「あ゛あ゛あ゛、どうしましょう、また怒られてしまいますぅ!」
リール激臭事変を引き起こした張本人は、人の姿もまばらな小屋の前で頭を抱えていた。
一刻も早く戻らなければというただ一心で街の惨状もそこそこにランドへ戻ったミアだったが、数日間の管理者不在という失態を引き起こしたことにより、再びどん底に沈んでいた。
ミア不在の間に、亀肉目当てで足を運んだ冒険者たちは、人っ子ひとりいない施設の運営に怒りを募らせ、全員帰ってしまった。結果、たった数日のうちに客足は遠のき、食事を目当てにしていた人の流れは完全に途切れてしまった。
「うぅぅ、こうなればまたお腹を切ってお詫びを……」
正座し調理用のナイフを逆手に構えたミアは、今にも切腹しそうに涙を流し、鼻をすすった。
しかし――
「なぁ姉ちゃん、いつになったら飯食わせてくれんだよ。俺たちこのままじゃ飢えて死んじまうよ。いつまでもメソメソしてねぇでさぁ、頼むよ~」
ぐじぐじ管を巻くミアの肩をロイがバシバシと叩いた。
同じようにリールの孤児たちもみな、一斉に肩を叩きミアを励ました。
「もう腹減ってどうにもなんねぇ。何か食わせてくれ!」
「食べさせてと言われましても……。食材は使い切ってしまいましたし、そもそもどうしてロイ君やお仲間の皆さんがここにいらっしゃるのですか?」
「街出たら姉ちゃんがこいって言ったじゃん。だろ、みんな?」
ロイの仲間たちが一斉に手を挙げ、「飯食わせろ」の大合唱を始めた。
三十人ほどの子供たちの合唱は、キンキンとミアの耳に響き、どうにもならず慌てふためいたミアは、「あわわ」と口から泡を吹いて目を回すしかなかった。
『 メーシ! メーシ! メーシ! 』
容赦ないメシコールが鳴り響く中、ランド入場口に肩を担がれ現れた男は、「一体何事だい?」と生々しい傷だらけの顔を上げながら呟いた。
「なんだか子供たちが騒いでるみたいね。何かあったのかしら?」
重そうな荷物片手に男に肩を貸していたもうひとりの女は、そろそろ自分で歩きなさいとポンと押した。
「つれないこと言わないでおくれよエミーネ。こうしてまた無事に戻ることができたんじゃないか、少しは喜んでおくれよ」
「なんで私が。元はと言えば、ウィルが勝手に滝壺に落ちたのが悪いんでしょ。私にしてみればいい迷惑よ。すぐ学院にも戻らなきゃならないのに」
「まぁまぁ。それはそうと、今日はこれまでのお礼に美味しいお肉を食べていただこうって約束じゃないか。早速ミアくんにお肉を焼いてもらおうじゃないか♪」
戻ったのはウィルとエミーネだった。しかしいつもの癖で使った凝視によって異変を察知したウィルは、子供たちが囲んだ輪の中心で頭を抱えるミアの姿を見つけ、顔を歪めた。
「しかしこれはどういう状況だい……? とにかく止めないと」
やめないかやめないかと輪の中に入っていったウィルは、中心で泡を吹いているミアの肩を揺すった。
「ミアくん、気をしっかりもちたまえ!」
放心状態のミアを抱えて揺するが、魂が抜けており反応がなかった。
しかし反対に、ウィルのことをミアの知り合いと見るや、取り囲んだ子供たちはターゲットを変え、一斉にウィルへと群がった。
「おいジジイ、お前ミアの知り合いか。だったらお前でいいや、飯食わせろ!」
「め、飯……? いやその前に、キミたち、今この僕のことをジジイと呼ばなかったかい。あのねぇ、僕はまだピチピチの18で断じてジジイでは――」
「いいから飯食わせろ、飯ぃ!」
ロイがウィルに飛び蹴りを食らわせたところで、仲間も一斉に攻撃を開始した。
「か、顔だけは蹴らないでぇ!」と叫ぶ間抜けな姿を遠目に見ていたエミーネは、ハァとため息をついてから、仕方なく止めに入った。
「ちょっとキミたち、いい加減にしなさい。まずは落ち着いて話を聞きなさい!」
タコ殴りにされたウィルが地面に突っ伏す中、たった一声で子供たちを黙らせたエミーネは、手慣れた様子で子供たちを一列に並ばせた。
「何があったか知らないけど、暴力に訴えるのは人として間違ってるわよ。何があったの、ちゃんと話してみなさい」
「メシ! メシ食わせろ!」
子供たちの主張とランドの状況、そしてボロボロの従業員を一頻り確認したエミーネは、さらに大きくため息をついてから、背負っていた荷物をドスンと置いた。
「仕方ないわね。本当はお土産にするつもりだったけど、みんなで一緒に食べましょう。ほらウィル、さっさと準備準備!」
エミーネが荷物の隙間から『カニ』と『ナニカの肉』を覗かせると、目を輝かせた子供たちが一斉に駆け寄った。とにかく助かったよと砂埃に塗れたウィルは、汗を拭いながらエミーネに礼を言った。
閑散としていたはずの食事処はにわかに活気付き、子供たちの声と誰かの悲鳴が断続的に聞こえてくる異様な空間に変貌した。
簡易の焼き場を設えたミアとウィルは、エミーネが持参した《あのカニ》と《あの肉》を、大きな炎で一気に焼き上げた。
「ちょ、ちょっと、そちらのお肉はまだ焼けてませんよぉ、もう少しお待ち下さい!」
「うるせぇ、肉は俺んだ!」
「はいはい、お肉はまだあるから取り合いは無しよ。ほらウィル、さっさとそっちのお肉も焼いた焼いた!」
「待っておくれよ、僕はまだ身体が万全じゃないんだよぉ」
川べりのバーベキュー状態はしばらく続き、子供たちの胃袋が僅かに満たされた頃、ようやく落ち着きを取り戻した。
満身創痍で腰を叩いたウィルと、何事もなく誤魔化せたつもりで汗を拭ったミアは、走り回る子供たちを眺めながら、ようやく戻ってきた日常に安堵した。
しかし――
『さぁて……、御一行様方。お腹も満たされたようですし、少々わたくしのお仕事にお付き合い願いましょうかね、ヒッヒッヒ』
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