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「廉、驚いたでしょ」
「あぁ……」
リビングのソファに座り落ち着かな気に部屋を見回している廉を見て、美咲は苦笑をもらす。十年前に廉と一緒に住んでいたペントハウスと比べれば、リビングを間仕切り一つで寝室と区切っただけの単身者用の部屋は小さく映ることだろう。
でも、ここは美咲が努力して手に入れた自分の城なのだ。少しでも近づきたくて、やっと手が届いた自分の部屋に廉がいる。その事実が、美咲の胸を熱くさせる。
「ワインでいいかな? 何かツマミも作るね」
美咲は、ドキドキと高鳴る胸の鼓動を抑え寝室へと続く間仕切りをあけ、クローゼットへと向かう。
クローゼットの扉をあけ、部屋着へと伸ばした手が途中で止まった。
「このワンピース……、まだ持ってくれていたんだね」
背後から抱き寄せられ、伸ばされた大きな手がコーラルピンクのワンピースを撫でる。
クローゼットの一番目立つところに飾ってあるワンピースは、廉の心そのもの。当時は少し大人っぽく感じたワンピースも、今は可愛らしく映る。
「今の私には似合わないけど、このワンピースだけは捨てられなかったの。辛いとき、悲しいとき、全てをあきらめて逃げ出したいと思うたびに、このワンピースを見てがんばって来た」
美咲はワンピースを手に取り胸に抱く。
「このワンピースが似合う大人の女性になりたくて、廉の隣りに立つにふさわしい女性になりたくて……」
身体を抱きしめる腕の力が強まる。
「ねぇ、廉。私、あなたの隣りに立つにふさわしい大人の女性になれたかな」
「あぁ……、今も昔も、美咲は俺の最愛で、最高の女性だ」
反転させられ、見上げた廉の顔は泣き笑うような幸せに満ちた笑顔を浮かべていた。
「廉、お願いがあるの。このワンピースを着た私を抱いてほしいの。あの日……、廉にプロポーズされた日に止まった時間を二人で進めたいの」
息をのんだ廉に唇をふさがれる。ぶつかるように重なった二人の唇が失った十年間を埋めるように絡み、溶けていく。
「十年待った。もう、待てない。もう一度、答えを聞かせてくれないか? 美咲、俺と結婚してくれ」
逃げてばかりだった過去の私はもういない。
廉と二人で歩む未来を手に入れる資格が、今の私にはある。もう、間違えたりしない。
美咲は万感の想いをこめ廉の頬を両手で包むと『はい』の言葉と共に唇をふさいだ。
十年ぶりに想いを交わし合った二人の長い夜がふけていく。
真っ白なシーツの上に広がったコーラルピンクのワンピースは、二人の愛の証。熱い吐息を漏らしながら絡み、溶け合う二人の影が、橙色のやわらかな光に照らされ壁にうつる。
窓から見えるのは、初めて身体を重ねたあの夜に見たビル群の夜景ではなく、見慣れた隣のビルの壁だ。しかし、美咲にとってはその事実が何よりも嬉しかった。
自分の手で勝ち取った幸せに、美咲の心は喜びに満たされる。
隘路を穿ち激しさを増す怒張は、十年前とおなじように美咲へと痛みを与える。しかし、心を満たすのはあの日とは違う『喜び』という感情だ。
廉を本当の意味で手に入れた美咲は愉悦に浸る。
陥れられ、傷つけられ、それでも欲し続けた廉が今、美咲の手の中にいる。それは、美咲自身が努力し、つかみ取った勝利に他ならなかった。
【完】
コメント
1件
第37話、完結おめでとうございます……! ワンピースに託した十年分の想いが、廉の『もう一度』という言葉で報われるラスト、本当に胸が熱くなりました。あの日プロポーズされた時に止まった時間を、二人で進める決意をした美咲の強さが美しいですね。自分で掴んだ幸せだからこそ、見える景色が違う――その対比にぐっときました。素敵な物語をありがとうございます。