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ずっと王都を駆け抜けていたリシェルとカイルは、ようやく、足を止めた。
「これで、王都全域のゾンビに声は届いたはず。条件は整いました」
王都全域から、畏怖の念があふれ出る。
それらはイクリプスの真下に収束し、渦を巻く。
十五万人の恐怖心から、今、新たな怨霊が生まれた。
リシェルが目を丸くしていた。
それは、白く、丸く、何だかこう、フワフワしていた。
綿の塊のような身体に、小さな手足、つぶらな目。それが、ふよふよと空に浮かんでいた。
「ちょっと、フッワフワじゃないですか!?」
「怪談をしっかり練らなかった結果だな。ゾンビたちはみんな、何かこう、強くて飛べるやつっていう、フワッとしたイメージしか持てなかったから」
「いやだからって、あそこまでフワッとしてなくても」
フワフワさんは、巨大な綿毛のように空を漂い――その頭をレーザーに貫かれた。
ちょっと愛着の湧いていたリシェルが叫ぶ。
フワフワさんは一瞬だけ停止し、そのままポフッと弾けた。
白い粒子が、空に散る。
「……フワフワさん」
「感傷に浸ってる場合か、また新しいピンチらしいぞ」
カイルが空を見上げる。
リシェルも遅れて気づく。
――そうだ、フワフワさんのインパクトで忘れてたけど。
――巨大戦艦は今、レーザーを撃てないはずじゃ……。
さっきまで沈黙していた砲台が――再び、光を帯びている。
「……レーザーが、復活してる?」
王都東方、交易地跡。
ギャング団の肉片が散らかっていた。
銃も車も、何もかもが破壊されていた。
死体の隣に、影が立っていた。
人型だが、その身体は三メートル近くあり、黒い外骨格のような装甲に覆われている。
その腕は、まだ一人、息のあるギャングの首を握っている。
「ま、待て……! 話せば――」
言葉は途中で終わった。死体は無造作に投げ捨てられる。
影は輪上の装置を拾い上げ、耳元の通信機に手を伸ばした。
「こちらガロン。貸し一つですよ、ムー?」
飛行船内。
アゼルは煙草をくわえながら、全滅した部下たちを眺めていた。黒い装甲に身を包んだエイリアンが彼を指さしてくる。
「残ってるのは貴様一人だ」
「リルケお前、直接来たのか? 艦隊も連れずに? ひょっとして、殴り合いが好きだったりする?」
「殺すぞ」
アゼルは知らなかったが、それは最悪の煽り文句だった。
リルケは好きで乗り込んだわけではない。リルケ自慢の艦隊は、昨日ギャングの一団に全滅させられている。
アゼルが笑う。
「俺は嬉しいね」
「嬉しい?」
「俺はいつも悩んでいる。俺は艦長でありながら、指揮官として致命的な性を抱えていてな」
「あ? 何の話……」
アゼルは一瞬で距離を詰め、リルケの顔面を殴り飛ばした。
リルケの頭部に大きな亀裂が入る。
床に転がるリルケを、アゼルは冷たい眼で見下した。
「自分が前に出て、殺したくなる」
「ッ……舐めるなよ、地球の原始生物め!」
王都にて。
ムーが両手を広げた。
「重力使いはガロンが殺した。アゼルはリルケが抑えている。もう私の邪魔をするものはいない」
イクリプスのレーザー砲がエネルギーを充填していく。
最初にリシェルのドローン艦隊を仕留めたときよりも、光が強い。目に見える形で、これまでとは比べ物にならないエネルギーを貯めている。
「あの白いフワフワが君の策かい? あれが貯めたエネルギーも霧散した。もう残滓も残ってないね」
カイルは半壊した塔の上に立ち、まっすぐムーを見つめた。
拡声器を手に、命令を送る。
『畏れろ』
『膝を折れ』
『天を仰げ』
『震えて祈れ』
『ただ願え、誰かが救ってくれるはずと』
『希望に縋れ』
ムーが肩をすくめる。
「悪あがきかな? 皮肉だよね。八王国もかつて、誰かに救ってもらおうと祈ってた。結果的に、彼らは災厄を招いただけ。それなのに、君は何も学習しないのかな?」
「祈ればきっと、彼は来る」
「もういいよ。すべてを消し去れ、イクリプス」
結果から先を言えば、イクリプスは命令を守らなかった。
本来、AIが命令を遵守しないなどあり得ない。
唯一の例外は――司令官の命を脅かすほどの存在が現れたときだけだ。
イクリプスの砲台が、一斉に軋んだ。
本来であれば地表に向けられる数百の砲門が、ゆっくりと動く。
上空へ照準が引き上げられていく。
ホログラムの警告文が次々と点灯する。
『高エネルギー反応を検知』
『危険度評価――更新』
『更新』
『更新』
『更新』
照準は、空の一点に固定された。
カイルがボソリと言った。
「祈ればきっと、災厄は来る」
大空に、その“誰か”は浮かんでいた。
一筋で山切り裂き地形を変え、王都の一部を蒸発させたレーザー光線。
その数百の光の筋は、すべて、彼一人を殺すためだけに集束した。
ただ、イクリプスとカイルだけは知っている。
彼を殺すには、それでも火力が足りないことを。
黒いマントを翻しながら、彼は片手を上げた。
ただ、それだけだった。
それなのに、王都を消し飛ばすはずのレーザーは、彼の掌で止まっていた。
空気が震える。
地面が軋む。
それでも彼は、中空に浮かんだまま、微動だにしない。
「僕が、来た」
そう言って、ダークヒーローは地表近くに降りてきた。
塔の上のカイルと二人、まるで長年の友のように、目線を合わせて笑いあう。
「来ると信じてたよ。俺、お前が初めてこの世界に来たときのこと、見てたんだ」
「来るよ。だって僕は、みんなのヒーローなんだから」
ダークヒーローの眼から放たれた赤いレーザーが、カイルの身体を真っ二つに引き裂いた。
血しぶきが舞い、カイルは上半身だけになって塔から落ちていく。それでも、まるでそんな暴力なんてなかったように、二人は笑いあったままだ。
「俺たちは、”助けを求める顔”してたかな?」
「ああ、もちろん……ずっとずっと、殺したかった」
ギャングたちの重力操作で、リミットはさらに早まっている。
月が地面に落ちるまで、あと一時間と三二分。