浴衣の端を唇に押し当てたまま、若井は膝をついていた。
果てたあとの鼓動が、まだ耳の奥で高鳴っている。
火照る身体に絡むのは、己の体液と、元貴の匂い。
 それを混ぜながら自分で満たされたというのに、胸の奥がまだざわついていた。
 
 
 ――足りない。いや、違う。
もっと、本物を欲している。
 触れたい、舐めたい、聞きたい、感じたい。
全部、元貴で、埋め尽くしたい。
 
 
 
 (……なに考えてんだよ、俺……)
 
 
 
 額に汗が滲む。
そのとき、風呂場の扉の向こうから水の音が止まり、控えめな足音がした。
 
 
 
 「……滉斗?いるの?」
 
 
 
 一瞬、心臓が止まったかと思うほどの緊張が走り、 反射的に逃げるように脱衣所を出る。
 
 
 
 「タオル、ありがとな」
 
 
 
 元貴の声は柔らかく、機嫌が良さそうだった。
 
 
 
 (やばい……あれ絶対、見られる……)
 
 
 
 バスタオルで拭いていると、元貴の手が止まった。
床に落ちた、染みのついた一枚の布に、視線を落とす。
 
 
 
 「……え?」
 
 
 
 しゃがみ込む。手に取る。
それは、さっきまで若井が使っていた、自分の下着だった。
しかも、妙に湿っている。
 
 
 
 「……なにこれ。汗……じゃないよね」
 
 
 
 呟いた元貴の声に、ぞわりと背筋が凍る。
次の瞬間、脱衣所の扉越しにいる若井に、視線を向けるような気配がした。
 
 
 
 「……滉斗? いるよね?」
 
 
 
 ドクン、と心臓が跳ねた。
観念して出ていこうとしたそのとき、元貴が下着をもう一度嗅ぐ。
 
 
 
 「……え、ちょっと待って……まさか……」
 
 
 
 頬が赤くなる。
指先が震えている。
でも、その表情にあるのは、怒りではなく――わずかな興奮と、笑み。
 
 
 
 「……えぇ、そういうこと? ……可愛いじゃん」
 
 
 
 脱衣所の扉がゆっくり開いた。
若井が固まっていると、元貴が手を伸ばして、浴衣の首元を軽く引き寄せる。
 
 
 
 「……滉斗。さっき、なにしてたの?」
 「な、なんもしてないし……」
 「へぇ?」
 
 
 
 顔が近い。
滴る髪の水分が、若井の首筋に落ちてゾクリとした。
 
 
 
 「でもさ……なんか、お前の匂いするんだよね」
 「し、しないって……」
 「ほんとに〜?」
 
 
 
 クンクンと、犬みたいに嗅がれる。
いたずらっぽい笑顔に、もう逃げ場がない。
 元貴は、自分の下着を拾い上げ、若井の前でひらひらと振った。
 
 
 
 「……この匂いは、俺だよね。で、これに混ざってるの……滉斗だよね?」
 「……っ!」
 「ねぇ、正直に言ってよ?」
 
 
 
 囁くように言ったその言葉に、若井は何も返せなかった。
 数秒の沈黙のあと、元貴が小さく笑った。
 
 
 
 「……バレたくないなら、もっと上手に隠しなよ?」
 
 
 
 いたずらな瞳。
けれど、その奥には明確な熱があった。
 元貴は若井の耳元に唇を寄せ、ゆっくりとささやいた。
 
 
 
 「今度は……見てる前でしてあげよっか?」
 
 
 
 一瞬で、世界がひっくり返ったようだった。
視界が、熱と鼓動でぼやけていく。
若井は何も言えず、ただその一言に支配されたまま、目を見開いて立ち尽くしていた。
 ――夏の夜は、まだ終わらない。
 
 
 
 
 
コメント
8件
えぐいいいいあれの続き嬉しすぎます( ; ; )
リクエストしたやつだー!?うれしー✧*。(ˊᗜˋ*)✧*。ツヅキガキニナル(,,꒪꒫꒪,,)
続きが気になります‥!! 汗だくでいたしてしまうのか、、