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エルフの村。世界樹の樹海の中にそれはある。地面には木の根が多いため、家はもっぱら枝の上などに簡素な小屋を建てていることが多い。
ナジュミネがふと上を見ると、木漏れ日のきらきらした小さな光の群れが風に揺れて、まるで生命の脈動のように感じる。各家から木のさらに上へと伸びる梯子は洗濯物を干すためだろうか。彼女はそれに登って、木のてっぺんで樹海を眺めてみたいと思った。
「ただいまー」
「リゥパ様、おかえりなさい。あ、ムツキ様と、魔人族……ムツキ様の奥様ですか!」
「あーしもいるんだけど」
「もちろん、ルーヴァさんも」
エルフたちはリゥパやルーヴァとともに、ムツキやナジュミネという噂に聞いた彼の妻の来訪ということでざわめいていた。ナジュミネが魔人族で軍服を着こなしていたので、想像よりもどよめいたのは間違いない。
リゥパの案内で歩みを進め、その後、エルフの長、リゥパパパの住まいに入ろうとする。エルフの長の住まいも豪華とほど遠い、強いて言えば、周りより少し大きいくらいの限りなく質素な小屋である。
このタイミングでルーヴァはどこかへ飛び去ってしまう。この後の面倒ごとには関わらないといった雰囲気だった。
「ムツキ様、これはこれは、遠路遥々このような場所にまでご足労いただきありがとうございます」
住まいの中も質素で、椅子などなく、ちゃぶ台のようなテーブルがちょこんと応接室にあるだけだ。リゥパパパも深々とお辞儀をした後は、どかりと座り込む。
ナジュミネは鬼族の家と似た雰囲気を感じて、少し親近感が湧く。
「いえ、いつもお力添えいただいている身で、あまり皆さんにお会いせずにリゥパに言づてばかりで失礼しています。今回、ご相談と妻のナジュミネの紹介をと思いまして」
ムツキはお辞儀をした後、そう返しながらゆっくりと座る。ナジュミネもそれにならってちょこんと彼の斜め後ろの方に正座で座る。
「いやいやいやいや。恐れ多いことです。奥方様もこんな辺鄙なところまでよくお越しくださいました」
小さく微笑むリゥパパパは、ナジュミネの方に視線を移し、軽く礼をする。
「……いえ、急にお邪魔して申し訳ございません。このような神秘的で素敵な場所は初めて拝見いたしました」
ナジュミネは正座を崩さず、両手を静かに自身の太ももの上に置いて、深々とお辞儀をする。
「そう言っていただけると幸いです」
思わずリゥパパパも改めて深々とお辞儀をした。
「と、ご挨拶が遅れました。はじめまして、私はナジュミネと申します。先日、ムツキのところへ嫁入りしたばかりの若輩者にございます。いつも旦那がお世話になっております。今後は旦那ともども何卒よろしくお願い申し上げます」
「ナジュミネ様、ご丁寧に挨拶ありがとうございます。エルフの長をしておりますファスと申します。ただ、長と呼ばれたり、リゥパが目立つのでリゥパパパと呼ばれたり、名前で呼ばれることはほぼないですな」
ナジュミネのいつもと違う雰囲気に、リゥパはとてつもない衝撃を受ける。
「……口調が全然違うじゃない……どうしたの? 別人?」
あまりにもリゥパが素っ頓狂な声で呟くので、ムツキが笑いを堪える。彼もナジュミネの場所場所での変貌ぶりにはまだ慣れないようだ。
「わら……私のような者でも、多少の礼儀は知っておりますから」
彼女の礼儀作法は両親とプロミネンスに叩きこまれているようで、外での対応に不手際がない。
「それにしてもすごいわね」
ナジュミネはリゥパの言葉を意に介さず、にこっと微笑む。
「こら、リゥパ! 客人に向かって、もう少し態度を改めたらどうだ」
いまだに座らず立ちっぱなしで話し始めるリゥパと、正座できちんとした対応をするナジュミネを見て、両者の差にリゥパパパはそう口を出さずにはいられなかった。
「いえ、お気になさらず。リゥパさんには、先日からお世話になっております。まるで姉のように接していただき、私も胸のつかえが取れ、安心するばかりです」
「そう言ってもらえるとありがたく存じます。娘に礼儀を教え込めなかった私の不徳の致すところです。しかし、こんなにも見目が美しく、それに驕らず、むしろ、礼儀作法も完ぺきとは。リゥパにあなたの爪の垢でも煎じて飲ませたいものです」
リゥパパパは思わず唸ってしまう。
「パパ!」
リゥパもさすがにそこまで言われては立つ瀬がなく、語気を強めてそう言い放った後は、ムツキの方にゆっくりと座ることにした。
「ははは……。妻ともどもこれからもよろしくお願いします。……ところで、今回、最初に申し上げました通り、折り入ってご相談したいことがあります」
「相談……ですか?」
「単刀直入に申します。リゥパさんを、娘さんを私の妻として迎え入れたいです!」
ムツキは一歩下がり、土下座をしながらその言葉を口にした。知っているはずのリゥパもときめきを隠せなかった。