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誰もがゾンビがもたらすパニックを生き延びるのに必死だった。
俺とゲイリーは幸運にも感染を逃れ、騎士や王族や使用人など、生き残りがごちゃ混ぜになった十数人の一団に加わっていた。
今は地下通路を目指して走っている。
王が反乱に備え、いざというときの避難所を作っていたと聞いた。分厚い扉で外界と遮断されたそこなら、一応の安全が確保されるらしい。
「痛っ!」
王宮の侍女だろうか、走っているさなか、女性が一人転んでしまった。
通路の角から湧き出てきたゾンビが彼女に迫る。
俺は引き返して剣を抜くと、ゾンビの首を跳ねた。
「ご、ごめんなさい」
「振り向くな! 走れ!」
「はっ、はい!」
流れで殿をつとめることになってしまった。一団の中で戦えそうなのは俺とゲイリーの二人だが……ゲイリーは逃げるのに必死で、先頭を駆け抜けている。
「戦えるのは、俺一人か」
幸い、地下通路に入ってしまえば、俺一人でも足止めはできた。
俺が強いという話ではなく、地形が味方してくれただけだ。ゾンビたちは力が強いだけで動きが鈍く、数の有利を生かせない狭い道は苦手らしい。
地下通路を駆け抜けていくと、やがて避難所への扉が目に入った。
「なるほど、あれは破れそうにないな」
避難所に続く鉄の扉はいかにも頑強そうだった。
防護魔法をかけられている気配も感じる。
王が立て籠もるために作られた施設なのだから、当然か。
「早く開けろ! もう時間がない!」
誰かが叫ぶ。扉の施錠を解除できる王族が一団にいたのは助かった。
扉が開き、皆が避難所に入っていく。今度は扉が閉まり始める。
俺はゾンビの足止めに忙しく、まだ扉の向こうに入れていない。
「まって、まだ、あの人が――!」
先ほどの侍女が俺を指して言う。あと十歩、いや七歩くらいか。
問題ない、ギリギリ滑り込める。
――はずだった。
扉の向こうから突風が吹いて、俺は押し戻された。
ゲイリーが風の魔術を使ったのだ。
「ゲイリーッ……お前っ……!」
「悪いな、食料も限られている……能なしのお前は入れられない」
昔は一緒に訓練した仲間。酒も飲んだ。くだらない話もした。
いつからだ。奴が俺を蔑むようになったのは。
ゲイリーは邪悪な笑みを浮かべた。
「生き埋めのおそれがあるから使えなかったが、全員避難できた今ならいいよな?」
ゲイリーが、風と火の混成魔術を発動させた。
地下通路の天井を火の矢が射抜いた。爆発音が鳴る。石と鉄の混ざった瓦礫が一気に視界を埋めた。
衝撃。
それから――俺は意識を失った。
どれくらい経ったのかわからない。
意識が浮かび上がる。
「……ゲイリーの野郎」
呼吸が浅い。
口の中に血の味。
身体を動かそうとして――理解した。
「……嘘だろ」
瓦礫が俺の右脇腹を潰していた。
これは、臓器までぶち抜いている。
「……クソかよ」
遠くでゾンビの声がする。何体か瓦礫の隙間を潜ろうとしている姿が見える。
だが、ここまでたどり着く方法が見つからないらしい。
いまさら関係ないだろう。
奴らが来なくとも、この怪我じゃ俺は助からない。
「……もう、駄目か」
「……もうダメだぁぁぁぁッ!」
俺の声が、半泣きの少女の声と重なった。
ベージュ色のコート姿の少女が一人、瓦礫に腰かけていた。
長い白髪。白磁みたいな肌。薄暗い地下通路の中、きらきらと光っているようにさえ見える。
小ぎれいな彼女の身なりは、瓦礫とゾンビしか見えない視界で、明らかに異質だった。
「……誰だ、お前?」
「私? 私は、そう、落伍者ですね! どうしようもない負け犬です!」
やたらと明るく答えてくる。完全にヤケクソの口調だった。
血だらけの半死人を前に、気後れも哀れみもない。どういう情緒してるんだ、こいつ。
「……意味わかんねえ」
「私だって、意味わかんない!」
少女は拗ねたように喚き散らした。
「だってさあ、もう負けなんですもん! ムリムリムリ、不公平! 私だけレースの難易度爆上がりなんだもん。何なんですか、あのゾンビって奴は? どんだけ刻んでも再生してくんですけど? あんなのどうやって鏖殺するんですか、私がビリで確定じゃないですか!」
レース? 鏖殺? ビリ確定?
ああ、そうか。
今日は“約束の日”。
お前、噂通り、王宮に潜んでたのか。
俺の最期の話し相手が、よりにもよってお前かよ。
「……お前、名前は?」
知っているのに、俺は聞いた。
少女がグスリと涙を飲み込んで答える。
「私はリシェル・カーヴァンクル。初めまして、これから死ぬだけのお兄様」