テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◆ 最終章 それでも夢を見上げて 季節が少しだけ進んだ頃。
遥はいつものように学校からの帰り道を歩いていた。
夕方の空は淡い薄紫。
太陽が沈む直前の光が、街を優しく照らしている。
(この時間……ユメトが好きそうだな)
ふと、そんなことを思った。
ユメトと過ごした日々は、夢みたいに短かった。
現実に落ちてきたときの驚き。
消えていく身体。
そして最後の別れ。
どれも胸に刺さったままだけど、痛みだけじゃない。
大事な思い出として、遥の中に生きている。
● 空を見上げる癖
家に着く頃には、薄紫の空が群青へと変わり始めていた。
遥はバッグを置くより先に、ベランダへ出て空を仰ぐ。
ユメトと過ごした夢の世界――
飛んで、笑って、未来なんて何も考えずに遊んだ場所。
あれは夢だったのか。
現実だったのか。
答えなんて誰にも分からない。
でも、遥にとってはどちらでもよかった。
(ユメトは、確かに俺の人生に来てくれた)
それがすべてだった。
● ユメトが残したもの
ふと、ポケットの中から紙が出てきた。
――ユメトが現実に落ちた日の夜、
震える手で書き残してくれたメモ。
『はるか、げんじつはこわくないよ
きみのおかげで ぼくは こわくなかったから
はるかも だいじょうぶだよ』
子どもみたいな字。
震えて、かすれて、それでも精一杯のメッセージ。
「……ユメト。お前、本当に人の心を持ってったまま帰るなよ」
けど、涙は出なかった。
泣き尽くしたからじゃない。
ユメトの言葉が、ちゃんと遥を支えているから。
● 夜の静けさの中で
寝る準備をして、布団に入る。
天井の暗がりを見上げながら、遥は思う。
(夢の世界にはもう行けない。ユメトには会えない)
でも、ユメトがいなくても、夢を見ることはできる。
そして――ユメトもきっと、あの世界で歯を見せて笑っている。
『はるか!またとんだ!みて!』
(うん……見てるよ。ずっと)
遥はそっと目を閉じる。
夢の扉は静かで、もう何も起きない。
けれどその静けさが、今は心地よかった。
● エピローグ
次の日の朝。
遥は学校へ向かう道を歩きながら、空を見上げた。
どこまでも続く青。
(俺は……今日もちゃんと生きるよ)
ユメトが教えてくれたように。
ユメトが背中を押してくれたように。
そして、自分の道を、胸を張って歩けるように。
遥の歩幅は、昨日よりほんの少しだけ大きい。
夢の世界に住む少年と出会ったその日から――
遥の世界はゆっくり、でも確かに変わり始めていた。