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『青空の向こうへ』
私の世界の天井は、いつも白かった。
生まれつき心臓が弱く、いつ動かなくなってもおかしくないと言われて育った。学校に行くこともできず、白黒の退屈な毎日をただ消費していくだけ。
そんな私の病室に、ある日、文字通り「雲」に乗ってやってきた少年がいた。
「よお! 今日も良い天気だな!」
窓からひょっこりと顔を出したのは、雄英高校ヒーロー科の制服を着た白雲朧くん。
彼とは数年前、この病院の小児科のプレイルームで出会った。当時はまだお互い幼くて、彼は自分の“個性”である雲をクッション代わりにして、よく私を笑わせてくれたものだ。
高校生になった彼は、相変わらず真っ直ぐで、太陽みたいに明るい。
「ほら、お土産! 途中の売店で見つけた、限定のイチゴ牛乳!」
「ありがとう、白雲くん。でも、また窓から入ってきたの? 看護師さんに怒られちゃうよ」
「へへ、だってそっちの方が早いだろ?」
白雲くんは頭の後ろで手を組み、豪快に笑った。
彼はいつも、自分の学校のことや、親友の消太くん、ひざしくんの話をたくさん聞かせてくれた。
「消太はさ、いっつもジト目で見つめてくるんだぜ? でも、根はめちゃくちゃ良い奴なんだ。今度三人でここに見舞いに来たいな」
「……うん、楽しみに待ってるね」
私は微笑むけれど、胸の奥は少しだけチクリと痛む。
白雲くんは、誰かを救うヒーローになるために、前だけを向いて走っている。なのに私は、自分の命を繋ぎ止めるだけで精一杯だ。
「なぁ」
ふいに、白雲くんが私のベッドの端に腰掛けた。ゴーグルを頭に上げ、その澄んだ瞳で私をじっと見つめる。
「お前さ、たまに遠くを見てるよな。……置いていかれる、なんて思うなよ?」
「え……?」
「俺さ、決めてるんだ。お前がいつかこの病院を出られたら、俺の作った一番おっきい雲に乗せて、世界中を飛び回るんだって。だから、絶対に諦めるなよ」
大きな、温かい手が私の頭を優しく撫でる。
その言葉が嬉しくて、私は静かに涙をこぼした。
――けれど、無情なカウントダウンは、私たちの約束を待ってはくれなかった。
季節が変わり、私の容体は急速に悪化していった。
自分の身体がもう限界を迎えているのが、感覚で分かった。呼吸をするたびに、命が指の隙間からこぼれ落ちていくような恐怖。
激しい嵐の夜だった。
私の心電図が不規則な音を立て、意識が闇に溶けそうになっていた時。
「――っ、はぁ、はぁ……!」
ずぶ濡れのまま、息を切らせて病室に飛び込んできたのは、白雲くんだった。
インターンや授業で忙しいはずなのに、連絡を聞いて駆けつけてくれたのだろう。
「白雲、くん……」
「喋るな……! 待ってろ、今、雲を……」
彼は震える手で、私の身体を包み込むように小さな雲を差し出そうとした。彼の“個性”にそんな癒しの力はないのに、それでも、少しでも私の苦痛を和らげようと必死だった。
「ごめんね……せっかく、見舞いに来てくれたのに……」
「謝るなよ! お前さ、まだ俺の雲に乗ってねえだろ!? 宇宙まで行くって約束したじゃんか……!」
白雲くんの目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
いつも誰かを励まし、笑顔にしていた彼が、今は子供のように泣きじゃくっている。その姿を見るのが、何よりも辛かった。
「白雲くん。私ね、あなたに会えて……白雲くんがくれたたくさんの言葉で、ずっと幸せだったよ」
「嫌だ、行くな……! 救わせてくれよ……っ!」
私の視界が、ゆっくりと白んでいく。
最後に見えたのは、私のために泣いてくれる、世界で一番優しくて、かっこいいヒーローの姿だった。
「大好き、だよ。……私の、最高のヒーロー……」
手を伸ばして、彼の頬の涙を拭おうとしたけれど、その前に私の手から完全に力が抜けた。
ピッ――という、冷たい機械の音が病室に響き渡る。
「……なぁ、嘘だろ。目を開けてくれよ……!」
白雲くんの叫び声が、遠ざかる意識の向こう側で小さくなっていく。
彼は私の冷たくなっていく手を強く握りしめ、何度も、何度も名前を呼び続けた。
翌朝、夜通し荒れていた嵐は去り、窓の外にはどこまでも澄み切った青空が広がっていた。
まるで、彼女を優しく迎え入れるかのように、白い雲がぽつりと浮かんでいた。
コメント
3件
うわあ……切ない。すごく好きです。病室の白い天井と、窓から入ってくる白雲くんのギャップが鮮やかでした。最後、彼が泣きながら「救わせてくれ」って叫ぶところ、胸が詰まりました。自分の非力さを痛感しながらも、それでも手を差し伸べずにはいられない、彼のヒーローとしての本質がそこにある。反対に、主人公が「あなたの言葉でずっと幸せだった」と言って旅立つ潔さも美しかった。雲のモチーフが一貫していて、読み終えた後に青空が沁みました。良い話をありがとうございます。