テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
。 .:・.。.
ある日、ジャスティンは朝方の暗闇の中で目が覚めて、窓の外の光の具合で時間を計った
―4時か5時といった所か―
息が吸えなかった・・・ゾウに肺を踏まれているようないつもの激痛を感じた、発作だということはわかっていた、これが初めてではないし、多少の運があればこれが最後にもならない
今までで一番ひどい発作という訳でもない、今夜、肺を踏んでいるのは赤ん坊のゾウだ・・・とはいえ、発作に慣れただけかもしれない・・・
こんな感じなのかと思った・・・手も顔も動かせなかったが、目だけはなんとか動かせるのに気づいたので、思いっきり目玉を横に動かした
すると隣で寝ている竜馬が見えた、上半身裸の彼は最近では夜中でもすぐに自分の異変に気付けるように、こちら側を向いて寝る癖がついてしまっている
長くて黒い睫と・・・優しさを表している、おちょぼ口が小さく寝息を立てている
―愛しいヤツめ・・・でも、もうさよならの時間が来たみたいだ―
。 .:・.。. .。.:・
ここ数日、血を吐いてまったくベッドから起き上がれなくなっていた自分を見て、たとえ死神だろうとイエスキリストだろうと彼を簡単には殺させないという勢いだった竜馬でも、さすがに今、この瞬間では無理だろう
ジャスティンは幸福だった、病気になったことは悪いことばかりではないと思った、自分は辛い幼少時代を過ごしたが、色んな経験を積んで、知恵や物事を見通す力がつき、達成感や満足感が生まれた
家族や友人への愛情が深まった、そして何より竜馬が自分の腕の中に戻って来た、長いこと求めつづけた宝物を渡された気分だった
しかしこれ以上ここに留まるのは色んな人を不幸にするというものだ・・・もう思い残すことはない、もう潮時だ、そろそろみんなを開放してやらないと
その時ジャスティンの目の前に一人の人物が現れた、ジャスティンはその人物を見てニッコリ笑った
「・・・お待たせ・・・行こうか母さん・・・ 」
。 .:・.。. .。.:・
。 .:・
―じゃあな 竜馬 ―
。 .:・.。.
。 .:・.
チュン・・・チュン・・・「う~~~ん・・・」
竜馬は朝日と雀の鳴く音で目が覚めた、そして大きく伸びをしてあくびをした
「いい朝だなぁ~・・・」
窓の外を見ると快晴を知らせている、眩しさに目をこすって、隣に寝ているジャスティンに話しかけた
「おはよう、ジャスティン・・・良い朝だよ、昨日美味しいって言ってたコーンスープ温めてあげようか?」
眠たげにそう言って、竜馬はジャスティンのゴールドのピアスがついた耳たぶをムニムニして顔を覗いた
「・・・ジャスティン?・・・」
。 .:・.。.
。 .:
44
レンコン 煮付け
61
「ジャスティン・アレン」の葬儀は、飛ぶ鳥を落とす勢いの企業家の葬式という割には、とても質素なものになった
なぜなら生前、彼がそう望んでいたからだ、聖パトリック大聖堂の空気には、祭壇を覆いつくして通路にはみ出した何万本という百合の花の香りが、息苦しいまでに立ち込めていた
特にセドリックが山で積んできた、野生の百合がとてつもない香りを放っていた、贈られてきた花に添えられたカードには、どれも大企業の名前が書かれてあった、告別式に集まって来た幹部団と経営陣は、静かに竜馬にお辞儀をした
式が終わって、後ろで並んでるセドリックを見ると、彼の頬に涙の川が伝っていた、窮屈そうな真新しい喪服は、きっとこの日のためにマミーが用意したのだろう
ヒック・・・「ジャスティン若すぎる・・・」
彼は言った
「あんまりだ」
横にいるマミーがセドリックの背中をうんうんと優しく撫でた
宗一郎は葬儀の参列者らしく、終始むっつりと下をうつむいていた、彼の目にも必死で我慢しているが涙が光っていた
教会のソプラノ歌手が「アベマリア」を声高々に歌っている時、聖堂の背後の両開きの巨大な扉が開かれた
棺の担ぎ手は真正面にセドリック (本当は彼一人で楽々と担げるのだが) その右後ろに竜馬、左後ろは宗一郎だった
そして、その後にドロシーを抱いたウェンディ、夫のフランク、セドリックマミー、看護師や秘書のパク・ソジュン、副社長のロレックス・シャンペーンが続いた
その他、会衆席には、アンディ・ビームスやタトゥー彫師のロックハウンドもいた
ジャスティンを入れた美しいローズウッドの棺が外に出ると、ちらほらと小雨が降っていた
その小雨は無言でとめどなく涙を流す・・・・竜馬の肩に
優しく降り落ちた
。 .:・.。. .。.
。 .:・.。.
人生にはさまざまな様相があるが「愛しい人の死」も避けて通れないモノだった
一つだけ言えるのは、全ては偶然ではなく必然だということだ、竜馬は若くして愛するジャスティンを失うという苦悩を味わった、しかし数か月たった今、周りの支えがあって、それを一見、彼は乗り越えようとしていた
なぜなら以前のように、突然ジャスティンが自分の目の前から消えてなくなった訳ではなく、今回はジャスティンの死を二人で受け止め、宝物のような日々を過ごせたからだ
そして竜馬も宗一郎もまだ若く、頭脳明晰で、創造性に富み、慎重でタフだった
二人はジャスティンが残してくれた企業買収という仕事に全精力を注いだ、どちらも自分を柔軟に変え、時には取引相手にわざと見くびらせておいて、それを逆手に利用することもできた
さらに浜田宗一郎は直感が鋭く、竜馬の良き参謀として算術に長け、見込みを立てる能力に秀で、亡きジャスティンと立てた将来展望をまさに今実行する時だと言った
そして、そこからさらに1年が経った今、その日が来た
宗一郎と竜馬が着るスーツは完璧な仕上がりだった、そのオーダーメイドのスーツ屋は、ジャスティンの贔屓の店で、二人は垢抜け、髪を綺麗に整え、歯は大統領顔負けの真っ白だった、今や二人は投資業界コンサル業界の花形スターだった
街のいたるところで開発業者達が、どうやってコンサル業界の新星の竜馬と宗一郎に土地を売ろうかと策を練っていた、彼らがそこにビルを建ててくれれば、その土地の周辺の価値が上がり、自分達が儲かることを示していたからだ
。 .:・.。. .。.:・
【二年後】
二人はシカゴのとあるビルのエレベーターに乗って、ガラス越しの外の景色を見ていた
「準備はいいか?」
宗一郎の問いに竜馬は笑って言った
「今夜は食事をするだけだ、そうだろう?」
風邪気味の宗一郎はティッシュで鼻をかんだ
「もちろん、ただの食事だ、日本から20時間もかけて商社企業団が食事をしにやってきてるんだ、生きて帰れたら儲けもんさ 」
と宗一郎はさらに言う
「心配するな宗一郎」
竜馬が笑った
「すべてうまくいくさ、これからやろうとしていることは、前例が無い、不可能を可能にしようとしているんだ、間もなくそれを成し遂げる 」
竜馬は宗一郎の肩に回した手に、力を込めてギュッと握った、かつてジャスティンが人に頼み事をする時に、そうしたように親しみを込めて
竜馬と宗一郎は会食会場のドアを開けた、そこには日本の大企業団と、投資ファンド会社の重鎮数十人がいた、彼らは宗一郎と竜馬の姿を見るなり一斉に立ち上がり、その名を口々に言い笑いながら全員二人に握手を求めてきた
竜馬は目の前の新しい社名のねじれた輪のロゴが描かれた垂れ幕を見上げた
その横にはこの社名の由来や付けられた時の 「創業者精神・理念・志し・目指すべき目標・ 社会との関わり」 といったものが書かれていた 竜馬はそれを見て考案者の事を思い出してフッと微笑んだ
。 .:・.。.
「(メビウスの輪)は捻りがあることで表裏の区別ができない連続面となる、それは永遠に続くという意味があるんだ 」
ジャスティンはベッドの上で細長い紙の端と端を捻りながらくっつけた
「へぇ~・・・それを社名にするの? 」
竜馬がサインペンをもってジャスティンに言った
「メビウスの輪は ”無限の可能性”を意味することから、途切れることの無いその形が ”永遠” を象徴する・・・竜馬・・・お前の会社も成長し、そしてまた初心に還りを繰り返し・・・また無限に成長していくんだ」
竜馬がねじれた輪のイラストをペンで一生懸命描く
「ロゴはこんな感じでいいかな?」
「下手くそだな 」
ジャスティンが笑った
「デザイン案だよ・・・絵は苦手なんだ 」
竜馬が唇を尖らせて言った
「新しい会社の新社名は「 メビウス・ホールディングス」 」
ジャスティンは完成予定のメビウスタワー・オフィスビルの模型を手に取って眺めて言った
「新天地はJapanだ」
。 .:・.。. .。.
【日本・関西】
パパーッ・・・
。 .:・.。.
パーッ・・・・
大阪は御堂筋・・・広大に広い土地に鉄の策が動物園の檻のように取り付けられ、中がまったく見えないようにされている
忙しくトラックが行きかう出入口に建設地を公告する看板が掲げられている、看板には「高級分譲マンション30階~40階」 ~202〇年6月販売開始~ と書かれていた
「どうしたのぉ~??ジェニ!」
神崎広告代理店企画「森本藤子」が紙袋いっぱいに試供品を抱えて、看板をじっと睨んでいるジェニに言った
「ねぇ、この場所ずっと工事してるけど、ここにビルが出来たら路上駐車できないから困るなぁ~って思って!これ商業施設が出来るのかな? 」
ピンクのポンポンのついたマフラーをぐるぐる巻きにして口元を隠し、神崎ジェニが大きな茶色い瞳で看板のねじれた輪のロゴと、そびえ立つ工事中のビルを交互に見る
「ん~?どれどれ?」
素早く藤子がスマホを片手に調べ出す
「(メビウスタワー・オフィスビル)ですって! あら!商業施設じゃないわ! オフィスビルよ!でも30階から上が住居で1階は・・・メディカル施設に・・・やった!スタバが入るみたい!!」
藤子の顔に笑みが広がった
「そんなにスタバが嬉しい?」
そっけなくジェニが言った
「だって神崎のオフィス周辺は工場地帯でしょ? おしゃれなカフェなんかないもの、私憧れなの!仕事が終わったらおしゃれなカフェで一息つくのよ 」
「どっちみち、うちの会社からここは遠いから来ないわよ! 」
「それもそうね! あっ!ちょっと!あなたの鈴木君駐禁されかけてない?」
「え? 」
二人が視線を向けると、すぐ前の道路に停めてあるジェニの水色のラパン(愛称鈴木君)を囲んで、大阪府警の制服を着た警官が二人ナンバープレートを調べている
ジェニが走り出した、ピンクのマフラーのポンポンが走りに合わせて、飛び跳ねている
「キャー!!待ってくださーい すぐどきますからー!! 」
「ちょっと!ジェニ! 半分持ってよぉ~~~ 」
藤子も叫びながら、サンプルがどっさり入った紙袋を抱えて走り出した
カチッ・・・
。 .:・.。
―ジェニと竜馬が遭遇するまで、後1000日―
。 .:・.。. .
コメント
1件
わあ……読了しても余韻がなかなか消えません。ジャスティンの最期、静かに母を迎えるあの場面、めちゃくちゃ胸にきました。それでいて葬儀後の竜馬たちが遺志を継いで「メビウス・ホールディングス」として動き出す流れが、未来への希望も感じさせて。ねじれた輪のロゴに込めた「無限の可能性」のエピソードが、今の彼らを支えてるようでぐっときました。そして最後の「後1000日」……次の出会いがもう楽しみです。