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#異世界転生
#婚約破棄
#ハッピーエンド
千椛
その村は、一歩足を踏み入れた時から奇妙さが浮きだっていた。
アトキンズ王国辺境にあるリオンの村。
隣国ボロミアに抜ける街道沿いということもあり、小さな村だが度々立ち寄ったことがある。
記憶の中では、夕暮れまで田畑で忙しなく人が働いている活気のある村だった。
カレンも何か思うことがあるのか、物憂げな目で村を眺めている。
旅をした経験は無くとも、賢い子だ。自然と違和感を肌で感じ取っているのかもしれない。
商人親子の特に父親の方は、村の様子に戸惑っているようだった。
それが警戒に結びつかないあたり、あまり世慣れしているようには見えない。
父親よりも子供の方が鋭い視線を周囲に走らせている。
無人の村。
ただ人が出歩いていないだけでは無く、人が住んでいれば感じられる生活音さえ全く聞こえない。
やはり、おかしい。
村の中ではあるが、まるでダンジョンを進む時のように警戒を露わに歩を進めた。
この村に来て初めて遭遇したのが、宿の男だ。
商人とのやりとりで、すぐに誰かが宿の人間に成り代わっているのだと確信した。
「あの、レジーナさんは……?」
「レジーナさん?」
「ああ、宿の女将さんは……」
「女将さんでしたら、少し体調を崩してましてね。今は僕が店番をしているんですよ」
「そ、そうですか……」
代理で店を任された人間が、女将の名前を知らないはずが無い。
おかしいのは男か、それとも商人の方か。
商人一行がオークの群れに襲われていたのは事実だ。
俺が通りがかったのは偶然だし、もし俺が現れなければあのまま全員オークに殺されていたことだろう。
それに、戸惑う親子の様子に演技している素振りは見えなかった。
であれば、この宿の男――こいつ一人がなぜここに居るのか。
この宿で俺達を出迎えてどうするつもりか、出方を探る必要がある。
宿帳を記載するように言われ、男が羽根ペンを手渡してきた。
羽根ペンを受け取りながら、ふと男の手に視線を落とす。
ところどころ厚い皮の張った、筋張った手。
掌に浮いたたこは、この男が剣を握り慣れていることを表していた。
記帳を終え、カレンと一緒に部屋に上がり、窓の外を眺める。
誰も居ない村。あまりに静かだ。
一体この村の村人達はどこに消えてしまったのだろう。
盗賊には村人を全員殺して根こそぎ奪う輩と、あえて生かしておいて定期的に金をせしめに来る輩の二種類が居る。
前者の盗賊が押しかけたにしても、村のどこにも血の跡が見当たらない。
少なくとも、路上での虐殺行為は行われていない。村人達はどこかに連れ去られたか、一ヶ所に集められたか……無論その先で殺された可能性もあるが、即座に殺さず場所を移したならば、少なからず利用価値を考えたはずだ。
村の一番奥に、ひときわ大きな家がある。
おそらく、あれが村長の家だろう。
村内で人を集めたり、根城にしたりするならば、あの家が最適だ。
そんなことを考えている自分に、ふと苦笑いが浮かんでしまう。
カレンのことを第一に、面倒事には極力首を突っ込まずにおこうとは思うのに、困ったことに向こうから面倒事が舞い込んで来る。
このまま何事も無く村を出られるならばいざ知らず、俺達に――カレンに何かしようものならば、あの男だけで無く一味諸共容赦はしない。
宿に部屋を取りながらも、腰に下げた剣を外すことは無かった。
意外なことに、夕食は普通に振る舞われた。
毒らしき臭いはしないものの、得体の知れない奴に振る舞われた料理を素直に食べる気にもならない。
俺は男に声をかけ、ワインを一本持ってこさせた。
自分でコルクを抜いたワインならば、事前に栓を抜いて毒やら薬やらを混入したか調べることが出来る。
酒で喉を潤していたが、俺以外の食事を取っている三人は、目元がとろんとしてきた。
スープにでも眠り薬が混ざっていたのだろう。
すぐにでも船を漕ぎそうなカレンを抱き上げ、部屋に連れて行く。
商人親子も自分達の部屋へと引き払ったようだ。
カレンをベッドに寝かせ、静かに時を待つ。
もっと食べたふりをしておくべきだっただろうか。
カレンはベッドの上で静かに寝息を立てている。
悪人共が許せないとか、居なくなった村人達が心配だとか、そんな崇高なことは考えちゃいない。
俺はただ、この子が心配なだけだ。
この子に平穏無事な生活を送らせてやるためだけに、安心して暮らせる土地まで旅をしている。ただそれだけだ。
そんな些細な願いさえ阻もうとする奴がいるなら、容赦はしない。
自分がこんな風に考えるようになるなんて、思いもしなかった。
最初はそう、ただ傷ついたカレンを見ていると、裏切られて冒険者を引退した当時の自分が思い起こされた。まだ幼い子供にあんな顔をさせたくなかった。それだけだった。
いつしか、この子に降りかかる災いは全て取り除いてやりたいと思うようになっていた。
この思い、やがてはもっと大きくなって行くのだろうか。
カチャリと、微かな音が耳に届いた。
開けたままの窓から、静かに様子を窺う。宿の男が、村の奥へと向かっていく姿が見て取れた。
報告に行くのか、それとも仲間を呼びに行くのか。
向かう先は、やはり村の奥にある一番大きな家だ。あそこに誰かが居る、何かがあるのは間違い無いだろう。
剣を持ち扉を開けて部屋から出ようとしたところで、ちらりとカレンの眠るベッドに視線を向ける。
こういう時、自分一人だとなんとも心許ない。
俺が二人居たなら、カレンを守ることもあいつの後をつけることも同時に出来たのに。
この宿で何かあれば、すぐに戻ってこよう。
そう決意を抱きつつ、静かに部屋を出る。
向かいの部屋からは、高らかないびきが聞こえてきた。
なんとも不用心なものだと思いはするが、元より護衛を雇うような商人だけに仕方が無い。
男に気付かれないよう距離をとったままで、宿を出る。
静まりかえった夜の村は、一層不気味さを増している。
唯一、男が向かう先の家だけは明かりが灯っていた。
息を潜め、じっと建物の様子を窺う。
静まりかえったこの村の中で、この建物にだけは村人達の気配があった。
いや、正しくは村人では無いのだろう。村人達を拘束し、乗っ取った賊の気配が。
「どうだ?」
「スープに眠り薬は入れておいた。今頃ぐっすりだろうさ。一人はろくに食ってなかったが、酒が入ってる」
「はっ、間の悪い時に来ちまったもんだな」
どうやら俺達のことを言っているらしい。
建物を占拠しているのは、宿に居た男以外は皆人相の悪いどう見てもお尋ね者といった連中だ。
中には見覚えのある顔も居るから、実際に冒険者ギルドで賞金が賭けられているのかもしれない。
時折酒瓶を口に運んでば、下卑た笑い声を上げている。
建物の裏側に回る。
煌々と闇夜を照らす月が、足下を明るくしてくれた。
裏手の窓から建物の中を覗き込む。
そこには村人らしき何人もの姿があった。皆後ろ手に縄で縛られ、猿轡をかまされている。
中には怪我をして血を流している者も居る。おそらく、見せしめに痛めつけられたのだろう。
外から窺った限りでは、賊の人数は十人ほど。
見えないところに誰か居たとして、もう数人といったところか。
村人の人数に対し賊の人数が少ない分、最初に少人数を人質にとって言うことを聞かせた後に、誰かを見せしめに痛めつけて逆らう気を無くさせたのだろう。
村人全員が死ぬ気で逆らったら、人数で劣る占領者達に勝ち目は無い。
だからこそ、村を占拠する類の賊はこの手のやり方を好むのだ。
賊の人数によっては厄介だが、十人程度ならば問題は無い。
村人達の見張りをしているのは、二人。
他の連中が酒盛りをしているところを見ると、おそらく下っ端の二人なのだろう。
面白くも無さそうに大部屋の真ん中に座り込んでは、二人で何やら話し込んでいる。二人とも窓に背を向けた格好だ。
俺は静かに窓を開け、ひらりと飛び上がっては室内へと舞い降りた。
「ん?」
見張りの一人が着地の音に気付き、こちらを振り向く。
声を上げるより先に、抜き放った幅広の剣で喉元を掻き切った。
男の双眸は驚きで見開かれたまま、ドサリとその場に倒れ伏した。
「な……」
その音に、もう一人が慌てて腰を上げる。
いまだ体勢も整わぬ男めがけ、上段から剣を振り下ろす。
「かハッ――!」
断末魔の声も短く、男はその場に崩れ落ちた。
縛られ、猿轡をかまされた村人達が救いを求めるかのような視線を向けてくる。
その中の一人、そこそこ体格の良い青年を縛る縄を切り、予備武器の短刀を手渡した。
「まだ向こうに何人も居る。今はまだ動かず、待っていろ」
「あ、有難う……あんたはどうするんだ?」
「すぐに片付けてくる」
宣言通り、酒盛りに興じていた賊を制圧するのにそう時間はかからなかった。
全員殺した訳では無い。半数を切り捨てたところで、残りの半数は武器を捨てて投降した。おそらく、実力の違いを嫌というほど感じたのだろう。
解放された村人に縄で縛られながら、生き残った男の一人が青ざめた顔で「化物だ……」と呟いた。
聞き慣れた言葉だ。
その言葉に、男の両手を縄で縛り上げた村人が恐る恐るこちらを見上げてくる。
助けたつもりの相手から、怯えを孕んだ視線を向けられる。
こんなことにも、もう慣れっこだ。
当然感謝はされるが、感謝と同時に恐れられもする。
村人達が賊を全員縛り上げたのを確認して、俺は早々に宿に戻った。
これ以上面倒事に関わるつもりは無い。
後は村の連中でどうにかしてくれ。
部屋に戻れば、二つあるベッドの片方でカレンがすやすやと寝息を立てていた。
血生臭い騒動になど気付いても居ない、無垢な寝顔。
カレンの眠るベッドに腰を下ろせば、身体が沈み込んでギシリと鳴った。
そっと、指の背で白い頬を撫でる。
カレンの長い睫毛が、ピクリと揺れた。
怯えた視線を向けられるのには、慣れている。
同時に媚びた視線、取り入ろうとする視線、こちらを利用しようとする輩の態度にも慣れてしまった。
騙された方が馬鹿なのだ。
その言葉は身に染みて理解している。
大勢の人間と関わることを捨て、片田舎でひっそりと生きていくつもりだったというのに。
縋るような瞳に、出会ってしまった。
俺が受けなくても、他の誰かが引き受けるであろう依頼とは違う。
俺で無ければ、助けられない相手。
鳥籠に閉じ込められた少女はあまりに幼く、そして無力だ。
そんな彼女を鳥籠から連れ出し、一人で飛べるようになるまで、面倒を見る。
そう心に決めた。
見目の良い少女だけに、目を離せば良からぬ輩が黙っては居ないだろう。
他の誰かに任せることなど出来ない。
貴族の家から連れ出したのは、他ならぬ俺なのだから。
初めて出会った時、彼女の瞳は泣き濡れていた。
年若い少女にそんな想いをさせている貴族の家に腹が立ったし、そのまま置いておけないと思った。
感情のままに連れ出してしまったが、果たして自分と一緒に居て幸せになれるのだろうか。そんな不安も拭いきれない。
今はただ、一時でも早く安全な地に彼女を連れて行くのみだ。
「おやすみ、カレン」
小さく呟いて、眠る少女の額にそっと自らの額を寄せる。
眠りを妨げないように声を潜めたつもりが、薄水色の瞳がパチリと瞬いて、思わず息を飲む。
起こしてしまっただろうか――そんな不安に駆られたのは一瞬のこと。
一瞬だけ瞳を開いた少女の瞼は、すぐに重力に負けて、ゆっくりと閉じていく。
胸元に、微かな感触。
見れば、カレンの掌がぎゅっと服を掴んでいた。
おそらく無意識なのだろう、少女の行為に自然と表情が綻ぶ。
すぐに村人達のところに戻って指示を出すなり、様子を見るつもりだったけれど、そんなことはもういい。
ここを離れようと思えば、この小さな手を振り解かなければいけない。
そんな気には到底なれなかった。
眠る少女の隣に、ごろりと横たわる。
布団をかけ直して背を叩けば、目を閉じたままの少女がぎゅっと抱きつくように寄り添ってきた。
その温もりに溶けるように、少しずつ微睡んでいく。
思えば冒険者時代からずっと、周囲を警戒して浅い眠りで済ませるのが常だった。
少女と一緒に旅をするようになってからというものの、危険はあれど、一緒に居ることで自然と張り詰めた空気は薄れたな……などと、薄れ行く意識の中で考えてしまった。