをしでかしたものだ。
……いや、それだけじゃないかもしれない。
シェリルだって『創造才覚<魔法>』を持っているんだ。
ユニークスキルを持っていたとしても、難解な魔法を新しく作るにはかなりの時間が掛かる。
……というと、アイナは他にもユニークスキルを持っていたんじゃないか?
そうでなきゃ、さすがにシェリルと差がありすぎだろ……。
「ユニークスキルを、いくつも――」
そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、俺は身震いをしてしまった。
そもそもユニークスキルを持つやつなんて、滅多にいない。さらに2個以上持つだなんて――
……一応、昔話に出てくるような『勇者』が持っていたという話はあったんだっけ?
その信憑性は眉唾ものだけど、可能性としては無くは無い……のか? いや、昔話だから、尾ひれが付いているだけかもしれないけど……。
ただ、神器を作るだなんて、それこそ歴史的な出来事のわけで――
「……はぁ。
俺もアイツと一緒に行けたら、面白かったかもなぁ……」
しかしファーディナンドから聞いた話によれば、アイナは王様の暗殺を企てたらしい。
……アイツが暗殺? はぁ? ……全然、想像できない……。
その真偽は置いておくとして、とにかくアイナは仲間と一緒に王都から逃げてしまったらしい。
俺の情報としてはそこまで。……今は生きているのか、死んでいるのかも分からない。
まぁ、死んでいるならファーディナンドが教えてくれそうなものだけどな。
……いや、アイツなら隠しておくかもしれないか。変なところで|聡《さと》いからな、ファーディナンドも。
しかし興味が一旦そちらに向いてしまうと、どうにも気になっちまう――
「はあぁー……。シェリル~……。
俺、もうここの生活嫌だよー。飽きたよー。もー」
やり場の無い思いばかりがもたげる。
アイナに会うまでは完全に諦めていたのに、アイツに会ってからは、俺の中で何かが変わってしまったのかもしれない。
こういうときはいつも、枕を抱いてベッドでゴロゴロ転がるんだけど……それをやったところで、どうにも気分が晴れてくれない。
ああ、もう……。
この屋敷の警備を全部ぶっちぎって、本気で逃げてやろうかなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トントントン
「んあー?」
扉のノックに返事をすると、ニコニコ顔のファーディナンドが部屋に入ってきた。
「やぁ、シェリル。機嫌はどうかな?」
「……これが、機嫌良く見えるか?」
まぁ、ちょっとは嬉しいんだけどな。話し相手ができたって意味では。
しかしキラキラ輝いているコイツを見てると、魔法の10発もぶち込みたくなるというのが本音だ。
「最近はあまり来られなくて申し訳ない。
何かあれば見張りの者に言ってくれれば――」
「あのさー。家督の方はどうなってるのよ」
「うん? ……そうだな、根回しは順調……というところか。
本来はもっと素早く進める予定だったんだが、今は王族も貴族もみんな大変なことになっていてな……」
「ふーん? 王様、やっとくたばったのか?」
「おいおい、ものの言い方には気を付けてくれよ……。
まぁ、その辺りでちょっとな……」
……何とも歯切れの悪い返事だ。
こんなところに閉じ込められている俺に、隠しておく必要も無いだろうに。
「――そんなことよりさ!
もしお前が家督を奪ったら、俺を解放してくれるんだよな?」
「……解放すると思うか?」
「思う!!」
「ぬ……。……うーん……」
多分、俺の返事はファーディナンドの思っていたものとは違ったのだろう。
眉間にシワを寄せて、難しい顔になってしまった。
「まぁ……、無理は言わないけどさ」
「……いや。私もこのままではいけないと思うんだよ。
いくらユニークスキルを持っているからと言っても、ずっと閉じ込めたままというのはな……」
「は、はぁ!? そ、そんなの持ってないし!」
「ははは、そうだったな。
……ところで、今日は真面目な話があって来たんだ」
「えぇー? ……真面目なやつは、いらないよ」
「いやいや……。
シェリル……いや、お前のことは、ヴィオラと呼んだ方が良いのか?」
「ほえっ!?」
ファーディナンドの口から、突然俺の名前が出てきたことに驚いてしまった。
俺はその名前を『自分の名前』として使っているが、それで呼ぶやつなんて少ないからだ。
……シェリルとテレーゼとバーバラと、あとはアイナ。
他のやつは、みんな『シェリル』の名前で俺を呼んでいるからな。俺は俺で、別に訂正もしないし。
「アイナさんがお前のことを、そう呼ぼうとしていたことがあったんでな……。
もしかしたら、もう一人のシェリルとは呼び方が違うのかと思ったんだ」
「今さらかよー。
まぁ、俺がシェリルと話すときは、俺はヴィオラだな。ややこしいからさ」
「ははは、確かにややこしそうだ。
さて、私はお前を手放すわけにはいかない。申し訳ないが、家族の元にも返すわけにはいかないんだ」
それは分かっている。どこの誰がユニークスキルを狙っているかなんて分からないからな。
だから、誰の手にも届かない場所に幽閉した方が良いのは理解しているけど――
……はぁ。ハルムートが失脚してもダメなのか……。もう、望みは無いか~……。
「――そこでな。
もしお前たちが……ヴィオラとシェリルさえ良ければ……、私の養子にならないか?」
「……は?」
俺はとりあえず、自分の耳を疑った。
養子っていうと、俺がファーディナンドの娘になる……ってことだよな?
「結論は急がなくて良いから、じっくり考えてくれ」
「……はぁ。分かった分かった、シェリルに聞いておいてやるよ。
シェリルが良いなら――」
「ヴィオラ、お前の意思も聞いているんだぞ?
お前もしっかり考えてくれよ?」
ファーディナンドのまっすぐな目が俺に向けられる。
俺の意思……? 俺の意思も、聞いてくれるの……?
「……わ、分かった。し、仕方ねぇ。考えておいてやるよ。
でも、お前のことを親父なんて……呼びづらいからなぁ」
「パパって呼んでも良いぞ!」
「は、はあぁっ!?」
――俺の両親は、まだ生きている……はずだ。
でも、あんなやつらのところになんて戻りたくもない。
それにしても、だからと言って……ファーディナンドが親父?
……まぁ、それも悪くは……無いのかなぁ……?
いやいや……、えーっ?
やっぱり微妙じゃないか? いや、でもどうなんだ……?
……ああ、もう! 俺一人じゃ、そんなの決められねぇよ!
シェリル、助けてくれぇ……!!