テラーノベル
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搬入門を開ける。
ただし、境界は越えない。
それがハルとミオの約束だった。
二人が選んだのは、月のない夜だった。
昼間に門を触れば誰かに見つかる。トウマが夜間点検する日も避けた。
ゲンからもらった金属札。小さな工具。ミオが描いた門の図。
それだけを持って、二人は北西へ向かった。
村は静かだった。
遠くで循環設備の低い音がする。
ゴウン……。
「怖い?」
ハルが聞く。
「怖い」
ミオは即答した。
「ハルは?」
「ちょっと」
「嘘」
「かなり」
二人は小さく笑った。
搬入門が闇の中に現れる。昼間よりずっと大きく見えた。
ミオが操作箱を照らす。
「札の図だと、この下」
錆びた蓋を工具でこじる。
硬い。
二人で何度も動かすと、ようやく隙間ができた。
中に円形の差し込み口。
「鍵穴」
ハルが言った。
「でも鍵ない」
ゲンの札には、差し込み口へ何かを入れて回す図がある。
「トウマさんの鍵」
ミオが言う。
「持ってきてない」
「よかった」
「じゃあ終わり?」
「他の方法を探す」
操作箱の側面。下。扉の根元。
やがてミオが、土に埋もれた細いレバーを見つけた。
「これ」
札の端に、小さく同じ形が描かれている。
『補助解除』
「引く?」
「待って。先にここ」
操作箱の内側に小さなつまみがある。
ハルが回す。
カチ。
何も起こらない。
次にレバー。
二人で引く。
動かない。
「固い」
「もっと」
力を込める。
ギッ。
レバーが数センチ動いた。
その瞬間。
門の奥で何かが落ちる音がした。
ガン。
二人は手を離した。
「今の」
「ロック?」
ハルは小扉へ走った。
取っ手を押す。
以前はびくともしなかった。
今日は少し動く。
「ミオ!」
「待って!」
二人で押す。
ギギギ……。
錆びた金属音。
小扉が、指一本分だけ開いた。
隙間から冷たい空気が入る。
ハルは息を止めた。
外だ。
たった数センチ。向こう側は暗く、何も見えない。
でも空気はある。毒の匂いもしない。
「開いた」
ミオの声が震えた。
ハルは隙間へ顔を近づけた。
「もっと押せる」
「約束」
「分かってる」
二人で押す。
十センチ。二十センチ。
そこで止まった。下が土に噛んでいる。
人が通るには狭い。
「これ以上無理」
ハルは肩を入れようとした。
ミオが服を掴む。
「ハル」
「越えないって」
「今、越えようとした」
「見ようとしただけ」
「同じ」
ハルは離れた。
隙間から外を見る。
草。
暗い木々。
そして、地面に一本の灰色の線。
道だった。
「続いてる」
ハルが囁く。
古い舗装路は、門の外へ確かに続いていた。
地図は嘘ではなかった。
「閉めよう」
ミオが言った。
「もう?」
「確認したでしょ」
二人は扉を引き戻した。
重い。
どうにか閉じ、補助レバーを戻す。
ガチャン。
ロックがかかった。
その音とほぼ同時だった。
「何してる!」
怒声が夜を裂いた。
ハルの全身が固まる。
振り向く。
灯りが三つ。
トウマ。
発電担当の男。
そして村の代表、シン。
「父さん」
トウマが駆け寄り、ハルの腕を掴んだ。
「開けたのか!」
「ちょっとだけ」
「外へ出たのか!」
「出てない!」
「本当か!」
「本当!」
トウマの手が震えていた。
怒りではない。恐怖だ。
ミオが前へ出る。
「越えてません。私も見てました」
シンが門を確認する。
「解除した方法は?」
二人は黙った。
「ハル」
父の声。
ハルは金属札を握った。ゲンの名前は出したくない。
「調べた」
「どうやって」
「古い設備を」
「鍵は?」
「使ってない」
トウマが操作箱を見る。
「補助解除か」
シンの顔が険しくなる。
「まだ動いたのか」
その言葉に、ハルは引っかかった。
「知ってたんですか?」
シンは答えない。
「これ、中から開けられるって」
「帰るぞ」
トウマが言う。
「またそれ?」
「今日は話が違う!」
「何が!」
「お前たちは境界を開けた!」
「でも出てない!」
「そういう問題じゃない!」
「じゃあどういう問題だよ!」
ハルの声が響く。
「外が危険だから?」
「そうだ!」
「誰も見たことないのに?」
トウマが黙る。
シンが代わった。
「危険というのは、自分の目で見たものだけを言うんじゃない」
「じゃあ何がいるんですか?」
「昔、外では人が死んだ」
「何で?」
「それをここで話す必要はない」
「なんで!」
シンはハルをまっすぐ見た。
「お前が知りたいからといって、二百五十八人の安全を危険にさらしていい理由にはならない」
ハルは言葉を失った。
二百五十八人。
学校で見た数字。
「俺たちは数センチ開けただけです」
「その数センチから何が入るか、お前に分かるのか?」
分からない。
ハルは答えられなかった。
シンは門を点検する男へ指示した。
「今夜中に補助解除を止めろ」
「待って」
ハルが言う。
「何で止めるんですか?」
「また開けられないようにするためだ」
「外からじゃなくて?」
シンの眉が動く。
「外から入れないようにするんじゃなくて、俺たちが中から開けられないようにするんですよね」
誰も答えない。
ハルの胸が速くなる。
「境界って、外から守るためだけじゃないんじゃないですか?」
トウマが息を呑んだ。
「俺たちが外へ出ないようにするためでもあるんじゃないですか?」
沈黙。
否定してほしかった。
でも誰も言わない。
シンが低く言った。
「子供が勝手に出ないようにすることと、村を守ることは同じだ」
「子供だけ?」
ハルは門を見る。
巨大な扉。内側から自由には開かない。停電しても閉鎖状態を保つ。管理された解除。
「大人も勝手には出られないですよね」
シンは答えなかった。
その沈黙が、答えに思えた。
トウマがハルの肩を掴む。
「帰るぞ」
今度は抵抗しなかった。
村へ戻る道で、ミオが小さく言った。
「仮説」
「うん」
「たぶん、当たってた」
ハルは嬉しくなかった。
境界は外の危険を防ぐために作られた。それは嘘ではない。
でも、それだけでもなかった。
中にいる人間が、自由に外へ出ないため。
その目的も、最初から組み込まれていた。
家に着くと、ユイが玄関で待っていた。
トウマから話を聞き、顔を青くしてハルを抱きしめた。
「本当に出てない?」
「うん」
「よかった」
強く抱かれ、ハルは何も言えなくなった。
父が怒った理由。母が震える理由。分かる。
二人はハルを守りたい。
それも嘘ではない。
だからこそ、余計に分からない。
守ることと、閉じ込めること。
どこから違うのだろう。
しばらくして、トウマが言った。
「ハル」
父の声は疲れていた。
「座れ」
食卓には誰も食事を出していない。ナナはユイに言われ、奥の部屋にいる。
トウマの前には、昼間まで腰に下げていた黒ずんだ鍵が置かれていた。
ハルはその鍵を見る。
「父さん」
「何だ」
「これ、境界の鍵?」
トウマは否定しなかった。
代わりに、長い沈黙のあと言った。
「話さなきゃいけないことがある」
ハルは顔を上げた。
トウマの隣で、ユイも静かに椅子へ座った。
外では、遠く境界の方から低い機械音が聞こえていた。
ゴウン……。
今までと同じ音。
けれどハルには、もう同じ境界には見えなかった。
二人が門を開ける前に決めたことは、もう一つあった。
何か一つでも予定と違えばやめる。
見回りの灯りが見えたらやめる。
工具で壊さなければ動かないならやめる。
異臭がしたら閉める。
ミオが紙に書き、ハルが一つずつ頷いた。
「多くない?」
「少ないくらい」
「外に出ないのに」
「門を開ける時点で十分危ない」
その言葉を、ハルは門の隙間から風が入った瞬間に理解した。
数センチしか開いていない。
なのに、村の空気とは違う匂いがした。
湿った土。
草。
冷たい風。
毒の匂いなど、そもそもハルは知らない。
何をもって安全と判断すればいいのかも分からない。
「ミオ」
「何?」
「俺たち、外が危険じゃないって証明できないな」
「今さら?」
「見れば分かると思ってた」
「数センチじゃ何も分からない」
「全部開けても?」
「たぶん」
その答えは少し悔しかった。
門を開けば、答えがあると思っていた。
実際に見えたのは道だけ。
道の先は暗い。
知らないものは、境界を数センチ開けたくらいでは消えなかった。
だから二人は約束通り閉めた。
トウマたちに見つかったあと、ハルは怒鳴りながらも、そのことを何度も思い出していた。
シンの言葉。
その数センチから何が入るか分かるのか。
分からない。
悔しいが、それは事実だった。
家へ戻る途中、トウマは一度だけ足を止めた。
「ハル」
「何」
「どうして閉めた」
「え?」
「見つかる前に、自分たちで門を閉めただろ」
ハルはミオを見る。
「約束してたから」
「何を」
「開くか確かめるだけ。越えない。確認したら閉める」
父は少し驚いたようだった。
「誰が決めた」
「俺たち」
「そうか」
それだけ言って歩き出す。
ハルには、父がほんの少しだけ安心したように見えた。
家に着き、ユイに抱きしめられたあとも、トウマはすぐ説教を始めなかった。
黒ずんだ鍵を食卓へ置き、しばらく眺めている。
「これ、俺の父親から引き継いだ」
トウマが言った。
ハルは鍵を見る。
「じいちゃんから?」
「ああ。境界と北側設備の保守用だ」
「じいちゃんも外に?」
トウマの表情が固くなる。
「今はその話をしてない」
「じゃあ――」
「危険だと知るのに、自分で全部見る必要はない」
ハルは反論しかけて、やめた。
あの夜のハルなら、すぐに「じゃあ父さんも知らない」と言っただろう。
今は少し違う。
父が何を知り、何を教わり、何を自分で確かめたのか。
そこを分けて聞かなければならない。
「この鍵で搬入門は開く?」
トウマは答えない。
「補助解除があることは知ってた?」
「知っていた」
「なんで使わないの?」
「使う必要がないからだ」
「誰が決めた?」
トウマは息を吐いた。
「ハル」
「責めてるんじゃない」
自分で言って驚いた。
「知りたいだけ」
トウマはしばらく息子を見る。
そして、鍵を握った。
「なら、最初から話さないと分からない」
「何を?」
「この村が、どうして作られたのか」
ユイがナナのいる部屋を確認し、静かに扉を閉めた。
トウマは椅子を引く。
怒っている父ではない。
設備担当としてでもない。
自分が受け取った話を、次の世代へ渡そうとしている顔だった。
ハルは向かいに座った。
門の向こうに道があった。
それだけでは答えにならなかった。
次に必要なのは、壁が作られた時の話だった。
コメント
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うわあああ第10話読み終えた…!😭✨ 最初の門を開ける緊張感がやばかった…「越えない」って約束してるのに、開いた隙間から冷たい空気入ってきた瞬間ゾクッとしたよ…!シンの「その数センチから何が入るか分かるのか」って台詞、重すぎて刺さった。「境界って外から守るためだけじゃないんじゃないですか」ってハルが気づいちゃうシーン、鳥肌立った…そういう壁の二面性、SFミステリーとしてめちゃくちゃ好き…!最後トウマが鍵置いて「村がどうして作られたか」話そうとしてるの、続きが気になりすぎるよ!!次回も待ってます🔥