「あのジジイどもめ、また余計なことしやがって。勝手に変な色をつけてくれんなよ、ったく……」
保管庫に隠してあった魔道具を通じて様子を見ていたイチルは、順調に進む二人をよそに、対照的なほど滞り続けるムザイを一瞥し、ため息を漏らした。
ワームを倒し、ゴーレムを倒し、巨大な樹のモンスターを倒してもなお、ザンダーの課題は延々と終わりがなく、五日のうち三日が過ぎたこの瞬間も、目的となるモンスターの姿すら拝めぬまま奮闘が続いていた。
「ほらほら何やってんの、そんなじゃいつまでたっても進めないよ。もうやめて帰るかい?!」
足だけが巨大な鳥型モンスターの攻撃を息も絶え絶えに躱したムザイは、薄らぼんやり霞む目を擦り、キッと視線を強めた。
少しの休みも与えられず続く戦闘は過酷を極め、ムザイの肉体は極限まで追い込まれていた。
魔力はとうの昔に底を尽き、命を削りながら戦うさまは見るも無残で、フレアやミアならば卒倒してしまうほど残酷で凄惨なものだった。しかし指一本動かさず傍観したイチルは、欠伸しながらその時がくるのをただ待ち続けた。
「ザンダー、残り二日とちょっとでどうにかなりそうか?」
「どうにかしたいのはヤマヤマですけど、ハッキリ言って五分五分っすね。どうにか最後の山まではもってくつもりですけど、命の保証はできないっす」
「いいね、やっぱ強くなるにはそれくらい追い込まないとな。奴はそれを望んでウチへきた。死んでも本望だろう」
「メチャクチャな理屈っすね」と頭を掻くザンダーは、ふらふらよろめくムザイに向かって手を叩き、再度発破をかけた。三日三晩、休みなく鼓舞し続けられるザンダーは本当にいい男だとほっこりしながら、イチルは荷物から取り出したクク湯に口を付けた。しかし暇を持て余したせいで全て飲み干してしまい、中身は既に空だった。
「しまった、暇すぎてペース配分を間違った……。なぁザンダー、この辺りでクク豆と純水が手に入る場所はあるか?」
「いえ……、逆にあると思います? ここ瓦礫深淵の下層領域っすよ」
「だよなぁ~。ちなみに聞くけど、お前ならゼピアまで往復に何時間かかる?」
「ぜ、ゼピアっすか。どうやっても三日はかかるかと」
「ふむ。……よし、ならちょっと出てくるわ。終わるまでには戻る」
「終わるまでって……、あと二日しかないんすよね?!」
「豆のほかにもちぃと野暮用があってな。とにかくすぐ戻るからあと頼んだ」
「マジっすか?!」と叫ぶザンダーを残し、イチルは持参したダッシュスロープで壁から壁を飛び回り、きた道を一直線に戻り始めた。
モンスターやすれ違う冒険者を完全に無視し、誰の攻撃も触れられぬ速さで駆け抜ければ、何者にも邪魔される恐れはない。それは異世界に転生してからイチルが学んだ《絶対のルール》だった。
「一番強くある必要はない。一番速ければ、どんな強い相手からでも逃げ切れる。俺の仕事は届け屋、化け物を屠るのは大層な冒険者様にでも任せときゃいい」
目の端でイチルの姿を捉えたモンスターが攻撃を画策した頃には、もう一キロ先へ移動し消えている。Aクラスのモンスター程度では、どんな魔法もスキルも、イチルの射程には入れない。
急角度の崖を一息も付かずに駆け上がり、超速度で瓦礫深淵を脱出する。
メルカバー深淵の下層部でキャンプを張っていたパーティーにバイバイと手を振り、そのまま近くを飛び回っていたクリフドラゴンを一匹捕獲した。
「やっぱり崖を登るのは疲れる。捕獲した強化双竜で空中を突っ切った方が早いな」
クリフドラゴンの二本角に縄を引っ掛けたイチルは、竜の耳元で「全力で上まで引っ張れ」とパワハラのような脅し文句を呟いた。全身と翼に強化魔法のバフをモリモリにかけられ、溢れるような力に驚いて翼を羽ばたいた竜は、たったのひと振るいでキャンプのあった下層部を抜け出し、地上を目指し飛び立った。
「死ぬ気で羽動かせよ~。俺はロディアみたいに甘かねぇぞ、使えねぇならさっさと切り捨てて置いてくからな」
冷や汗を流して翼を羽ばたかせた竜は、仲間の竜を一瞬で置き去りにして竜巻のように上昇した。
繋いだ縄を足にくくりつけたイチルは、竜の背中を借りて横になりながら(※厳密に言えば逆さ吊り)、到着までの間、次に為すべきことに思いを巡らせていた。
「ううむ、やはり少々時間が足りんな。こうなったら、アイツらにも少しばかり仕事をしてもらうしかないか」
目星をつけた複数の名前に丸をつけ、イチルは竜の尻をパチンと叩いた。
涙目でさらに速度を上げた竜は、風切る轟音を撒き散らしながら、台風のように崖っぷちを昇っていくのだった。
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