それから幾日かが過ぎた。
相変わらずシンは記憶を失ったままだった…
「珍しいな~。また、洗濯機壊れた?」
店を訪れたのは柊だった。
「いや…晃くんに話があって…」
「…?」
ガレージに場所を移す。
「どうぞ…」
柊の前に麦茶を差し出す。
「話って…?」
湊が切り出す。
「慎太郎とまた一緒に暮らしてるって明日香から聞いて…どうして?」
「あっ…えっと…どうしてって…言われても……」
柊の問に目を泳がせながら湊は答えた。
「明日香がもし慎太郎の様に俺の事忘れたとしたら、俺はきっと以前の様に明日香に接する事ができるか自身がない」
「自身がないのは俺も一緒です。だけど、そんな事どうでもいいって思える位…」
「……」
「あいつの事が大切なんです。一緒に居たいし、一番近くであいつを見ていたい。恥ずかしいけど…やっぱりシンの事……好きだから…」
照れ隠しのように頭を押さえて下を向く。
「……」
柊は少し考え込む。
「…柊くん?」
湊が声を掛けると
「記憶とは案外うわべだけの物なのかもしれないね…」
柊は湊を見てそう言った。
「…どういう意味ですか?」
「晃くんの事ほっとけないって…」
「えっ…?」
「慎太郎が明日香にそう言ったって…覚えている事が記憶の全てではないんだね。きっと眠った記憶の中にこそ真実が隠れているのかもしれない。慎太郎は晃くんの記憶そのものを失ってるわけじゃないから、無意識に。でもきっと今でも晃くんが一番大切なんだと思う」
「…だと嬉しいんですけどね……」
湊は苦笑いをする。
「互いに互いを想い合う気持ちって、俺にはまだ良くわからないけど…慎太郎と晃くんはすごく強い絆で結ばれているんだね」
「…ですかね……」
照れながら湊は頭を掻いた。
「湊さん…?」
「シン!」
学校帰りのシンが顔を出した。
「店覗いたら湊さん居ないから…ガレージの方から話し声聞こえて…柊さん?」
柊はシンの方を向くと軽く会釈をした。
「そろそろ行くね。仕事中に悪かったね」
「いや…」
柊は立ち上がりシンの脇を通り
「慎太郎また塾で…」
そう言って帰って行った。
「何話していたんですか…?」
シンが聞いてくる。
「…えっと……」
湊は言葉を濁した。
話すのを躊躇う湊にシンは
「湊さん。帰りましょう」
「おぅ…」
帰り道。
湊とシンは並んで歩いていた。
暫く歩いていると自然に… どちらかという訳でもなく引き寄せられるように… 互いの手を繋いだ…
「湊さん…」
片付けをしている湊の背後からシンが声をかけてきた。
「後は俺がやっておくから……」
シンにそう言うと湊は洗い物をしようと流し台に立ったが、真後ろでシンが止まった。
「シン…?」
シンは湊を後ろから抱きしめた 。
「…おぃ……」
「さっき…柊さんと2人きりでいるのすっげーイヤだった…」
「柊くんは明日香の恋人だろ…なんもねーよ…」
「柊さんが、とかじゃなくて…あんたが誰かと2人でいるのを見るのが…」
「嫉妬か〜笑。記憶がなくてもブレねーな笑」
「……」
「…どうした?」
「湊さん…キスしたい」
「えっ!?」
「俺達付き合ってるんですよね…?」
「……」
「観覧車(あのとき)俺達何もないって言ってたけど…キスもしてなかったんですか?」
「…それは……」
「俺はあんたにもっと触れたいし、もっと知りたい。前の俺がどんな風にあんたに接していたか知らないけど、今の俺はあんたを独り占めしたい…」
湊の肩を掴んで自分の方に向ける。
「ずっと我慢しようとしてたけど…限界だ…」
シンは湊の頬に触れた。
「ダメですか……」
シンの表情があまりにも寂しそうで…湊の方からシンに口づける。
「…!?」
予期せぬ湊の行動にシンは驚きの表情をする。
「お前が俺を避けたから…もしかしたらお前は嫌なんじゃないかと思ってた…」
「避けてないです!それに嫌なわけないじゃないですか!」
「…だったら…」
湊はシンの肩を掴む。
「だったらなんで逃げた?!」
「逃げてなんか…」
「逃げただろっ!お前がこの家に戻ったあの夜。眠れねーって言って部屋来たくせにさっさと逃げたじゃねーかっ!」
「あれはっ!!」
「さすがにあれはちょっと凹んだぞ…」
「……」
「……」
「……あんたを性の対象で見てしまったから…」
「…えっ……」
「あんたに欲情したんだ…」
「……」
「あのまま一緒にいたら俺はあんたを襲ってしまいそうで…自分が怖かった…」
「……シン」
「あんたを抱きたい…だけど…今の俺じゃあんたが苦しむだろうから…」
「なに言ってんだ…前も今も同じだろっ。俺にとっては同じシンだし、同じ位大切な恋人だよ」
「………ありがとう湊さん…でもこれ以上はやっぱりやめておきます」
「…なんで?」
「記憶が戻らなくても良いって甘えてしまいそうだから」
「俺はお前の記憶が戻らなくても大丈夫って…」
「じゃあどうして時々寂しそうに俺の事見るの?」
湊はハッとした。
見透かされていた…
「あんたは俺を見ながら、前の俺を探してる…どんなに頑張っても今の俺じゃ前の俺には勝てないって事ですか?」
「そんな事!」
「ないって言い切れます?」
「……」
「すみません…追い詰めるつもりはないんです。悪いのは全部俺だから…」
「シンっ!…」
「俺、先に寝ますね…」
部屋に戻るシンの背中はひどく淋しげだった…
【あとがき】
書きたい事が溢れて夢中になって書いてしまいました…
ここまではどうしても書きたかった話。ですが、この先はまだ迷走中です…
もう少し続くかな…
最後までお楽しみ頂けたら嬉しいです。
次回作で、またお会いできますように…
月乃水萌
コメント
7件
めっちゃ良かったです😊 続きが楽しみです!(∩>ω<∩) 頑張って下さい! 応援してます!(p^o^)p