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もう一冊は、洋書のアンティークで、「先ほどのは割りと新しい書籍なんだが、こちらは海外のレトロな広告を扱った、古いアート集なんだ」と、彼が教えてくれた。
「海外の広告アートですか、楽しそうですね」
自分でもやや仕事を連想しがちだったさっきの本とは異なり、単純な好奇心が湧く。
「ああ、見てみるか?」
「はい!」と、わくわくして返事をした後で、そういえば……と思い出したことがあり、ふと口を開いた。
「……貴仁さんて、もうメガネは掛けられないんですか?」
「メガネ?」と、彼が首を傾げる。
読書とメガネがセットで浮かんでのことだったのだけれど、彼からしてみればいかにも唐突だったよねと感じる。
「えっと……最近は、メガネ姿をあんまり見かけないかなって、ちょっと思ったものだから……」
わけを言いつくろいながら、なんでその場の思いつきをつい口に出しちゃったんだろうと、無性に気恥ずかしくなってくる。
「メガネを、してほしくて?」
そうストレートに尋ねられて、「そ、それは、そのー……」と、ぼそぼそと口ごもった。
「メガネは元々ダテだから、仕事以外ではあまり掛けないかな」
「そう、ですよね……」──メガネは仕事で圧をかけるための演出だって以前に聞いていたし、本を読むからってやっぱりしないよね……。
「ただ君が望むなら、掛けるが?」
「エッ?」と、あからさまに色めき立つ私に、彼がデスクの引出しからメガネを取り出す。
「……私のメガネ姿が、好きなのか?」
そのセリフに、かつてレセプションパーティーに向かうリムジンの中で、ぎこちなく交わした会話がにわかに呼び覚まされた。
あの時は上手く言えなかったけれど、今ならきっと言えるよね……と、意を決して口を開いてみたものの、
「……す、好きです、あの……とってもステキで、そ、それにカッコよくて……」
前とたいして代わり映えのしない、しどろもどろな口調になってしまった。
「君が、そう言ってくれるなら」
彼がフッと笑って、銀フレームのメガネを掛ける。
「……似合うか?」
レンズ越しに顔が覗き込まれると、裸眼よりもさらにドキドキとさせられる。
「すごく、似合っていて……」
「……ありがとう。嬉しい」
耳元の髪をそっと指で掬われて、そう囁やきかけられると、耳たぶがぼっと熱くなるのを感じた。