僕は、カラ松と海に来ていた。間もなく世界が終わるというのに、だ。
別に、昨日からその事を知っていた訳では無い。本当に偶然だった。僕らが海に出かけた数時間後にそのニュースは入ったらしく、街でみんなが大騒ぎしていたのを聞いたのだ。ただこの街の住人が騒いでいるだけという可能性も考えたのだけれど、それはものの数秒で打ち消された。
空の色がおかしいんだ。
何処までも青く、広く、そこにある筈であった空がだんだん紫色に染まってきている。
真昼間であるにも関わらず、そんなことはお構い無しに、水彩絵の具が広がっていく様に染まる空。それに気づいた僕らは、本当に世界が終わってしまうのだとここで知った。
「―どうする……?みんなの所に帰る?」「…………いや、このまま。」「…そう、分かった。」
こうして僕達は、海へと向かうために再び歩き始めた。とは言っても、自宅から海までそこまで離れて居ないため既に砂浜は見えるし、波の音だって聞こえてきている。
「へぇ。海の色は青いんだな。」「マジじゃん……不思議…。なんでだろ。」遠目からでもわかるが、海だけは変わらずそこにあった。空の色と海の色の違いで、頭がバグりそうになる。「うーん、オレは化学は得意じゃないからなぁ…。」「クソ松は体育と数学だもんな。」まぁクソ松はゴリラだから、体育の授業(持久走系)を無双していた。数学はと言うと…自分のもち色が青な為、意識していたら気づけば得意教科になっていたのだとか。バカなのか賢いのかよく分からない奴だ。「ここにおそ松が居てくれたら分かるかもしれないな。」そう、おそ松兄さんは化学担当なのだ。「そうだな…。以外にも化学得意なのおそ松兄さんだもんね。」「オレもそれには驚いたよ。」赤の兄曰く『いやーだってさ?爆発とかするんだぜ!面白くね!?』だそう。いやそれ爆発してたら失敗だろ。というツッコミは心の中に閉まっておいた。松野家にはバカしか居ないのだ。チョロ松は社会。理由を聞いたのだが、横文字だらけの長ったらしい事を喋りだしたので覚えていない。十四松は音楽と美術。『ドッカーンってやるとたのしーじゃん!』お前は長男か。トド松は英語。女の子たちに自慢したいかららしい。動機不純。これまで皆の得意科目を語ってきたが、得意だからと言って必ずしも高得点を取れている訳では無いのだ。揃って中の下。張り出された成績表には松野の苗字が並ぶことも珍しくない。
「一松なら何か分かるんじゃないのか?お前生物とか保健体育得意だろ。」急に指名が来て、僕は驚いた。「いや……生物とは少し違うし…分かんない。」そもそも、空が紫になる所から前代未聞なのだ。立派な学者たちでも理解が出来ない状況だろう。「まぁ、こんな異常事態だしな。destinyとは時に残酷なものだ……。」「うっせ。」急にイタイことを言い出したクソ松に向かって砂をかける。砂をかけられたにも関わらず、クソ松は笑った。愛おしそうに。とても、幸せそうに。このやり取りも、もう出来なくなってしまうのだなぁと思うと、少し悲しくなった。
砂が湿る波打ち際まで来たところで、僕らは靴を脱ぐ。砂のサラサラとした感覚、貝や木などの硬い感触が足裏から伝わってきた。
「波……冷たいかな。」「転ばないようにな。」僕は、クソ松に手を取られながら浅瀬に足をつける。ざざん…と忙しなく打ち寄せる波はとても冷たく、思わず鳥肌がたつ。「はは、冷たいな!」彼もその冷たさにびっくりしているのが手から伝わったが、そんな事よりも楽しいことがあるかのように高らかに笑った。「…わっ……。」「大丈夫かイチマーツ?」「あぁ。」「それにしても気分が良いな。まるで…初めてcolorを見たかのような……。✞そうか…オレは暗黒の世界に光をもたらした勇士なのか…。フッ…✞」確かに俺の世界はお前のおかげで明るくなったけど!!オレは隣に並ぶ足を踏みつける。「いでででで!!WaT!?」勝手に想像して勝手に恥ずかしくなって照れ隠しでやっただけなのだが、カラ松がいい反応をしてくれるから、ついつい強く当たってしまう。そう、俺はカラ松に甘えているのだ。彼は笑って許してくれるから、やりすぎてしまった事も沢山ある。これが俺のダメなところだ。
「……………ごめん。」「!?」世界最後の日だからと、俺が小さな声で謝ると彼は、物凄いスピードでこちらを振り返った。「どうしたんだ!?なぜ謝る!!」「いや、だって僕…今までお前に酷いことばっかしてきたし………。」「…うーん。一松はオレのことが嫌いなのか?」「…………いや…その…嫌いでは……ない。」「そうか!ならそれで十分だ!」そういってカラ松はニコッと微笑みながら前に向き直った。嫌いかと聞かれて、つい濁してしまったが僕は、本当はカラ松のこういう所が大好きだ。男前なところとか、優しいとことか、色んなことに気づけるところとか、次男としてみんなを引っ張って言ってくれるところとか。
分かりやすく言うと、カラ松の全部がすきだ。
つい、彼と繋ぐ手に力を込める。それに気づいた彼も、しっかりと握り返してくれる。こんなに幸せなことは無い。兄弟のままでいい。このままで良いから、まだこの世を終わらせて欲しくないと思った。
「そうだ、一松。」「…なに。」「どうせなら一緒に海に沈まないか?」「…は!?」思わぬ提案に、思わず僕は腰を抜かしそうになる。「え…沈むって………。」「心中しようって事だ。」
嘘だろ。
カラ松が、僕にそんなこと言ってくれるなんて。夢に違いない。
「なんでそうなんの……どっちみち皆死ぬんだからその時で良いじゃん……。」「いや…ほら、それだと人類と心中することになるだろ?オレはお前と最期を共にしたい。」
「でも、こんなクズと一緒とか…お前の来世に影響出るかもよ?」「来世でも一松と一緒になれるなら問題ないぞ。」「………。」「お前はオレにとって大切な存在なんだ。一緒に死んでもいいと思えるくらい。そのくらい、大切で、大好きなんだ。」
――大好き。でも、それって兄弟としてだろうし。でも、そんな事を言われてしまったら
「僕だって、カラ松のことがすき。」この言葉にかけるブレーキが無くなってしまうじゃないか。どうしようもなく、彼のことが大好きでたまらない、こんな醜い気持ちをさらけ出す事になってしまった。最後の瞬間に嫌われたら笑えないなと思うと涙が出てきて、反射的に俯く。
カラ松は、そんな僕の手を思いっきり引く。
不意な出来事にビックリしたのもあるが、何よりその力強さによろめいてしまった。こんな時でもパワー馬鹿なのかクソ松!そのままグイッと腰を引き寄せられて、僕は彼に抱きしめられる形になる。「クソ松…!?なんなの!?」「一松、そろそろ時間だ!」彼の言葉を聞いて、納得は出来たものの…もう少し心臓に優しい方法は無かったのかと遺憾の意を示した。「ここから奥は沖だから、いい感じに倒れ込めば逝けるぞ。」「え…このまま、この体制でいくの?」そもそも彼に抱きしめられたのは久しぶりなため、それなりにドギマギしているのだが、死ぬ時もこのままと来るとかなり恥ずかしい。「一松は嫌か?」「っ……。」狡い質問の仕方をしてくるやつだなぁと、今生の最後に認識させられた。「―嫌じゃない…。」それを聞いたカラ松は、効果音が聞こえて来そうな程に嬉しそうな声で答えた。「そうか!それじゃ2.1でいくぞ!」「わぁぁ3無いのかよぉ!!」「2…1…!」少ないかんウント数に震えたが、結局は彼と重力に身を任せて倒れ込む。最後の最後まであたふただ。これが僕ららしいけれど。
そんでもって、クソ松は最後にクソな発言残しやがるし。
「一松、来世では籍入れような!」
最後の最後まで、クソ松はクソ松だった。
「…!?くっそ…!ばか松ぅぅぅ!!」
END
コメント
1件
すごい好きです。 何回でもみたいです。 ありがとう御座いました。