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~あてんしょん~
こちらwrwrd!様の名前を使った二次創作になっております。
本人様にはまったく関係ございません。
では、どうぞ
『じゃーな大先生』
「おま、」
彼の手を掴もうと出した手はただ宙を切り――――
そこにあったのは見慣れた自分の部屋と、天井に向かって伸ばされた手だけだった。
もうすでに空は明るくなっているようで、
夏の日差しがカーテンの隙間から差し込んでいる。
時刻は7:08
遅刻というわけではないが、いつもよりかなり遅い。
急いで布団から出て、流れるように準備をする。
どたどたと階段を駆け下りると、
優雅にテレビを見ながらコーヒーを飲む母親がいた。
優雅にとは言ったものの下ネタ満載のアニメを見ていたので
別にそこまで優雅でもないかもしれないが。
似非優雅の母親は慌てて玄関に向かう鬱に気づいたらしく
「あんた行ってきますくらい言いなさいよ‼」
「うっせぇ似非優雅‼」
「だれが似非優雅や!」
口うるさい母親の怒声を背中に浴びつつ外に出ると、
夢に出てきたあいつがスマホをいじって待っていた。
彼は鬱の存在に気づくとスマホをいじる手を止め、こちらに向かって手を振ってくる。
「おはよ大先生」
「今日も早いなぁしゃおちゃんは」
「いやお前が遅いねん」
シャオロンは持っていたスマホをしまい、歩き出そうとした。が、
「あ、待ってあの子かわいい。すみませーん」
「おいお前‼どこいくねん‼」
シャオロンはため息をつき、
朝っぱらからJCにナンパを始める鬱の首根っこを掴んで
あろうことか彼のことを引きずり始めた。
「まってしゃおちゃんっ‼くびっ‼首しまっちゃうから‼」
鬱が慌てて止めると、シャオロンは掴んでいた手を離し
「じゃぁさっさと歩けや!また遅刻すんぞ!」
「はいすみませんッ‼」
鬱は思わず敬礼した。
「おわっだあ゙ぁ゛ぁ……」
長かった授業がおわり、思いきり伸びをしそのまま机に突っ伏す。
「じじいかてめぇは」
近づいてきたシャオロンは若干馬鹿にしたように笑った。
机に張り付いたままの鬱は
そんな彼を見てにやりと笑い、
「なんやシャオロン。僕んとこなんか来て僕のこと好きなん?」
そう、からかいのつもりで言ってみたのだが
シャオロンは意外と真剣な顔つきで、
「す……そうかもしれへん……」
「え」
思っていた反応と違く、鬱は口を開けたままフリーズする。
「ま、まじで?しゃおちゃん…?好きなん……?僕のこと。」
正直シャオロンは女みたいなビジュアルをしているし、まぁいけなくはないが……。
そして当のシャオロンはというと、俯いて体を震わせている。
「す、」
「す…?」
聞き返すと彼は勢い良く顔を上げ、
「好きって!冗談にきまっとーやろ!あほなんちゃう?」
そういい、ツボに入ったのか一人腹を抱えて笑っていた。
鬱は一瞬呆然としたが、すぐに自分が勝手に勘違いしてたことに気づき、再び机に突っ伏す。
それを見てすかさず、
「お?お?どーした?何や俺が本気で言ったと思ったん?がちであほやんけ!」
けらけらと笑いながら煽るシャオロンの声が聞こえる。
肩をバシバシと叩いてきて地味に痛い。
「オラオラなんかいえってぇー」
正直人がいなくなるまで机にへばりついていたいが、
このまま突っ伏してても何も変わらないのでもう開き直り
思い切って立ち上がる。
シャオロンは鬱が立ち上がったことによってぶつかりそうになったのか、
「わ、びっくりした。急に動くなや危ないやろ」
という文句が聞こえてきたが無視して鞄をもつ。
「ちょ…、無視すんなやお前」
シャオロンも急いで机にかけられている鞄を背負い、下駄箱に向かう鬱を追いかける。
「おい、おいって。聞こえてるやろ!無視すんなって」
ちらりと、声の方向を見ると
不服そうな顔をしたシャオロンが頬を膨らませていた。
その辺の有象無象なら全てを許してしまうような可愛らしい表情だが、
プレイボーイ鬱はその程度では動じない。
話しかけ続けるシャオロンを無視し、靴を履く。
「ちょぉ……、なぁ悪かったってぇ…」
情けなく肩を揺すってくる彼が少し可哀想になってきたが、
今までの仕返しだと思い、無視を貫き通す。
「ねぇぇ大先生ぇ…無視すんなってぇ……俺が悪かったからさぁ」
無視
「大先生ぇぇぇぇ……」
もう流石に可哀想になったのでやめてあげた。
文句を言いながら殴ってくるシャオロンを宥めてると、
彼はぼそりと、何かを言った。
声が小さくてよく聞き取れなかったが、
後になって思い返してみるとそれは
「最後だったのにな、」
そう言っていた気がした。
「てかなんでお前ついてくるん…」
女の子と帰りたいといわんばかりの表情の鬱は、
平然と横を歩くシャオロンに対し、10分程前から思っていた疑問をぶつけた。
「えーやろ別に」
「えー…他の奴らに一緒に帰ろう言われてたん断ってまで僕についてこんでもええやろ」
「陽キャの考えは理解できないわぁ」と、付け加えると彼は不服そうに、
「なんやお前。俺と帰んのいやなん?」
「いやそういうわけちゃうけどさぁ……」
「まぁええやろ。俺はお前と帰りたいねん」
このセリフを言ったのがシャオカスではなく、
可愛い女の子だったらよかったのになぁと鬱は思った。
人通りが多めの道を抜け、見晴らしの良い海沿いの道に来ると
シャオロンは日差しから顔を守るようなポーズをし、ガードレールから身を乗り出した。
「うっわきれーやなぁ」
「いつも見てるやろ海なんか」
「それはそうやけどさぁ、なんかやっぱいいよな。空も海も」
微笑んで海を見るシャオロンにつられて鬱も身を乗り出しそちら側を見る。
夏の海は日差しを受けキラキラと輝いており、宝石でも入っているのかと思うほどだった。
「んーやっぱ俺夏が一番好きやなぁ」
「えー…夏なんて暑いだけやん」
鬱がシャツをパタパタさせながら言うと、
シャオロンは「わかってねーなぁ」といって笑った。
鬱も、そんな彼につられて微笑を浮かべた。
刹那
「大先生ッ‼」
浮遊感
焦ったようなあいつの表情
落ちた。
そう理解するのにそこまで時間はかからなかった。
バランスを崩したか、はたまた誰かに押されたのか
下は海。
地面に激突して死ぬことはないだろうけれど、陸に上がれるところがないので恐らく溺死するだろう。
シャオロンは必死に手を伸ばしているが、もうすでに届く距離でもない。
死ぬ。
今まで実感がわかなかったがいざこうなってみるとよくわかる。
だが正直別に悲壮感や、まだ生きたいという気持ちも驚くほど何もないので、
シャオロンには申し訳ないなと思いつつ目を閉じる、
すると
腕をつかまれる感覚
続いてちゃぽん、と
軽いものが水に落ちたような音が聞こえ、鬱は目を開けると
「シャオロン………?」
目の前に息を切らした彼。
そして落下していたはずの自分の体は、
先ほどまでいた道路に、何事もなかったかのように存在していた。
「…は、えなん――」
「俺な、」
「しって、てん……こうなるん…」
遮るように入ってきた彼の声
その声は途切れ途切れで、
「おま、大丈夫かよっ⁉知ってたって…てかそもそもなんで僕ここにおるん……僕…俺、落ち…て」
思いつく疑問をとりあえず全てシャオロンにぶつけると、
質問とは全然違う回答が帰ってきた。
「…大先生……天使ってわかるやんな」
「は?天使…神話とかに出てくる…」
シャオロンはこくりと頷く。
「俺それ…やねん」
「お前何言って……」
こんな時にまでなに冗談を言っているのか
「いいから…!一旦話すのやめ――」
鬱は思わず息を呑んだ。
シャオロンの背中に
純白の翼が生えてるように見えたから
見間違いかと思った。
いや、見間違いであってほしかった。
だってそれはとても―――
「天使っちゅーのはな、」
思考を遮るように、翼を生やした天使の少年は口を開く。
「今の……この世界で言う死神…と仕事が似てるねんな、」
「死神って人間の魂を刈り取る髑髏の……」
「あー…ちょっとちゃうな。正確には…魂を回収して正しく天界に連れていく…って感じやな。
天使は自分の担当の魂の近くで生活して、仕事が終わったら天界に戻って、っていうのを繰り返してん」
「連れていく……って…え、じゃぁそれが…」
「そう、お前」
天使の少年は人間の少年を指さした。
「で、でも僕生きて…て」
人間の少年は、はっと天使の少年の顔を見た。
「そっか……そうやんお前飛べるんやもんな……」
「目…つぶってたもんな、快適フライトすぎて気づかんかったやろ?」
天使の少年はにしし、と子供のように笑い言った。
「あ…で、でもお前天使…?の仕事は…」
基本普通の仕事では、仕事をちゃんとやらねば怒られたり減給されたり、
まぁそれなりの罰がある。
天使はホワイト企業なんだよとかだったら別だが、
魂を回収しそこねたなんて、天使にとって恐らく重大なミスだ。
きっとなんらかの罰があるだろう。
「あぁそれな、」
少年はゆらりと立ち上がり、ガードレールに足をかけた。
「………………お前なにやってるん…いくら飛べるからって」
人間の少年が、天使の少年の手をつかむと、
天使の少年は背を向けたままに、
「俺はいかなあかんねん」
そうポツリとこぼした。
いかなあかん
それをどういう意味で言ったのかはわからない。
ただ、それがいい意味ではないのはわかった。
「お前……」
「…ま、そーゆうことやからさ」
天使の少年はガードレールの上でくるりと振り返り、
屈託ない笑みを浮かべた。
「また会おうぜ」
煌めく金色の瞳に見据えられ、人間の少年は今朝見た夢を思い出す。
ほぼ正夢になってしまった。
だがあんな悲しい別れではない。
きっとまた会えるから。
「…うん、うん!」
答える声は、少し震えてしまった。
天使の少年はそれに気づいたのか、「ふははっ」と声を上げて笑った。
「あ、そーえば…俺お前のことす、…き?やったで」
その言葉に、人間の少年はこっそりと鼻をすすり、冗談めかしく茶化す。
「ほら、やっぱお前僕のこと好きやんか。付き合ってやろうか?」
「そーゆーんちゃうわ!友達としてに決まっとるやろ!」
あまりにも必死に否定するもんで、人間の少年は思わず笑ってしまった。
天使の少年も、人間の少年の明るい笑い声につられて笑った。
その金色の瞳は潤んでおり、白い頬の上を涙がいくつもこぼれ落ちる。
天使の少年は鼻をすすり、がしがしと目を袖でこすって、
「まぁよかったわぁ、泣き別れみたいにならんくて」
その声は震えていた。
人間の少年は目元を拭って、ニヤリと笑い
「なにいってん。お前泣いてるやんけ」
「お前もな!」
そう言い、2人で顔を見合わせ笑った。
「次は泣かへんからな?お前だけ一人で泣いてろ」
次、という言葉が叶うかはわからない。
けれど、人間の少年は「どーせどっちも泣くんやから」と優しい笑みをこぼした。
いつかまた会えると信じて。
「じゃーな、大先生。いや」
「じゃーな”鬱”」
“シャオロン”の髪が揺れる。
青嵐が起き、”鬱”はとっさに目をつぶった。
次に目を開けると、シャオロンは何処にもいなかった。
彼の荷物ごと、その場から消え去っていた。
鬱はしばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。
あたりは人っ子一人おらず、先ほどまで自分以外の人がいたのが嘘のように感じられた。
「またな”シャオロン”」
ぽつりと呟いて、鬱は散乱している自分の荷物を手に取り、
いつもと同じように家に帰った。
絵の具を塗りたくったような、鮮やかな夏の青空は
いつまでも鬱のことを見守っていた。
あの夏の日から約一年が経ち、再び夏を迎えようとしていたある日
物凄い勢いで開かれた教室の扉からは息を切らした鬱が入ってきた。
時刻は8:50
もうすでに一限目が始まろうとしている。
「遅刻しましたぁぁっ!」
「またかお前!」
見事鬱は連続遅刻記録を更新し、もはや恒例行事となっている担任による生徒指導が始まった。
「なんでお前はこう遅刻ばっかするんだ……」
「なんででしょうね?わかってたら苦労しませんよ。」
鬱が他人事感のある発言をすると、担任はため息をつき、
「もういい、席につきなさい」
と言い、鬱を促した。
窓際の自分の席に着いた鬱は心の中でガッツポーズをし、授業準備を始める。
そしてふと、外の鮮やかな青葉に惹かれて窓を開けると
初夏の爽やかな風とともに、懐かしい声が鬱の横を過ぎていった気がした。
もうすぐ夏が来る。
あの日と変わらない夏の香りが、鬱の鼻先をかすめていった。