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続編
Come back here again
ーそれからの俺たちー
季節が、ひとつ巡った。
街の瓦礫は少しずつ片づけられ、壊れた基地の屋上には、また風が吹いていた。
保科宗四郎は、ゆっくりと歩いていた。
包帯はもう取れている。けれど、右腕はまだ完全には動かない。
それでも、前を見据える瞳だけは、あの頃と変わらなかった。
病棟を出ると、夕焼けが街を染めていた。
赤く、眩しく、少し切ない色。
鳴海が待っている――そう思うと、自然と足がそちらへ向かう。
屋上に着くと、そこにはいつものように鳴海弦が立っていた。
風にコートが揺れ、夕陽の光が髪を透かしている。
「……やっと来たな。」
鳴海の声は、少し震えていた。
振り返るその瞳に、幾度もの夜を越えた痛みと、深い安堵が滲んでいた。
「リハビリサボってんじゃねぇだろうな。」
保科はふっと笑った。
「真面目にやっとる。お前ほど無茶はせん。」
その言葉に、鳴海は少しだけ肩の力を抜いた。
沈黙が流れる。
けれど、もう気まずくはなかった。
風が吹いて、二人の間の距離を撫でる。
かつて最後に言葉を交わしたこの場所。
今は、どこか優しい匂いがした。
「なぁ、弦。」
「ん?」
「……生きてて、よかったな。」
その一言に、鳴海は小さく息を飲んだ。
何かを言おうとして、言葉が喉で詰まる。
気づけば、保科の肩に手を伸ばしていた。
「バカ……もう二度と、置いてくな。」
「……すまん。」
短い謝罪が、静かに夜へ溶けた。
次の瞬間、鳴海は保科を抱きしめた。
力を込めすぎて、少し痛いほどに。
それでも保科は、何も言わずにその胸に顔を埋めた。
しばらくの沈黙。
遠くで警備隊のサイレンが鳴っている。
それが、もう恐怖ではなく「日常の音」に戻っていた。
「また、ここで待っとってくれますか。」
保科が小さく呟く。
鳴海は腕の中で笑って、答えた。
「……ああ。何度でも帰ってこい。」
「その時も……迎えてくれるか。」
「決まってんだろ。」
鳴海は保科の髪を撫で、ゆっくりと離れた。
夕陽が沈み、街の光がひとつずつ灯り始める。
ふたりの影が並び、伸びて、重なった。
「宗四郎。」
「なんや。」
「……おかえり。」
保科は笑った。
「ただいま。」
その言葉に、鳴海は初めて、心の底から息をついた。
長かった冬が終わり、ようやく春が来たような気がした。
夜風が静かに吹く。
ふたりの視線の先、空にはひときわ明るい星が瞬いていた。
この世界がどれだけ壊れても――
帰る場所がひとつあれば、人は何度でも立ち上がれる。
鳴海は煙草を取り出して、火をつけようとしてやめた。
代わりに、保科の手をもう一度握った。
「もう、火なんかいらねぇな。」
保科は微笑んで、頷いた。
「……ええ。もう十分、あったかい。」
そしてふたりは、沈む光の中で並んで立ち続けた。
言葉はいらなかった。
ただ、その手の温もりが――すべてだった。
ー完ー