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『「もう好きって言わないね」と伝えたら、親友が初めて俺を追いかけてきた』~a×s~
side佐久間
阿部ちゃんを好きになって二年が経つ。
きっかけはたぶん大したことじゃなかった。
仕事でしくじって落ち込んでた夜阿部ちゃんは何も聞かずに隣に座って缶コーヒーを一本渡してくれた。
それだけのことだったのに俺は帰りの電車でずっとその缶を握ってた。
気づいたときにはもう友達の顔だけでは隣にいられないようになってた。
阿部ちゃんとは大学の頃からの付き合いになる。
今はお互い別の会社で働いてて職場も離れてる。
それでも月に何回かは仕事帰りにごはんを食べたし休みが合えば朝から晩まで一緒にいることもあった。
数年来の親友。
周りからはそう見えてたと思うし阿部ちゃんもきっとそう思ってた。
俺だけがその言葉の中に別のもんを隠してた。
「阿部ちゃん、大好き」
俺がそう言うのはだいたい冗談の顔をしてるときだった。
阿部ちゃんが俺の好きなお菓子を覚えててコンビニで買ってきてくれたとき。
残業終わりに「近く来たから」って俺の会社の前で待っててくれたとき。
うれしくてどうしようもなくて気持ちが勝手に口からこぼれちゃう。
だから半分だけ冗談にした。
全部本気だって言ったら阿部ちゃんは困るだろうから。
「はいはい」
「本当だって。阿部ちゃん大好き」
「知ってるよ」
阿部ちゃんは照れたみたいに笑って俺の頭を軽く小突く。
それで終わり。
はっきり振られたことは一回もない。
だから俺はいつか意味が変わるかもしれないって期待しちゃうんだと思う。
阿部ちゃんの「知ってるよ」の中にほんのちょっとでも同じ気持ちが混ざってたらいいのにって。
休みの日はなるべく空けとくようになった。
阿部ちゃんから急に連絡が来るかもしれないから。
たった一言「今日空いてる?」って来たら洗濯物が途中でも昼寝しかけててもすぐに「空いてる」って返した。
会えたらそれだけでうれしかった。
けど帰り際になると決まって次の約束が欲しくなる。
改札で手を振る阿部ちゃんの背中を見送りながら次はいつ会えるんだろって考えちゃう自分がちょっとだけ嫌だった。
そういう自分を隠すために俺はいつも明るくしてた。
重たいと思われたくなかった。
阿部ちゃんの隣が楽しい場所のままであってほしかった。
去年の夏祭りのときもそうだった。
人混みではぐれそうになって阿部ちゃんが俺の手首をつかんだ。
佐久間こっちって引っ張られて屋台の明かりの中を歩いた。
ほんの数十秒のことだった。
人の少ないところに出たら阿部ちゃんはすぐに手を離して何事もなかったみたいにかき氷の列に並んだ。
俺はつかまれてた手首がずっと熱くてかき氷の味なんか一個も覚えてない。
そのあと阿部ちゃん大好き命の恩人だって大げさに言ったら阿部ちゃんは大げさって笑った。
冗談にしてしまったらそれでおしまい。
その夜俺は家に帰ってから自分の手首をしばらく眺めてた。
六月の俺の誕生日。
阿部ちゃんが予約してくれたのは駅から少し歩いたところにある小さな洋食屋だった。
半年くらい前テレビで見て「ここのハンバーグ、絶対うまいやつじゃん」って言っただけの店。
俺は言ったことすら忘れてたのに阿部ちゃんは覚えてた。
「ここ……え、なんで?」
「佐久間前に行きたいって言ってたじゃん」
「言ったけどそんなの覚えてたの」
「覚えてるよ。誕生日だしちょうどいいかなって」
店の前で俺はしばらく動けなかった。
梅雨の晴れ間で夕方の空がまだ明るかった。
阿部ちゃんはなんでもない顔で扉を開けて俺を先に通してくれた。
ハンバーグはテレビで見たより大きかった。
ナイフを入れたら肉汁があふれてきて俺が騒いだら阿部ちゃんは笑いながらスマホを向けてきた。
デザートには頼んでないのに小さいろうそくの立ったプリンが出てきた。
店員さんがおめでとうございますって言って阿部ちゃんが少しだけ気まずそうに目を逸らした。
「阿部ちゃん、これ仕込んでたの?」
「……一応」
「何なの、もう」
泣きそうになったのをごまかして俺はプリンをひと口で半分食べた。
阿部ちゃんが「早っ」って笑う。
その笑い声を聞きながら俺はちょっとだけ勇気を出した。
冗談の顔をしないでちゃんと阿部ちゃんの目を見て言いたかった。
「俺阿部ちゃんと二人で来られて本当にうれしい」
「俺も」
阿部ちゃんはすぐにそう返してくれた。
迷いのない声だった。
それだけで胸がいっぱいになった。
もしかしたらって思った。
もしかしたら今日がその日なんかもしれないって。
帰り道は夜になっても少し蒸し暑かった。
並んで歩く距離がいつもより近い気がした。
腕が触れそうで触れない。
俺はずっとそればっかり気にしてて阿部ちゃんが何の話をしてたのか半分くらい覚えてない。
駅が見えてきた頃阿部ちゃんがふっと言った。
「佐久間といると恋人とかいなくても困らないんだよね」
俺は笑った。
笑ってしまった。
「何それ褒めてんの?」
「褒めてるよ。すごく楽しいもん、佐久間といるの」
阿部ちゃんは本当になんでもないことみたいに言った。
俺のことを大事に思ってくれてる言葉だってちゃんとわかってた。
わかってたのに心の中で何かが音もなく折れた。
阿部ちゃんにとっては今のままで十分なんだ。
恋人がいなくても困らない。
俺がいたらそれでいい。
つまり俺は恋人にはならない場所にいるってことだ。
俺だけがその先を待ってた。
二年間ずっと。
駅の明かりがやけに白かった。
改札の手前で俺は足を止めた。
阿部ちゃんが二三歩先で振り返る。
「佐久間?」
「阿部ちゃん」
「うん」
「もう好きって言わないね」
阿部ちゃんがきょとんとした顔をした。
俺は笑おうとした。
ちゃんと笑えてたかどうかはわからない。
「今まで付き合わせてごめん」
「え、待って。どういうこと?」
「今日は本当にありがとう。ハンバーグもプリンも、すごくうれしかった」
「佐久間、ちょっと」
「誕生日祝ってくれてありがとうね。おやすみ」
阿部ちゃんが何か言いかけてたのはわかってた。
けど聞いたらだめな気がした。
聞いたらまた明日から同じように笑っちゃう。
俺は改札を抜けて振り返らずにホームへの階段を下りた。
電車の窓に映った自分の顔は思ってたより普通だった。
涙なんか一滴も出なかった。
ポケットの中でスマホが何回か震えてたけど見られなかった。
最寄り駅で降りてコンビニの前を通り過ぎてアパートの階段を上る。
鍵を差し込んで回して扉を開けた瞬間。
真っ暗な玄関で急に息ができないようになった。
靴も脱がずにその場にしゃがみ込んだ。
声を殺そうとしたのに喉の奥から勝手に変な音が漏れた。
誕生日なのに。
一年で一番うれしいはずの日だったのに。
俺は玄関の床に額をつけて子どもみたいに泣いた。
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待ってって言う前に唇がふさがれた。
いつものキスじゃなかった。
押しつけるみたいに唇を重ねられて息をする間もなく角度を変えてまた重ねられる。
阿部ちゃんの舌が俺の唇の合わせ目をなぞって驚いて開いた隙間からぬるっと入り込んできた。
「んっ……ん、ぅ」
舌を絡め取られる。
逃げようとしたら追いかけられて根元からじゅうっと吸い上げられた。
阿部ちゃんの手が俺の後頭部をつかんで逃げられないように固定する。
ちゅ、ちゅくって濡れた音が耳のすぐそばで鳴る。
こんなキス知らない。
阿部ちゃんとは何回もキスしてきたのに。
こんな食べられるみたいなキス一回もしたことない。
「ふ、ぁ……あべちゃん、っ」
「ん」
「ちょ、息……っ」
「鼻でして」
※最初から最後まで甘く、濃く、容赦なく。読み応えたっぷりのR-18作品となっております。
コメント
1件
もう、最初から最後まで胸が詰まりっぱなしだった……! 「恋人がいなくても困らない」って阿部ちゃんのその言葉、悪気がないからこそ佐久間の心にグサグサ刺さるよね。ハンバーグ屋での誕生日エピソードどれだけ優しくて、だからこそ「もう好きって言わないね」の切実さが響いた。改札で振り返らずに階段を下りる選択、すごく辛かったと思う。でも俺は佐久間のその一歩をちゃんと「強さ」だと思う。続きめっちゃ気になるし、おまけ小説も気になる!🔥